第3話:星降る神社の巫女様と深まる絆と季節の移ろい
星見の丘に続く石段を、私の足音だけが響いている。月明かりが参道の古い石畳を青白く照らし、夜風が杉の巨木の間を縫って吹き抜けていく。
二度目の満月の夜。
星見神社に来てから一ヶ月が過ぎ、私の心は日ごとに彼女への想いで満たされていった。カメラマンとして数多くの美しい風景を撮影してきたが、写真に収められない美しさがこれほど胸を打つとは思わなかった。
丘の頂上に着くと、約束の通り彼女が佇んでいた。今夜の星神様は前回よりも人間らしい温かみを感じる。月光に照らされた白い巫女装束が風に揺れ、長い黒髪が夜空に溶け込むように美しい。
「お待ちしていました、葛城さん」
その声には、一ヶ月間私を見守り続けていた優しさが込められていた。
私は思わず、足早に彼女の元へと向かった。心臓の鼓動が早まるのを感じながら、この一ヶ月間ずっと抱き続けてきた想いを込めて彼女の元へと向かった。
「私も、私も今日が来るのをずっと待っていました」
私は彼女の所に走りながら、おもわず自分の気持ちを叫んでしまっていた。
「ふふふ 分かっていますよ。毎日神社に訪れるあなたの想いを感じていました」
神様は柔らかな笑みを浮かべた。月光に照らされた彼女の表情には、一ヶ月間私を見守り続けてきた優しさと、同時に一人の女性としての淡い喜びが混在していた。
「この一ヶ月、葛城さんがこの神社で過ごされる様子を、私も見守っていたんです。神としての姿では、お話することはできませんですからね」
そう言いながら神様は少し寂しそうな表情を見せた。
「あの写真に映った光はやはりあなただったのですね」
「はい。人知れずこの場所を見守り続けるのが、私の務めですから・・・」
神様はそう答えながら、どこか誇らしげな表情を見せた。
私も神様に負けじとノートを取り出し、一ヶ月分の記録がびっしりと書き込まれているページを神様に見せた。ページをめくりながら、彼女への想いが言葉となって蘇ってくる。
「あなたの姿は写真に収められませんでしたが、言葉で記録を残していました」
「まぁ そんな事をしていたのですね」
神様は少し驚いたような表情を見せた後、嬉しそうに瞳を輝かせながら柔らかな笑みを浮かべた。その瞳には小さな星がきらめいているように見える。
「こんな風に誰かに私の存在を記録してもらえるのは、初めてかもしれません」
そう言って神様は感動したように胸に手を当てた。満月がまるでスポットライトのように私たちを照らし、夜風が神様の黒髪を優しく揺らしていた。
「あなたのお仕事のお役にたてるかは分かりませんが、私の三百年の記憶を、少しお話ししても良いでしょうか?」
神様の言葉に私は少し戸惑いながらも、でも期待に満ちた表情で神様を見つめて言った。
「ぜひ聞かせてください!」
神様は安堵したような表情を見せてから、遠くを見つめるような目をして、ゆっくりと昔を振り返り始めた。その横顔には、長い年月を生きてきた者だけが持つ深い憂いと慈愛が浮かんでいる。
「もう随分と昔の事になりますが、この地域一帯に激しい雨で土砂崩れの危機がありました」
「私はその時に月の神の指示で地上に降りました」
「そしてこの土地を護る役目を仰せつかりました」
神様の声には、使命を受けた時の決意が今も込められているようだった。
「病がこの土地の人々を襲った時は、月の神の力を借りて人々を癒したりもしました」
「人々が争いを始めた時は、戦地に向かう若者たちを見送る家族の祈りに寄り添いました」
その言葉を聞きながら、私は三百年という途方もない時間の重みを感じていた。どれほど多くの別れを見送り、どれほど多くの涙を見つめてきたのだろう。
「そして争いが終わりしばらく時が経つと、人々が街へと出てくようになりました」
「昔はこの土地にも、たくさんの人々がいたんですよ」
