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第6話:──文化祭の準備と、はじめての役割

「文化祭まで、あと二週間です!」


放課後の美術室。顧問の先生の一言で、部員たちの空気がぐっと引き締まった。


「今年のテーマは“世界の風景”だって。で、私たち美術部は各自、テーマに沿った絵を展示する予定だから。氷室さんも、もちろん参加してね?」


そう声をかけてきたのは、部長の高月たかつきさん。

穏やかな雰囲気で、美術部をゆるやかにまとめている三年生だ。


「……私も……展示を?」


「うん、転校してきたばかりだし無理はさせないけど、せっかくだからね。自分の“世界の風景”、描いてみない?」


(世界の、風景……)


雫の中で、“世界”という言葉の意味は、少し違っていた。

空に裂け目が生まれた戦場。黒い雨の降る大陸。魔力で浮かぶ城。

かつて見てきた“異形の世界”が、次々と脳裏に浮かぶ。


「……描いても、いいんですか。私の“見てきた風景”を」


「もちろん。氷室さんの世界を、誰かが見てくれるって、きっと素敵だよ」


その一言が、雫の背中を押した。


 



 


その日の夜。


雫は、自宅の机にキャンバスを広げていた。

あえて魔力を使わず、筆と手で描く。

最初は手が震え、線が定まらなかった。


でも、不思議だった。


「……あれ。……気づくと、時間が経ってる……」


何も考えずに、ただ筆を走らせるうちに、何かが静かに形になっていく。

魔力で描いた“完全”な風景とは違う、不器用で、でも少しだけ“人間らしい”景色。


それは、彼女の中に少しずつ芽生えていた、“現代”という世界への理解の一端だった。


 



 


文化祭一週間前。


「氷室さん、その絵……すごい。なんか、吸い込まれるっていうか……」


教室でデッサンを見ていた綾瀬悠斗が、ぽつりとつぶやいた。


雫は、少しだけはにかむように答えた。


「……私の“記憶”から描いた。昔見た、風景……」


「へぇ……なんかさ、氷室さんの目に映る世界って、俺たちと全然違うんだなって思った」


「……違っても、いいんですか?」


「むしろ、それが“作品”ってもんでしょ」


悠斗の言葉は、照れも誇張もなく、まっすぐだった。


その瞬間、雫の胸の奥に、ぽっと小さな灯がともった。


 



 


文化祭当日。


美術部の展示ブースには、生徒や保護者が絶え間なく訪れていた。

その中に――雫の絵も、あった。


タイトルは『異世界、青の果て』。


青い空が深すぎるほどに広がり、宙に浮かぶ都市と光の柱。

誰もが見たことのない風景。でも、どこか懐かしさを感じるような、不思議な絵だった。


「……すごい……」

「なんか映画みたい……」

「転校生の子、こんな絵描けるの?」


さまざまな声が飛び交う中で、雫は展示のすみで静かにその様子を見守っていた。


そのとき、葵がそっと隣に立った。


「氷室さんの世界、少しだけ見えた気がするよ」


「……ありがとう。葵さんの言葉がなかったら、描こうとは思わなかったかも」


「そう? ……じゃあ、ちょっとだけ誇ってもいいかな」


雫は、はにかんだように笑った。


その笑みは、かつての“氷の魔女エリュシオン”にはなかったもの。

人間の中で、自分の表現で、ほんの少し役に立てたという実感。


 


──それが、氷室雫にとって、“はじめての役割”だった。

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