チャンス
桃太郎から敗走した鬼は地中に逃げ込んだ。
鬼は当てずっぽうに逃げ込む地中の穴を見つけたんではない。
元はそこから地上に這い出して来たのだ。
這い出して来て拠点を作り、それが『鬼ノ城』と言われた。
言い伝えが変わって伝わって『鬼ヶ島』と言われたが。
鬼が這い出してきた穴の中には何があったのか?
『ジダンの門』だ。
鬼は『ジダンの門』の先から現れて、地上に拠点を作った。
『ジダンの門』は陰陽師だった安倍家が、札で封じた。
そして、今『ジダンの門』は浩の父親の書斎に置いてある。
父親は『ジダンの門』を「古い日本にあったにしては洋風だな」ぐらいに考えている。
父親はオカルトじみた話が大嫌いで、安倍家に代々伝わる『門に触れてはならぬ』という言い伝えを信じてはいない。
信じる、信じないは別にして『ジダンの門』の札は何人たりとも触れない。
封印がかけられた時はそこまで強い封印ではなかったが長い年月が経過し、多くの陰陽師によって封印は何重にも強力に施されたのだ。
それほどまでに『ジダンの門』から現れた鬼は怖れられた。
亜炭坑の中で『ジダンの門』が発見された時、安倍の先祖は青ざめた。
『口伝通り、門が見つかった』と。
門は地上に運び出された。
そしてその後、坑道の中で暴れる鬼が見つかるのだ。
坑道は閉鎖され、安倍家は坑道に誰も近付かないように廃坑の上に『あべべ自動車工場』を作る。
そして『この工場だけは何があっても維持しなきゃいけない』と『あべべ自動車』の跡取りには伝えられる。
浩が廃坑に入った時、まず『廃坑なのに中が明るい』と感じた。
それは先の陰陽師が仕掛けた『怪異避け』の灯明のせいだ。
灯明のエネルギーは陰陽師が地脈を利用していて、おおよそ300年はもつ。
つまり『怪異が地上に這い出して来ないように』坑道の入り口付近には細工がされている。
しかしその細工も廃坑の奥深くまではされていない。
だから、坑道の奥深くには鬼が出没する。
そこまで潜れば、大体目が慣れてくるし、坑道自体が怪しく、薄暗く光っているので真っ暗ではないのだが。
呪術師の名は石鎚彰という。
いつ頃から続いているかは知らない。
代々続く呪術師の一子相伝の継承者だ。
彰は呪術師を継ぐ事を渋っていた。
だが彰の父親は「『人を呪わば穴二つ』という。我々は相手を呪うし、また逆に呪われる。我々を呪い殺そうという『想い』はそんなに軽いモノではない。はるか昔の我々の先祖にかけられた呪いが我々に跳ね返って来る事もザラだ。だが、我々はその呪いをも利用しなくてはならない」と言った。
つまり『お前が真人間として生きたくても、既にお前の血が呪術師として生きていかざるを得ないモノだ』と。
そんな彰が恋をした。
彰がたまに通っている蕎麦屋の娘だ。
名をマリアと言う。
彰にとって食事は『ただ腹が満たされれば良い』モノだった。
蕎麦は提供が早い、蕎麦屋に通っていた理由はそれだけだ。
なのにマリアは彰にいらぬお節介を焼いた。
「蕎麦ばっかり食べてたら体調を崩すわよ!
はい!今日は天ぷらサービスね!」と。
最初の内、彰はマリアを鬱陶しく思った。
「ほっといてくれ」と。
でもマリアのサービスは『全ての者に行われるモノ』ではないと彰は気付いた。
「どうして俺の世話を焼く?」
彰はマリアに言う。
マリアは全く笑わない彰の事が気になった。
その姿はかつて母親から捨てられて、父親から性的暴行を受けていたマリアと同じような表情をしていて放っておけなかった、と。
「俺は辛そう、か?」
「一人きりで辛くない人間なんていないよ。
辛くないって言うなら、『辛くない』と思い込もうとしてるだけさ」とマリア。
施設で人の愛情を知ったマリアは笑えるようになったらしい。
「アンタも絶対に笑えるようになる!
私が笑わせてみせる!」とマリア。
「・・・大きなお世話だ」
そう言っていた彰も、時間と共にマリアに絆されていった。
蕎麦だけのために通っていた蕎麦屋なのに、いつの間にかマリアのいない時間には行かなくなっていた。
~数ヶ月後~
「あ、笑った!」とマリア。
「俺、笑ったのか?
・・・そうか笑えたのか」彰は噛みしめるように言った。
さらに数ヶ月後、蕎麦屋だけでなく店の外でも彰はマリアと会うようになっていた。
今日こそはマリアにプロポーズする!
俺は呪術師を辞める。
普通に、真っ当に生きて行くんだ。
暮らしは貧しいかも知れない。
でも俺は、俺達は人並みの幸せを手に入れるんだ!
父親には既に話してある。
父親は別に反対はしなかった。
「やってみろ。やれるもんならな」とだけ言った。
「マ、マリアさん!
