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武装

 橋の下には電気は通っていない。

 『盗電』というヤツだ。

 橋の下の青いビニールシートの中は、電気スタンドが一台、電気カーペットが一枚、あとはノートPCが一台・・・これが男が持っていた家電全てだ。

 男はビニールシートの中にロボットが放り込まれて、チビりながら目を醒ます。

 最初は死体かと思って男はチビった。

 それぐらい、ロボットは精工に出来ていたのだ。

 男はリストラされるまで『あべべ自動車』に勤めていた。

 『AI工学』『ロボット工学』が専門で、自動車会社では自動運転を開発していた。

 ロボットについては『わからない事はない』と自負していた・・・はずなのにロボットについては全くわからない。

 どうやって作られたのかまるで見当もつかない。

 何か、多量の外傷がある。

 どうやら硬い『小石状』のモノを大量にぶつけられて精密機器であるコンピューターがショートしたのだろう。

 いや、推測でしかない。

 このロボットが滑らかに動いて二足歩行していたとしたら、の話だ。

 男は手持ちのノートPCをロボットに繋ごうとした。

 当然だが、規格が合わない。

 男だって腐っても『元技術者』だ。

 確かにノートPCは燃えないゴミの日のゴミ置場から拾ってきたモノだ。

 しかし男はジャンク品を繋ぎ合わせて、ノートPCを何十倍もの性能へとバージョンアップしている。

 そしてHDDの容量も「こんなに必要ないだろ」と言われるぐらい拡張している。

 だが規格が合わない事には繋ぎようがない。

 合わないなんてモノじゃない。

 例えるなら『拾ったノートPCでロボットを動かそう』という考えは『無人島で何とか火を起こした。さあこの火力で戦闘機を飛ばそう!』ぐらい無謀で発想が飛躍している。

 だが、男は何とか苦し紛れでロボットとノートPCのコードを繋いだ。

 本当に繋いだだけなのだ。

 本当に男の力で接続したのだろうか?

 

 実はロボットの中に未だに活動している予備電源のようなモノがあり、ロボットの方から何万段階もダウングレードしてくれてノートPCに繋がってくれた、と言うのが正解なのだ。

 大人が赤ん坊の『赤ちゃん言葉』を何とか理解してコミュニケーションを取っているような状態でロボットはノートPCと規格を合わせたのだ。


 ロボットがノートPCのモニターに男への指示を出す。

 男は指示に従ってロボットを直す。

 ロボットの右腕が動くようになるまで、約一週間かかった。

 右腕が動くようになったロボットは自分の修理を自分で行うようになった。

 ロボットは初期化されたような状態で、今の自分が何で、何の目的で存在しているかわからない。

 自分が何でここにいるかや、自分がどこから来たのかに至るまでサッパリだ。

 わかるのは『ロボットの初期化の方法』『ロボットの修理方法』だけだ。

 ロボットの人皮膚はボロボロに引き裂かれ、筋骨隆々だったT(田中)シリーズの面影は全くない。

 この時代、この世界で揃えられる精一杯の人工皮膚をロボットに張り付けた結果、田中はヒョロっとした長身の男の見た目になった。

 「何か覚えている事はないのか?」と浮浪者。

 「Tシリーズと呼ばれてた事は何となく覚えている。

 T(田中)シリーズ、と」と田中。

 「それだけじゃ何の手掛かりにもならんな。

 よし!俺がお前の主人を探そう!」と浮浪者。

 この時代に田中の主人はいない。

 大体、田中は『アンドロイドが産んだアンドロイド』で人間の主人などいないのだが。

 

