GHQ
『魔法少女達』は秘密基地を築いた。
だが本来秘密基地を築くのは『改造人間』だ。
『改造人間』はいないのか?
いる。
いや「山ほどいる」と言うべきか。
何をもって『改造人間』と言うべきか?
人間を改造して他の動物の身体能力や身体機能を移植した存在を『改造人間』と言うべきか?
人間を改造して『超能力者』に近い、『強化人間』にした存在を『改造人間』と言うべきか?
『改造人間』と言えば、バッタ型の『仮面改造人間』を想像する諸兄が多いかも知れない。
「何でバッタなん?」とツッコミを入れたくなった人も多いだろう。
「だって飛んだり跳ねたりする脚力を考えたらカエルかバッタだ。
カエルはちょっと気色悪いと思う人が多い。
もしくはコオロギ。
でもコオロギってパッと見『G』に見えない?」という訳で『バッタ』だ。
だが、魔法少女の戦隊を発案したウメは何故か秘密基地を作る事を提案した。
大体、魔法少女の使い魔の小動物『加藤豪』は複数の魔法少女の使い魔になることなど考えていない。
「複数の少女が『魔法少女』になる事になった。過去に例がない訳じゃない。三人ぐらいなら魔法少女が増えるのもアリだろう」と加藤豪は皮算用した。
だがウメはゾロゾロと魔法少女になる人物を連れて来た。
大体『加藤豪』の魔力を受け取って、少女達は『魔法少女』に変身する・・・はずなのに、誰一人として『加藤豪』から魔力を受け取らない。
変身パターンをウメが真似た時に『加藤豪』の魔力を利用したが、それも一度だけ。
魔法少女への『魔力』の源の半分はウメが供給している。
残りの半分は魔法少女本人達が強大な魔力を有していたのだ。
だとしたら、『加藤豪』は何のために存在しているのか?
ウメは『加藤豪』の事を単なるペットだと思っている。
魔法少女達は『魔法少女ごっこ』という名の特訓を行っている。
その特訓は常軌を逸している。
特訓にウメは参加しない。
魔法少女の中でウメが魔王であることを知っているのはアンナとシンシアの二人だけだ。
それ以外の魔法少女はウメの事を人間だと思っている。
『特訓の中で魔族である事がバレる可能性があるから参加するな!』それは豊がウメに厳しく言っていた事だ。
ウメはつまらない。
ウメは豊と頻繁に真剣勝負する事を交換条件に『特訓には参加しない』という条件を飲んだ。
だから豊とウメは今日も真剣勝負する。
「お前な、七段階にも変形するのはズルいだろう?」
「それが魔王の闘い方。
絶好調なら、あと三回ぐらい変形出来た」
「最近、変形する回数増えて来てねーか?」
「これだけ真剣勝負を繰り返してたら強くなって来てる」
「今だったら勇者パーティー、捻り潰せるんじゃねーの?」
「興味ない。
今の私は魔法少女。
それに勇者パーティーも無茶苦茶、パワーアップしてる。
アンナとシンシアに特訓をつけている勇者も信じられないほどパワーアップしてる」
「お前ら『魔法少女』が人類の脅威と言っても過言じゃないね」
「人聞きの悪い事言わないで。
『魔法少女』が人類の敵になんてなる訳がない。
それよりかつての『魔王の手下』をほとんどテイムしてる豊こそが、今、最も悪に近い」
「テイムしたヤツらを成長させて、ほとんど全員使わないとウメには対抗出来ないんだよ」
「これだけレベルの高い魔物、同時にテイム出来る豊こそが化け者だと思うけど」
「何にしても、取り敢えず『魔法少女』に敵はいないね。
国連軍がまるごと敵になるぐらいなら問題ないだろうし」と英雄。
「魔法少女をまとめて相手して、しかも手加減出来る英雄こそ本物の化物だと思うけどな」と豊。
「しかしマツさんは何者なんだ?