俺と結婚して下さい!」俺は緊張しながらも一生分の勇気を出して言った。
「はい、喜んで!」マリアは幸せそうに言うと同時に・・・倒れて絶命した。
絶命したマリアの後ろには大鎌を持った死神がいた。
マリアが倒れたところに様子を陰から見ていた彰の父親が現れる。
「この娘も不憫よな。
『お前の婚約者』になったばかりに我が家にふりかかっていた『呪い』の餌食になったのだ。
だから言っただろう?
『お前は呪術師を辞められない。お前に深く関わった者全てに呪いがふりかかる』と。
我々石鎚家の者は呪いすらも己の力に出来る。
我々に人並みの幸せなど望めないと知れ!
この娘はお前に関わったから命を落としたのだ!
大丈夫だ、呪われた家系からいくらでも跡継ぎは取れる。
子供を産んだ女は漏れなく命を落とすがな。
お前もそうやって生まれてきたのだ!」
気が狂ったのかも知れない。
俺は『マリアが生き返る』方法だけを探し続けた。
そして呪術の全てを使い、マリアの遺体を生きていた状態のまま保存した。
どんな胡散臭い情報でも『死者蘇生』と聞けば飛びついた。
そして『仙人カヤマ』の『死者蘇生』の伝説に行き着く。
最初に掴んだ情報でカヤマは『島根の仙人』と言われていた。
彰は一応、情報は確かめるが『どうせ今回も空振りだろう』と半分諦めていた。
だが島根で見つけた『仙人』の痕跡はどう考えても本物だった。
彰とて呪術師、『奇跡の痕跡』を見間違える訳がない。
「仙人は確かに存在した!」
「その仙人が死者蘇生を行った」
それは彰に希望を与えるモノだった。
島根での情報収集の結果『仙人カヤマ』は岡山での目撃例が多い。
さらに情報を得る。
『仙人カヤマは死者蘇生の材料として、不死鳥の尾を用いた』と。
そして『不死鳥は門の中で見つけた』と。
彰は岡山で『門』を探し続けた。
そこで余命宣告を受けている息子の命を助ける方法を探している安倍家の母親の話を耳にする。
死神と取引して死ぬ運命だった者の延命は出来ない事はない。
ただ取引内容もまた、大概『人間の寿命』だ。
それに『三ヶ月寿命を伸ばす』場合、相場として『他人の寿命三年』を差し出さなきゃいけない。
簡単に言えば『死神などと取引したらダメ』なのだ。
大体『呪術師は死を引き寄せる存在』で、命を伸ばす存在ではない。
それに浩を一目見た彰は「こりゃダメだ。死の色が濃すぎる。これはいかなる呪術でも寿命を伸ばす事は出来ない」と見限った。
しかし、安倍家で『ジダンの門』を彰は見た。
この門は『仙人カヤマ』が現れた門かも知れない。
彰はしばらく安倍家で『ジダンの門』を調べる事にした。
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「俺、初めて『じいや』見たよ!」と英雄がはしゃぐ。
「僕は正月以外に初めて『頭のついてるエビ』を食べた!」と豊もはしゃぐ。
「ここに何しに来たか思い出してよー!」と焦りながら浩が言う。
「わかってるって!
書斎に『廃坑の鍵』を返しに来たんだよな?
忘れてないよ!」と英雄。
とは言うモノの浮かれている英雄を見るのは珍しい。
明日は日曜日、英雄にとって日曜日は本来『新聞配達の日』だ。
英雄は『新聞屋の跡取り息子』として、家業の手伝いをたまにやっている。
英雄が配達を担当しているのは『地獄の団地コース』だ。
団地の建物の入り口にも郵便受けはある。
だが「起きてすぐ新聞を読みたい」と言う老人は少なくない。
ネットでニュースがいつでも無料で見れて新聞が売れなくなってきている。
高齢者でもネットをある程度使えるようになってきている。
だから新聞屋も部屋のドアに付いている郵便受けまで新聞を届けるサービスを行うしかないのだ。
だから新聞配達は『団地の建物を登ったり降りたり』忙しい。
肺に穴が開いて入院した人もいた。
月曜日から土曜日まではプロボクサーの卵が団地の新聞配達をしている。
だが、週に一回は英雄がその新聞配達を行うのだ。
だから土曜日の英雄はテンションが凄く低い。
まるで刑の執行を待つ囚人のようだ。
実際の囚人は知らないが。
「浩くんの家に泊まって来る」と聞いた英雄の父親は「着るものはスーツじゃなくて良いのか!?」と言ったそうだ。
つまり英雄には『親公認の翌朝に新聞配達のない土曜日の夜』なのだ。
ある程度はしゃいでいても仕方がない。
「そろそろ書斎に鍵を返しに行こうよ」と浩くん。
「怪しまれないの?」と豊。
「うん、多分大丈夫。
『英雄と豊が屋敷の中を探検するかも知れない』って予め予防線張ってあるから。
他の部屋に入っても『探検ごっこしてるんだ』と思われるだけだよ。
『探検するのは良いけど、あんまり屋敷の中の物を触っちゃダメ』とは言われてるけど」と浩くん。
おっとりしていると思った浩くんが、用意周到な事に驚いて目を見合わせる豊と英雄。
それは浩くん一人で考えた作戦ではない。
