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第5話:──はじめての“放課後”と、SNSの罠

放課後の教室は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。


「……誰もいない」


窓際の席にぽつんと残った氷室雫は、スマートフォンを手にしていた。

新品同様のそれは、まだ画面に指紋ひとつついていない。


(“SNS”……たしか、生徒会の葵さんが“登録は必須です”って言ってたっけ)


昨夜、桐生蓮から受け取ったマニュアルに「現代高校生の基本ツール」として書かれていたアプリ。

会話や写真、感情までがタイムラインに流れる世界。


雫は恐る恐るアプリを開き、自分の名前を登録する。


「……ユーザーネーム、“himuro_shizuku_01”? うーん、こんなもん?」


「お、SNS始めたの?」


突然背後から声がして、雫はスマホを落としかけた。


「……うわっ、綾瀬くん! びっくりした……!」


「ごめんごめん! いや〜、氷室さんがスマホと格闘してる姿、なんかレアでさ」


「……格闘してた、わけじゃないです」


「うん、でも“敵意あるタップ”って感じだったよ。ちょっと教えようか?」


結局、悠斗にあれこれ操作を教えてもらい、雫はようやく友達リストに“3人”を追加した。


・綾瀬悠斗

・早乙女葵

・クラスLINEグループ(※強制招待)


「わ、グループ通知めっちゃ来る……」


「うん、それ“慣れ”だから。音消しといたほうがいいよ」


「そ、そうなの? ……人間って、なんでこんなに通知多いの……」


 



 


その日の夜。


雫は自室のベッドでスマホをいじっていた。


「……“いいね”が……ついた? 私の投稿……」


試しにアップした画像――美術部で描いたデッサン。

コメントはないが、“♡マーク”が三つ。ひとつはたぶん悠斗。ひとつは葵。

そして、もう一つは知らない名前から。


「……誰?」


好奇心から、そっとタップしてプロフィールを開く。


“しずくちゃんの絵、すごくきれいだね。

もっとたくさん見たいな。今度、直接見せてくれない?”

DMダイレクトメッセージ


「……え? 直接?」


雫はスマホを凝視した。


その相手のアイコンは風景写真。プロフィールに顔写真はなく、どこの誰かもわからない。

けれど、文体は丁寧で優しげだった。


(……でも、なんか……この“感じ”……)


彼女の魔女としての本能が、微かに警鐘を鳴らしていた。


 



 


翌日。


登校してすぐ、廊下の掲示板に“落書き”のようなものが貼られていた。


【氷室雫って、ちょっと空気読めてないよね】

【スマホ初心者アピ、逆にウケるw】

【なんか裏垢で変な投稿してるって聞いた】


クラスの一角がざわついていた。


雫は、一歩引いた場所からその紙を見つめる。


「……これ、誰が?」


すると、背後から声がした。


「たぶん“アンチ垢”からのDM流出だと思う。最近SNS使い始めた子、よく狙われる」


葵だった。


「氷室さん、最近なんか変な人からメッセージとか来てない?」


「……来てました。昨日、知らない人からDMで、“絵を見せて”って」


「ブロックした?」


「……してません」


「なら、多分そこからだね。悪意ある人間って、つながり方も巧妙なの」


雫は拳を握った。


(……たった数行の文字で、人ってこんなふうに傷つくの?)


かつての魔女なら、こんな紙など一瞬で燃やしていた。

でも今は――それが“許されない”。


 



 


放課後。


雫は、誰もいない美術室でひとり、スケッチブックに絵を描いていた。


そこへ、ドアが開いた。


「氷室さん……いた」


悠斗だった。


「うん、もしかしてここかなって思ってさ。……今日のこと、見たよ」


「……そう、ですか」


「でもさ、あんなの気にしなくていいよ。SNSなんてさ、顔の見えない場所で言いたいこと言って、誰も責任取らない世界だし。

俺は氷室さんの絵、好きだから。それだけで十分だろ?」


「……綾瀬くん」


雫は、少し俯いて――そして、ぽつりとつぶやいた。


「……ありがとう」


言葉は、魔法じゃない。

でも、きっと誰かの心を動かせる。そう思えた。


雫は、そっとスマホを開き、DMを削除し、アカウントをブロックした。


今度は、自分の意志で。


 


──これが、“人間”としての、最初の選択だった。

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