『元魔王』『元魔法使い』『元クレリック』『元陰陽師』が鍛えりゃ更に強くなるのはわかる。
しかし言ったら何だが『タバコ屋のばあちゃん』が最初から強いのは意味がわからない。
マリアさんだって鍛える前はぶっちゃけ大した事無かったじゃん」と英雄。
そうなのだ。
マツの強さは説明がつかない。
ほとんど訓練もしてなかった頃、馨と対峙して逃げれた。
陰陽師の中でも指折りの実力の馨相手にだ。
『超能力』に目覚めたのも極最近だ、と本人も言っている。
「一体、マツさんは何者なんだ?」と英雄。
「知らん。
僕にとっては『ばあちゃん』。
でも『ばあちゃん』って呼ぶと最近怒るんだけどね」と豊。
――――――――――――――
1953年、豊の祖父は岡山でタバコ屋を始めた。
その頃のタバコ屋といったら『200m以内にタバコを売っている店舗があると店舗として認められない』など、厳しい制限があった。
だからこの時代、タバコ販売の条件をクリアするのは非常に難しい・・・都会では。
そもそも隣の建物が1km以内にない当時の岡山の片田舎で、タバコ屋を開業するのはそこまで難しくなかった。
とは言え、米屋、塩屋、など専売公社があり、そこまで自由に店は出せなかったが。
当時じいちゃんがやっていたタバコ屋は雑貨屋みたいなもんだった。
GHQが廃止されたのが1952年。
つまり日本から連合国軍がいなくなって世の中では半年も経っていない。
岡山でアメリカ軍は『超能力』の研究をしていた。
"何故岡山なのか?"
岡山には昔から『人の能力を超えた子供』の伝説がある。
そう、『桃太郎伝説』だ。
それに中国地方には『人の力を越えた存在』『島根の仙人』がいる。
手探りの『あるかないかわからない力』、超能力を研究する上で、見える形での『超能力』、『島根の仙人』がいるのはアメリカ軍としても都合が良い。
日本に古来からある『仙人伝説』が架空の話ならアメリカ軍は見向きもしなかったかも知れない。
だが『仙人』は戦争中も顔を出し『仙人』は『原子爆弾』を使ったアメリカ軍に怒りの矛先を向けた。
だから中国地方に駐留していた米国空軍は『日本には人知を越えた能力がある』と知っていた。
物資、科学力、人口、財力など全てで日本を上回っていたアメリカがかつて唯一怖れた存在『非科学的な部分』に関してアメリカ空軍は研究所を岡山に作ったのだ。
アメリカ空軍の研究を手伝っていたのが『あべべ自動車』だ。
その研究所に実験台として捕らえられていたのが『マツ』だ。
『マツ』は孤児で、本名は誰も知らない。
肌の色は間違いなくアジア人なのに頭髪の色は銀髪だった。
マツは子供の頃から銀髪だった。
それが全身を弄られた結果なのか、生まれつきそうなのかはわからない。
マツ本人にも幼少期の記憶がないのだ。
『マツ』という名は後に名付けられた名前だ。
孤児達は通し番号で呼ばれていた。
実験動物として扱われていた孤児達は「感情移入しないように」番号で呼ばれていた。
『マツ』は『Ⅱ(ツー)』と呼ばれていた。
『Ⅱ(ツー)』は粗末な上下つなぎの手術着のような白い麻の服を着ていた。
米軍の空軍の実験施設で与えられた最低限の着衣しか彼女には与えられていなかったのだ。
『Ⅱ(ツー)』の粗末な格好を憐れんだ空軍軍人が『Ⅱ(ツー)』に当時、空軍内で支給され始めた上着を着せた。
それが『MA-Ⅰ』だ。
正しい読み方は『エムエーワン』だ。
それは1950年台初頭から、米国空軍で支給され始めた。
それは未だに空軍内のみならず、防寒着として市民権を得ている。
『Ⅱ(ツー)』と呼ばれていた理由は、「全く記憶がないから他に呼びようがなかったから」だ。
別に米軍は彼女から名前を奪った訳ではない。
現にもう一人の実験体の少女は『マイ』と名前で呼ばれていた。
『マイ』は『Ⅱ(ツー)』より先に米軍の研究施設に捕らえられていた。
便宜上での『マイ』のコードネームは『Ⅰ(ワン)』といったところだろうか?