 男は持って生まれた優秀さで『T(田中)シリーズ』のコピーを産み出す。

 それが『Y(山根)シリーズ』だ。

 『T』と『Y』の形が似ている事から『Yシリーズ』と呼ばれるようになった。

 その二人のアンドロイドを元に考えられた『アンドロイド量産計画』は『AN計画』と呼ばれる。

 『AN』は一つはもちろん『android』、そしてもう一つは『another 』からきている。

 つまりは『もう一つのアンドロイド』という意味だ。


 こうして一人の体育教師が失踪した。

 しばらくは『一人の教師が失踪した』としてちょっとした騒ぎになっていたが、3日もすると失踪騒動は嘘のように鎮まった。

 元々『田中』なんて人間は存在しない。

 アンドロイド達が役場の戸籍データをチョチョイと触って産み出した偽造戸籍だ。

 だから存在を揉み消すのも朝飯前だ。

 だが生徒の記憶には残っている。

 「田中先生っていたよね」「アイツ、いつも無表情だったけど何だったんだ?」「アイツの授業、受けた事ねーぞ?アイツ何やってたんだ?」としばらくはちょっとした話題になったが、すぐに沈静化した。

 教師が『箝口令』を敷いたのだ。

 田中先生が失踪した後、学校で田中先生の足跡を辿る。

 すると、田中先生が授業のカリキュラムから外れていた事わかった。

 『担任も持っていない』

 『服担任も持っていない』

 『授業もしていない』

 つまり何もしていないのに給料だけは支払われていた事が明らかになった。

 これが発覚したらエラい事だ!

 『学校は教師の管理が全く出来ていない』

 そういう話になってしまう。

 「どうしよう?」校長、教頭は頭を抱えた。

 「『田中などという教師は最初からいなかった』というのはどうでしょうか?」と新任の『佐藤先生』が言う。

 「そんな簡単な話じゃないんだよ!」と教頭。

 「大丈夫。

 私に任せて下さい。

 全ての責任は私が取ります」と佐藤先生。

 「あ、あぁ、わかった・・・」謎の迫力に圧されて校長が首を縦に振ってしまう。

 「何であんな新任教師に一任したんですか!?

 もう我々はおしまいです!」と教頭がヒステリックに言う。

 「何故か『首を縦に振らないと命はない』としか思えないで、了承してしまった。

 どうせ破滅なのだ。

 ダメで元々・・・発覚するまで一任してみよう」と校長。

 しかし訳がわからない。

 田中先生の存在が表沙汰になることはなく、校長、教頭、学校の責任が問われる事は一切なかった。

 「これはもしかして助かったのか!?

 いや、まだわからない。

 全ての学校人事を、この『佐藤』とかいう新任女教師に一任して、いざとなったら責任を擦り付けてしまおう!」と校長。

 こうして学校の職員人事を『アンドロイド』が握る事になるのだった。


 浮浪者は廃品回収を田中(アンドロイド)にやらせる。

 田中(アンドロイド)の仕事量はハンパじゃない。

 1日『数千円』を稼ぎ出した。

 しかし廃品回収は『世を忍ぶ仮の姿』でしかなかった。

 田中が街中を回って集めていたのは『アンドロイドの部品』だった。

 田中の主目的は『アンドロイドの二号機』を作る事だった。

 いつの間にか浮浪者は廃品回収業者の資格を取得して、起業しようとしていた。

 しかし問題が一点。

 浮浪者が起業しようにも『本社』にあたるテナントを借りられないのだ。

 困り果てた浮浪者はダメ元で空き地に立っている『借地』という看板に書いてある電話番号に連絡する。


 「はい、竹内たばこ店です」とマツが黒電話に出る。

 「え?

 『借地』と書かれてる看板の電話番号に連絡したんですが・・・」と浮浪者。

 「あぁ、その電話もここに繋がるんだよ。

 だって、儂があの借地の大家だからね

 ・・・って事はアンタ、あの空き地を借りたいのかね?

 物好きもいるもんだ。

 この廃れていく一方のこの街で今時、あんな荒れ果てた空き地を借りたい、とはね。

 言っとくけど、あの土地は売らないよ!

 二束三文で買い叩こうってヤツは何人かいたんだよ。

 でもね、あそこは儂と死んだ亭主が昔、たばこ屋をやってた思い出の土地なんだよ。

 『貸してくれ』なら相談にのるがね」とマツ。

 「かあちゃん、現実を見なよ!

 この過疎化が進んでる街で土地が売れるだけでも万々歳なんだよ!