そう告げる神様の笑顔は、どこか寂しそうに思った。きっと、愛した人々が一人、また一人とこの土地を離れていく様子を、ずっと見続けてきたのだろう。
「時代は移り変わっても、私はこの土地への想いは変わらないのです」
「本当にここの人々は良い人達ばかりなんですよ」
神様はそう言いながら、心から愛おしそうな表情を見せた。
「私も少し滞在しましたが、本当に良い街ですね」
「ふふふ ありがとう」
神様の笑顔には、深い愛情が込められていた気がした。それは三百年という長い時間をかけて育まれた、純粋で無償の愛だった。
その後も私は、神様にこの土地の話を色々と聞いた。
夜が更けていくにつれ、神様の声は様々な感情を帯びていった。
時に懐かしそうに目を細め、時に切なそうに眉を寄せ、そして時に温かそうに微笑んで・・・
それは三百年という長い時を生きてきた者だけが持つ、特別な響きだったように思えた。
「この土地でたくさんの別れを見てきました」
神様は少し悲しそうな表情を浮かべた。
「でも最近になって、新しい出会いもありました」
そう言った瞬間、神様の顔がちょっと赤くなった気がした。月光の下でも分かるほど、頬がほんのりと桜色に染まっている。
「か、可愛い・・・」
思わず口に出してしまった言葉に、神様は慌てたように目を伏せた。
「からかわないで下さい!」
そう言って神様は少し照れたように目を伏せた。その仕草があまりにも人間らしくて、私の心は大きく波打った。神様は恥ずかしそうに袖で顔を隠しながら小さな声で続けた。
「田中さんという新しい巫女の方も来てくださり、若い人たちも集まるようになって嬉しかったです」
「なんだ・・・新しい出会いってその事だったんですね」
私は少しがっかりしたような表情を見せてしまった。
「ふふふ そうですよ」
神様は私の表情を見て、くすくすと楽しそうに笑った。私は自分との出会いじゃないのかと思い、少しガッカリしてしまった。
「この神社も、また新しい時代を迎えようとしているのかもしれませんね」
「神様の存在がこの神社に新しい人々を導いているんですね」
私がそう言うと、神様は謙遜するように首を振りながら答えた。
「いえいえ、きっとこの街の人々の想いがこの場所を守っているのですよ」
「私はただその想いに寄り添わせていただいているだけなんですよ」
その言葉を言う時の神様の表情には、深い謙虚さと優しさが込められていた。
神でありながら人々のことをこれほどまでに想う存在。
それは、この神様が人の姿をしているからこその感情なのかもしれない気がした。
ふと空を見上げると、満月が天頂を過ぎ、東の空がわずかに白み始めていた。夜明けが近づいてくる。
「・・・そろそろお別れの時間ですね」
神様は寂しそうな表情を浮かべながら立ち上がった。その姿が、少しずつ透明になっていく。まるで朝の光に溶けていくかのように。
「今夜のことも、そのノートに書いてくださいますか?」
神様は希望に満ちた表情で私を見つめた。
「はい!必ず!」
「神様の物語は全てを残します!」
私が力強く答えると、神様は安堵したような表情を見せた。
「ありがとう」
私がそう告げると、神様は最後に満面の笑顔を見せた。
「また、次の満月に」
そう言い残して、彼女の姿は夜明けの光の中に溶けていった。
後にはかすかな温もりと、甘い切なさだけが残されていた。
私は心の中に暖かさを感じながら、しばらく間、一人で空を見上げていた。
そろそろ完全に夜が明けてしまう頃に、私は急いで宿に戻るとノートを開き、新しいページに言葉を記し始めた。
『今宵も月は満ちて、神様は人の姿を纏った』
『三百年の記憶を持つ瞳は星空のように深く、そしてもの凄く温かかった』
先ほど神様から聞いた話をノートに書き綴った。
写真には収められなくても、確かにそこにある存在。
それを言葉で紡ぎながら、私は次の満月を待つことを心に誓った。
--- 第3話 完 ---