孤児を実験体としたのは空軍内にいたマッドサイエンティストの影響と『原子爆弾』に対するアメリカ人と日本人の認識の違いと関係があった。
当時アメリカ人は原子爆弾を『戦争を終わらせた英雄』と見ていた。
アメリカ人は本土爆撃をしようが、上陸作戦を行おうが、降伏しない日本人がよくわからなくなっていた。
「何をすればこの泥沼のような戦争は終わるんだろうか?」そう困り果てていたアメリカ人にとって『戦争を終わらせる手段』として投入されたのが二発の原子爆弾だったのだ。
その効果は絶大だった。
信じられないと思うが、アメリカ本土内では『アトミックボム』という単語が流行語になる。
日本人が抱く『原子爆弾』という言葉の印象とアメリカ人が抱く『原子爆弾』という言葉の印象は正反対だ。
日本人の多くは『原子爆弾』を「悪魔の所業」と感じるだろう。
しかしアメリカ人にとっての『原子爆弾』は「原子爆弾がなければ戦争はその後もズルズル続いていて、犠牲者を出し続けていた」というモノだった。
どちらっが正しいというモノではないのかも知れない。
ただ一つハッキリ言える事としては、今となっては大分イメージも変わってきたが当時米国には原爆にネガティブなイメージは少なかった、という事だ。
1950年より少し前に世界情勢は大きく変わり『東西冷戦』が始まった。
東側と西側が軍拡を繰り返す中、日本から撤退寸前のGHQでも軍事に関する研究は行われていた。
しかし日本、殊に中国地方の核アレルギーは凄まじいモノだった。
「核に代わる強い抑止力が必要だ」
中国地方に駐留する米軍は主張した。
しかし、それは米国本国内では少数意見だった。
1954年、ビキニ環礁での水爆実験事故以降に米国本土ないでも徐々に核に対するアレルギーは大きくなるがこれはGHQ撤退直後の話である。
岡山は広島に投下された原子力爆弾の産んだ悲劇から近い。
だから「ふざけるな!核が正義であってたまるか!」という考え方も強い。
その考え方は駐留している米国空軍も感じていた。
しかし世は軍拡の時代。
『核を手に入れた国が、世界の支配権を握る』
そうどの国の軍隊も研究者も当然のように考えていた。
しかし世界中の研究者達の中で唯一、中国地方に駐留していた米国空軍だけが『世界を制するのは核ではないかも知れない』と考えていた。
それは何故か?
『近くで原爆の悲劇を見たから』
それも小さくない要因ではある。
しかし最も大きな要因、それは広島への原爆投下当時、島根で隠居していたはずの『仙人カヤマの激昂』がある。
カヤマはたった一人で九州沖に陣取っていた米軍の空母をはじめとした船団を壊滅させた・・・と言われている。
『言われている』というのはカヤマを見て生き残った人物が一人だけで、その者の勘違いなら『真実ではない』という意味だ。
たった一人生き残った空母の乗組員はこう言った。
『俺は起こった事を米国本国に伝えるために”敢えて生かされた”のだ』と。
『カヤマ』と名乗る男は九州沖を停泊していた米国の船団の前に突如、出現したらしい。
乗組員が耳にしたのは「船団の前に人影が浮いている」という騒めきだった。
当時乗組員は交代制で睡眠を取っていて調度深い眠りに入ったところだった。
こういった場合の対処方法は徹底されていない。
「敵影が見えた」というのとは違い、目の前のモノが敵なのか味方なのかはハッキリしない。
でも『異常事態』には違いない。
船団の中にも緩やかに「何かが起きている」というっ騒めきが起き始めていた。
しかしそれも一瞬。
人影は船団を消し去った。
爆発音すら一切ない。
船団はまさに「消えた」のだ。
ただ一人の乗組員を残して。
『カヤマ』と名乗った男は乗組員に語りかけた。
