第7話:──学園の怪異と、魔力の予兆
文化祭の喧騒が終わり、校内には少しだけ“祭りの後”の空気が漂っていた。
教室では、通常の授業が再開し、生徒たちはどこかけだるそうに教科書を開いている。
(……日常、か)
窓際の席でノートを取る雫は、ふと手を止めた。
“何も起きない”ことの尊さを、今の彼女は少しずつ理解していた。
けれど――
それは、ほんの一瞬で崩れる。
◇
「おい、聞いたか? また理科準備室の電気が勝手に落ちたってよ」
「うそ、昨日の夜じゃなかった? 今日も?」
「しかもさ、床に“焦げた輪”みたいな跡があったんだって。先生、すげー青ざめてたらしい」
昼休み、男子たちが盛り上がるその噂話に、雫はそっと耳を傾けた。
「停電、焦げ跡……?」
「うん。でも、ブレーカーも異常なかったって」
(……おかしい)
それは、“かつての魔法の残滓”に近い現象だった。
エネルギーの偏在。空間のねじれ。触れずとも、肌がざらつくような違和感。
(この空間に……“何か”が、入り込んでる?)
そう考えた瞬間。彼女の中で、長く沈黙していた“魔力”が、ざわ……と音を立てた。
(……反応してる)
呼吸が浅くなる。心臓が鼓動を速める。
それは、力が“外の何か”に共鳴している証だった。
◇
放課後。
何かに導かれるように、雫は理科準備室の前へと足を運んだ。
人気のない廊下。灯りはついているのに、どこか薄暗い。空気が、重たい。
(……この感じ。間違いない)
彼女はそっとドアに手をかけた。
「入っちゃダメだよ」
ふいに、背後から声がした。
振り返ると――桐生蓮が立っていた。
「……桐生さん」
「調整者として言っておく。ここは“管理下”に置いた。中に入る必要はない」
「……“魔力の痕跡”が、ありました」
「君が感じたなら、その通りだろう。でも、これは君の出番ではない。忘れてくれ」
静かな声。だが、その目は明らかに警告を発していた。
(……“触れるな”ってこと?)
「……分かりました」
そう答えながらも、雫の中では、別の想いが渦を巻いていた。
(でも……このまま何もしなかったら、誰かが傷つくかもしれない)
(力を使うのは、だめ。でも――)
◇
夜。ベッドに横になりながら、雫はじっと天井を見つめていた。
思考が止まらない。脳裏には、理科準備室の“違和感”と、ざわついた魔力の感覚が残っている。
(使いたくなる。……でも、それは“甘え”だ)
彼女は自分に言い聞かせた。
でも、それでも――
「誰かが、助けを求めていたら?」
そんな声が、胸の内で問いかけてくる。
そして、スマホが震えた。
【差出人:綾瀬悠斗】
《氷室さん、明日ちょっと話せる? 気になることがあるんだ》
(……“気になること”?)
次の朝が、ただの“日常”であるとは、雫はもう思えなかった。