 誰があの荒れ地を借りるのさ!?」

 電話口の向こうで電話している人の息子だろう男がたしなめている。

 きっとお年寄りの息子も結構な壮年なのだろう。


 土地を管理している、という女性と会う。

 直接会ってはいないが、話の感じだと相当な高齢者なのだろう。

 若かろうが高齢者だろうがいままでの経験で私を一目見た地主達は渋い顔をして、色々と理由をつけて『土地は貸せない』という旨の事を言う。

 私は田中(アンドロイド)が集めた廃品回収業でそこそこの蓄えはある。

 土地の保証金を支払うには全く問題がないはずだ。

 金の問題じゃない。

 私の出で立ちが浮浪者にしか見えないからだ。

 綺麗な服などはない。

 ただ、コインシャワーで出来るだけ清潔にした。

 髭も剃った。

 伸びた髪も首の後ろで一つにまとめた。

 これが今の私に出来る精一杯の身の回りの手入れだ。

 これ以上の清潔さを求められたならもう『縁がなかった』と諦めるしかない。


 だが、マツは相手が誰でも関係なかった。

 『とにかく魔法少女の秘密基地の世を忍ぶ仮のテナントが必要だ』と。

 それが廃品回収業者だから、どうという事はなかった。

 ・・・というか、マツは戦隊モノと仮面ライダーと魔法少女がごちゃごちゃになっていた。

 普通、魔法少女に秘密基地は必要ない。

 でもマツが猫かわいがりしているウメが魔法少女にご執心だったので『これは秘密基地が必要だね』と、間違った知識で間違った行動に出た。

 秘密基地の完成空想図は『トム・ソーヤの冒険』なんかで出てきた木の上の小屋だ。

 ウメがそこで楽しく遊べればそれで良い。

 浮浪者が一張羅のスーツを着てタバコ屋の仏間に来る。

 そこには田中と山根を連れて来ている。

 「あの荒れ果てた土地を借りたい、って変わり者はアンタ達かい?」とマツ。

 「はい」

 「何でまた?」

 「私には常宿がありません。

 保証人になってくれる人がいません。

 あ、保証金は色を付けて払います。

 違約金の契約も倍高くしてもらってかまいません。

 『社会的信用』がない私に土地を貸していただけるなら、いかなる条件も呑みます!」と浮浪者。

 「どんな条件でも?」とマツ。

 「・・・家賃5倍なんて言われたら、無理ですが・・・。

 でも貸していただけるなら出来る限りの契約条件は呑みます!」と浮浪者。

 「そのテナントに『儂らの秘密基地を入れてくれ』と頼んだら?」とマツ。

 「ひ、『秘密基地』ですか?

 何から秘密なんですか?」と浮浪者。

 「秘密じゃ」とマツ。

 「その『秘密基地』は我々が借りるテナントのどこにあるんですか?

 地下にあるんですか?

 二階にあるんですか?」と浮浪者。

 「その『秘密基地』を作るのはアンタらだ。

 アンタらのセンスが試される」とマツ。

 「え?