言葉は全く通じないはずなのに、『カヤマ』の話す内容は直接脳内に響いた、という。
「自分は日本に助力しようとは思わない。
きっと自分が日本軍に手を貸したら、日本軍は米国軍を攻め立てるだろう。
どの世界でも争いが起こるのは常。
それが良い、とは言わないが自分にはどうしようもない。
自分が仙人、世捨て人となったのもそれが原因だ。
結局、人の争いはおさめられない。
『誰かを助ける』という事は『別の誰かを見捨てる』という事だ。
自分に出来る事とは『争いとは無関係なところに居る事』『それ以上自分の力で被害者を出さない事』だ。
しかし貴様らが使う『核兵器』を見ていたら、楽隠居など決めこめなくなった。
アレは『この世界を終わらせる力がある光』だ。
貴様らの仲間に伝えろ。
もし貴様らがあの光を今後も使うなら、自分が敵になるだろう。
だが、もし貴様らがあの光を使わないなら『核に代わる力』の開発に助言をしよう」と。
漂流していた元乗組員が戦後に配属されたのが岡山の米国空軍基地。
何故か?
当時のアメリカでは「核兵器開発の否定」が少数意見で『新しい力』の開発の受け入れ先が、広島から近い岡山にしかなかったというのと、手探りだった『新しい力の開発』の助言を『島根の仙人カヤマ』から受けるのに島根から近い方が良いというのと、『新しい力の開発』のスポンサー企業である『あべべ自動車』が岡山に工場を持っていたからだ。
現在でいう『あべべ自動車』の敷地内に『能力開発研究所』が作られた。
研究所の存在は隠されていた。
当たり前だ、米国は他の国を出し抜こうとしたのだから。
「米国が他の国を出し抜こうとしたのにスポンサー企業が日本企業なのはどうしてだ?」
当然の疑問だ。
『中国地方でないと島根の仙人の力が借りにくい』『世間一般で”原子力万能論”が拡がり、アメリカ本国じゃスポンサー企業が見つからない』
『島根の仙人』は、集められた日本の孤児達が日本のスポンサー企業の協力で作られた研究所で酷い目に遭うとは考えにくかった。
むしろ「餓えるしかない孤児達に生きる術を与える」という事になれば良いと考えていた。
実際研究所は建設当時、何も後ろめたい事などなく作られた。
『仙人カヤマ』の助言とは、元乗組員の夢の中で行われていた。
行われていたそうだ。
真偽は明らかじゃない。
夢は元乗組員しか見ていない。
だから元乗組員が夢を見ていないのに「見た!」と言われてしまったとしても、その真偽を周りの人間に確かめる術はない。
元乗組員本人も「夢の中に出てくるオッサンが『仙人カヤマ』である確証」はない。
何故なら元乗組員は現実でカヤマを見ていない。
カヤマが沈めたという船団の唯一の生き残り・・・唯一であるかも怪しい。
行方不明の人々の生死も定かではない。
『カヤマ』が言うには「この世界にはいない」らしい。
元乗組員の話を信用する者は少ない。
仕方のない話だ。
元乗組員自身が『この話』を話半分と思っていたのだから。
嘘は神に誓って吐いていない。
しかし『凄惨な海難事故があって、それを忘れるために頭の中で別の事実を作り上げているんじゃないか?』と言われてしまうと元乗組員にも「違う!俺はおかしくなっていない!」とは言い切れない。
元乗組員の言う事を信じない者もいた。
そもそも『超能力』など信じる者は少数だった。
言い遅れたが『仙人カヤマ』が言う『核に替わる力』とは『超能力』だった。
突拍子もない話だ。
アメリカでの超能力の研究は確かに日本より進んでいた。
しかしアメリカで『超能力理論の開祖』とも言われているエドガー・ケーシーは1945年に脳卒中でこの世を去っている。
アメリカは日本の非科学的な力を恐れた。
その代表的なモノが『神風』だろう。