浩くんの左腕に寄生した寄生生物と相談して決めた作戦だったのだが、この時点で二人が知る由もない。
浩くんの部屋は屋敷の二階。
屋敷は四階建てだ。
一階は食堂、応接室、あとは歳を取り足腰が弱くなり二階へ昇れなくなった会長の居室などがある。
二階は浩くんの部屋、浩くんの妹の部屋、浩くんのお母さんの部屋、浩くんのお父さんの部屋、浩くんのお父さんの書斎などがある。
つまり安倍家の生活空間だ。
そして書斎の机の中には『廃坑の鍵』が入っていた。
また書斎の壁際には『ジダンの門』がある。
浩くんは『ジダンの門』を部屋の趣味の悪い装飾だと思い込んでいる。
三階はゲストルームが大量にある。
呪術師は当初三階のゲストルームに案内されたが「三階にいたら息子さんの治療が困難だ」と二階に移動する事を希望して受け入れられている。
呪術師がいるのは浩くん隣の部屋、かつて会長の足腰が悪くなる前に二階で居室にしていた部屋だ。
つまり北から『書斎』『呪術師の部屋』『浩くんの部屋』という順番になっている。
言うまでもない話だが、呪術師は浩くんの治療なんて本当はどうでも良い。
「目当ての『ジダンの門』のそばにいたい」それだけだった。
屋敷は四階まで中央が吹き抜けで、中央には大きな白い磨かれた階段がついている。
こんな磨かれた白い階段は宝塚歌劇団でしか見た事がない。
そして二階、三階、四階には踊り場があり、そこからは渡り廊下が伸びている。
部屋は正方形の壁際に設置されており、吹き抜けの中央部分から落ちないように、白い手すりが巡らせてある。
英雄いわく「『イーオン』のショッピングモールみたいだ」と。
確かにイーオンは中央部分が吹き抜けで、壁際に店が並んでるけど正方形ではないだろ。
でも近からずとも遠からず、だ。
そして住み込みの使用人達が四階に住んでいる。
で階段がどこに繋がっているかと言えば、階段は屋上に繋がっている。
屋上は庭園になっているらしい。
想像が出来ない。
普段なら二階の正方形の角々に一人ボディーガードが配置されているらしいが「今日は友達が来るからボディーガードがいたら、怖がる」と二階のボディーガードに遠慮してもらっている。
「この隙に『廃坑の鍵』を返そう」というのが浩くんが考えた作戦だ。
しかし浩くんの立てた作戦にはとんでもない欠点がある。
確かにボディーガード達は二階にはいない。
しかし『浩くんの部屋』と『書斎』の間には呪術師がいる。
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二階で豊が有頭エビについて熱く語っていた時に、一階では浩くんのお祖父さん、つまり『あべべ自動車』の会長がスーツ姿にサングラスのボディーガードを部屋に集めていた。
「夏樹さんの連れて来たあの呪術師の 事は調べたか?」と会長。
「いえ、あの男は中々尻尾を掴ませません。
あの男の周りに放った式神もいずこかに消えてしまいました。
おそらくあの男は何かしらの結界を身のまわりに張り巡らせております」
「『何かしら』?
どういう事だ?」と会長。
「あの男の使う『術』ですが、どうやら我々が使う『陰陽術』とは体系が違います。
我々の使う『術』で、あの男の身のまわりに干渉するのは難しいか、と」
「あの男に関する情報は全くないのか?」
「いえ、確かに『あの男』の痕跡を辿る事は困難ですが『あの男』が接触した者達の痕跡は辿る事が出来ました。
『あの男』は『カヤマ』という仙人と『門』を探していました。
そして数十年前、会長がまだ社長だった頃の経済紙に書斎でインタビューを受けた際の後ろに写りこんでいた『ジダンの門』の写真に興味を抱いていたようです」
「『ジダンの門』か。
『この門は決して開けてはならぬ』と代々伝えられてはいるものの、『何故開けてはいけないのか?』はわからんのだ。
『ジダンの門』には5年に一回、封印を陰陽術で重ねがけしている。
あの古びた門に何か、意味があるのだろうか?」と会長。
「それは何とも・・・」
「とにかくあの呪術師に気をつけろ。
・・・でも浩ちゃんが全快したのもまた事実だ。
夏樹さんは浩ちゃんの病気が治ったのはあの呪術師のおかげだと信じこんでいる。
だからあの男をあまり邪険には出来ぬ・・・」と会長が悔しそうに言う。
夏樹とは浩くんの母親だ。
スーツにサングラスのボディーガードは『安倍警備保障』から派遣されている、ボディーガード兼陰陽師だ。
浩くんの父親はオカルトじみた話を嫌ってはいるが、祖父は安倍本家にも知り合いは多いし、安倍家が陰陽師の血筋である事も理解している。
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ボディーガードがいなくて『これはチャンス!』と思ったのは浩だけではない。
呪術師の彰も「書斎の門に近付くチャンスだ!」と考えた。