 あの土地に好きに建物を建てて良いんですか?」と浮浪者。

 「『建築基準法』の範囲内だったらな。

 建物はアンタらと儂らが共同所有する形になる。

 残念だが、アンタらだけの物にはならない」とマツ。


 こうして土地契約者は完了した。

 土地の整地は田中と山根が一晩終わらせた。

 最大の問題だと思っていた『建築基準法』だが田中が図書館で関連書籍を20分ほど読んで『これなら大丈夫』と。

 元大工で一級建築士の資格を持っている浮浪者仲間から必要資格の名義だけ借りて、実際には田中と山根が2人で廃品回収業者の建物を作った。

 その裏に田中は喫茶店を作った。

 「廃品回収業者の裏に喫茶店ってどうなの?」と思わないでもないが、別に喫茶店に客なんて入らなくても良い。

 秘密基地の『世を忍ぶ仮の姿』が喫茶店だと。

 形だけ始めた喫茶店ではあったが、マリアがうつ『手打ちそば』の評判が広まり、他県から蕎麦を食べに来る繁盛店になるのは別の話。

 それに喫茶店なのだ。

 「日本茶はうまいが、コーヒーは泥水以下だ」という評判だけは覆せなかった。

 店主(マツ)が『コーヒーは大嫌い。苦い。コーヒー牛乳の方が好き』という店だからしょうがなくはあるが。


 秘密基地は喫茶店の地下に作られた。

 『どこの仮面ライダーだよ?』という話だが。

 何か本格的っぽい。

 そりゃそうだ。

 田中が未来の知識をフルに駆使して産み出した基地なのだから。

 勿論、田中のメモリーの中には『敵対組織に漏らしちゃダメ』なメモリーも沢山ある。

 でも、初期化された田中はどれが漏らしちゃいけない知識かわかっていない。

 中途半端に一度は壊れかけた機体にトップシークレットが残っている。

 秘密基地もそんなトップシークレットが沢山使われて完成した。


 ドリームレッド・・・陰陽道を使う

 ドリームビリジアン・・・魔法を使う

 ドリームコバルトブルー・・・神聖魔術を使う

 ドリームオフホワイト・・・魔界の力を使う

 ドリームシルバー・・・超能力を使う

 ドリームつや消しブラック・・・淹れるお茶が美味しい。


 訳がわからん。

 何だ?『お茶が美味しい』って?

 「辛いかも知れないけど、マリアには言わなきゃいけない。

 『ドリームつや消しブラック』が『ドリーム5』の弱点だ、と」とウメ。

 「でも『喫茶ドリーム』の一番の戦力だよね。

 マリアが打つ『手打ちそば』が唯一の収入源だし」とマツ。

 「アンナとシンシアとウメ、コーヒーなんて見た事なかったって。

 儂は年齢的にコーヒーってより『ウメ昆布茶』なのはしょうがない。

 マリアはよくやってくれてる。

 馨、アンタは何だい?

 この喫茶店のために何かやってるのかい?」とマツ。

 「な!そもそも何でボクが喫茶店でウェイトレスとして働かなきゃいけないんだよ!?」と馨。

 「『何で?』って人手不足だからじゃない?

 ウメもアンナもシンシアも昼間は学校に言ってるんだし、マツさんだってタバコ屋で働いてるし、私と馨しかいないんだよ?

 『働かざる者、食うべからず』でしょ?」とマリア。

 「だから何で喫茶店なんだよ!?

 何でウェイトレスなんだよ!?」

 「適材適所だろうが。

 (アンタ)、マリアの代わりに蕎麦打ち出来るのかい?

 (アンタ)以外にウェイトレスいないだろうが」とマツ。

 「だから言ってるじゃん!

 ボクは男なんだってば!」と馨。

 「だからそれはわかったってば。

 マツさんもマリアも大なり小なり、記憶の混乱はあるんだってば。

 『何でこんな事になってるのか?』わかってる人間の方が珍しいの。

 だからって、生きていくためには働かない訳にはいかないんだよ。

 『何でこんな事になってるのか?』ハッキリするまで、ここでウェイトレスやって行こう!・・・ってみんなで誓ったよね?

 何で今さらゴネるのさ?」とマツ。

 「逆に聞きたい!

 『何でみんなゴネないのさ!?』

 納得出来てるの!?」と馨。

 「いい加減覚悟決めたらどうだい?

 女だろ?」とマツ。

 「男だよ!」と馨。

 「グチグチ言ってるんじゃないよ!

 こちらは最初から『警察へ行ったら一件落着だ』って言ってるだろ?