念のため言うが『神風特攻』の話ではない。
アメリカでは日本を『神の力っで守られた国、だからアジアの小国ながら欧米列強の植民地にならなかった』と考える者がいた。
「日本には人知を超えた力が存在する」
それだけを信じる者もいた。
また、研究所のスポンサー企業である『あべべ自動車』の先祖の家系は『安倍晴明』、日本で最も著名な陰陽師だ。
『非科学的な力』の研究には理解があるはずだ。
もしかしたらスポンサー企業からの技術協力があるかも知れない。
色々な目論見の中で研究所は手探りでスタートした。
そして『実験対象』としての戦災孤児の少女達が集められた。
非人道的に集められたのではない。
戦災孤児を集めようとしたら、簡単に集まってしまう時代だったのだ。
集められた戦災孤児の少女達にはⅠ~Ⅷまでのナンバーが割り振られた。
『Ⅱ』のナンバーを割り振られた少女、後の『マツ』もその中にいた。
『Ⅰ』のナンバーを割り振られた少女が『マイ』、『Ⅲ』のナンバーを割り振られた少女が『マス』だったからだろう。
ボロ布だけを羽織っていて、当時米国空軍で軍服として配られていた『MA-1』を着させられた『Ⅰ』が『マイ』、『Ⅱ(ツー)』が『マツ』、『Ⅲ(スリー)』が『マス』という安易な名前の付け方で『Ⅱ(ツー)』はマツと呼ばれるようになった。
彼女達は時代に翻弄された存在だった。
カリキュラムに沿って、超能力がいち早く発現した『マス』は米国の本国へ連れていかれた。
研究員の一人呟く。
「仕方ないんだ。
研究成果を本国に見せなきゃ、研究所は存続出来ない」と。
『仙人カヤマ』の組んだカリキュラムでナンバーズは次々と超能力を発現させていった。
しかし『マツ』だけは超能力が全く発現しなかった。
それとは関係なく時代は大きく動いた。
大国による核兵器開発競争が世の中では盛んになった。
米国国内で湧き出た「アメリカも超能力開発などに金を使っているヒマはない!」という意見を沈静化させる事に超能力推進派達は苦心した。
そもそも『米国国内で核兵器開発をさせない』というのが『仙人カヤマ』との約束だった。
研究所と『仙人カヤマ』は決裂する。
決裂した別の理由に研究所にいたマッドサイエンティストのナンバーズに対する苛烈な実験を『仙人カヤマ』は何度も咎めていた。
だが研究員の中には『仙人カヤマ』の存在を信じない者も少なくなかった。
だからそういった研究員達は『仙人カヤマ』が何度も元乗組員を通じて叱っても『どこ吹く風』だった。
時を同じくしてGHQが日本から完全に撤退した。
ナンバーズはGHQと共に姿を消した。
おそらく研究員がアメリカ本国へ連れて行ったのだろう。
マツだけを残して。
そこで置いてけぼりのマツと豊の祖父との出会いと恋物語があるのだが、それはまた別の話。
話は少し戻るが元乗組員の研究員は夢の中で何度も『仙人カヤマ』に超能力の発現しないマツについて相談していた。
「マツは他の子らとモノが違う。
砂利なら子供でもすぐに持てる。
しかし大岩を動かせる者は数少ない。
しかもその大岩は動かせる者でも力を得ないとすぐには動かせない。
動かせる者を根気強く育てなくてはいかん」と仙人カヤマ。
「マツにはそれだけの秘めた力がある、と?」と元乗組員。
「間違いなく。
しかしマツの力を開花させるのに儂らの力だけで足りるかのう?
力が発現すればマツの力はお主らが求める『核兵器に対する抑止力』になり得る」
しかし研究員達はマツだけを『役立たず』と断じて岡山に置いてアメリカへ帰った。
研究員達の判断は間違っていなかったのかも知れない。
マツの超能力が開花したのは「マツが老衰で息絶えて、その後色々あって生き返った後」だ。




