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第8話:──封じられた空間と、覚醒の兆し

「……氷室さん、ちょっと話、いい?」


朝の登校時。昇降口で待っていたのは、綾瀬悠斗だった。


彼の表情はいつになく真剣だった。


「理科準備室の件……気になってるよね?」


「……なんで、そう思うの?」


「昨日、君が準備室の前にいたって、他のクラスの子が言ってた。

で、その後……俺もちょっと様子見に行ったら、なんかおかしくて」


「おかしいって?」


「中、覗いた瞬間に寒気がして……一瞬、床が歪んで見えた。マジで。

あれって、“普通”じゃないよね」


雫は、少し目を伏せた。


(“普通じゃない”……それは、私にも分かる)


悠斗は、さらに続けた。


「もし、氷室さんが知ってることあるなら、教えてほしい。……力になりたいんだ」


「……綾瀬くん」


その言葉に、雫の中の“何か”が小さく揺れた。

人間としての自分と、魔女としての自分。

そのどちらでもない、“誰かと並んで歩む自分”という可能性。


 



 


放課後。


桐生から止められていたにもかかわらず、雫は理科準備室の前に立っていた。


ドアには「関係者以外立入禁止」と書かれた紙が貼られている。


(……関係者、か。なら、私も……)


そっと扉に手をかけた瞬間――


「開けたら、戻れなくなるかもしれませんよ?」


桐生蓮の声がした。


「……来ると思ってた」


「予想通り、ですね。氷室さん。

あの中には、“旧魔術領域”に由来するものが残っている可能性があります」


「旧魔術……?」


「あなたの時代の“魔法構造”に近い、つまり……あなたが反応するのも当然。

本来なら、こちらで封じる予定でした。

でも、あなたが入るなら、覚悟を持ってください。

“普通”の人間としての立場を、揺るがすことになるかもしれない」


雫は、しばし沈黙した。そして、静かに言った。


「……もう、逃げません。私は、“今の私”として、ちゃんと見届けたい」


桐生は目を細め、小さく頷いた。


 



 


ドアが開く。


中は薄暗く、まるで空間そのものがよじれているような感覚。

空気は重く、ひんやりと湿っている。


(……ここだけ、時が止まってる)


中央の床には、黒ずんだ焦げ跡。そして、その上に、奇妙な“印”が浮かんでいた。


「これは……召喚陣?」


旧時代の言語。破損した構文。けれど雫にはわかる。


それは、かつて世界を揺るがした“儀式魔術”の残滓だった。


(このままだと……誰かが触れれば、暴走する)


魔力が、ざわざわと目覚めようとしていた。


(駄目……でも、これを放置したら……)


手が震える。


それでも――彼女は、そっと指先を地面に触れた。


「ほんの……少しだけ」


目を閉じ、空気を読む。構文を上書きし、魔力の流れを“静止”させるように制御する。


その瞬間、雫の体から微かに光があふれた。


ふわりと髪が揺れ、瞳が淡く、紫に染まる。


(だめ……見られたら、バレる……)


けれど、桐生はただ、黙って見守っていた。


魔力が、完全に陣を無効化し、空間が“安定”した。


「……終わった」


雫は膝をつき、深く息を吐いた。


「お見事でした」


「……見てたんですね」


「当然。ですが、あなたの力の使い方――極限まで抑えて、最小限の干渉。

それは“暴力”ではなく、“選択”でした。あなたの成長です」


雫は、ふっと小さく笑った。


(魔法を使った。けど、それは誰かを守るためだった。……私は、変わったんだ)


 



 


夜。


スマホの画面に通知が一つ届いた。


【From:綾瀬悠斗】


「今日、ありがとう。何があったかは分からないけど、

氷室さんがそこにいてくれてよかったって、なんとなく思った」


雫は少し迷ってから、短く返信を打った。


「うん、私もそう思うよ」


“普通”じゃないかもしれない。けれど、それでも――


「今の自分」で、誰かと並んで進むことはできる。


それが、氷室雫という少女の“覚醒の始まり”だった。

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