 それを渋ってるのは馨、アンタだろうが!」とマツ。

 それを言われると馨は苦しい。

 馨は『記憶喪失』ではない。

 バッチリ記憶がある。

 その記憶の中の自分が『男』だから訳がわからないのだ。

 それは『因果逆転の悪魔』にかけられた『呪い』の効果であって『悪魔との契約』とは違うので、悪魔が死んでも効果が切れない。

 馨としたら『何で自分が女になったのか?』理由がわからない。

 こういう時に『最新鋭のテクノロジー』ほど当てにならないモノはない。

 声紋も指紋も瞳の角膜検査も『この女は安倍馨ではない』という結論を出した。

 つまり自分達が元いた陰陽師の組織とも連絡が取れない。

 そこまで悪人の組織ではない。

 だが根っからの善人だらけの組織でもない。

 自分らに差し向けられた暗殺者を逆に誅殺する。

 だから馨は彰を殺そうとしていた。

 警察に『自分達が何者か?』は言えない。

 むしろ『国家権力だけには何があっても名乗り出れない』

 それは『安倍馨』に限らず、『安倍馨』が所属していた陰陽師全員の宿命だ。

 だから石鎚彰に殺された陰陽師を法的に弔う事は出来ない。

 殺された陰陽師には戸籍がない。

 だから唯一の弔いとして『陰陽師を殺した相手の誅殺』を行おうとしていた・・・失敗に終わったが。

 だから警察に馨は行けない。

 マツは察した。

 いや、察し過ぎた。

 『ウメもパスポートを持っていない』

 学校への留学も『安倍家』のコネを使いまくっていて『在留資格証明書』にあたる書類上が一切ない。

 マツは考えた。

 『不法入国、不法滞在なんじゃないか?』と。

 考えすぎだ。

 パスポートなんかある訳がない。

 だって人間じゃないんだから、魔王なんだから。

 でもマツはウメが可愛くて仕方ない。

 だから戸籍については気付いてないフリをしている。

 「馨も似たようなモノじゃないのか?」ウメは勘繰った。

 エラい勘違いだ。

 ウメは何も悪い事をしていない。

 山の中にいる熊みたいなモノだ。

 戸籍がない状態が普通なのだ。

 それにウメが『自分は人間だ』などと詐称した事は一度もない。

 むしろ馨の方が『ダークサイド』に近い。


 マツは馨を警察には付き出さなかった。

 『何かあれば自分から出て行くだろう』と。

 マリアにしても同じだ。

 『好きなだけ喫茶店に居て良い。

 やる事が出来たら出て行くだろう』と。

 マリアの思惑は「何で自分が岡山にいるのか訳がわからない」そして「何で岡山で恋人の名前『石鎚彰』の名前を聞くのか、サッパリ不明だ。しばらくは岡山で真相の究明をしよう」というモノだった。

 何にしてもマツは全てにおいて勘違いしている。

 そんなマツに対して『アレはイヤだ』『コレはイヤだ』と言うのが馨だ。

 イヤに決まっている。

 馨の認識の中では『自分は男だ』

 なのに、馨は喫茶店の給仕担当、つまりはウェイトレスなのだ。

 仕方ない。

 ウメも、アンナも、シンシアも日中は学校へ通っている。

 マツはタバコ屋で店番している。

 マリアは厨房兼、麺打ち担当だ。

 給仕担当は馨しかいない。

 一度「料理ぐらい出来る!」と馨が厨房を占拠した事があったが、卵を電子レンジで爆発させて、半べそをかきながら「ウェイトレスをします・・・」と厨房から出て来た。


 そもそも給仕するだけなら馨もそこまでイヤがらない。

 ウメが『人気のメイド喫茶』で検索して「コレみたいな服を作りたいから布を出して」と豊に頼んだのだ。

 豊が持っている『アイテムボックス』にはテイムモンスター達が狩ってきた人間には未知の布や毛皮や糸が山ほどある。

 ・・・が、人間界にあって当然の絹や絹糸などはない。

 素材を豊に頼む、という事は『無茶苦茶独創的なメイド服になる』という事だ。

 出来上がったメイド服を見る。

 絹糸がないから作るのに苦心しながらも、マリアが必死で作り上げた力作だ。

 「う~ん、何か違う・・・」とウメ。

 何かじゃない。

 全然違う。

 何か服の布地にシースルー部分が多い。

 しょうがない。

 見本で最も全ての布面積を占めているシルクが豊提供の布地にはないんだから。

 代わりに提供された肌触りが良さそうな布地がシースルーなのだ。

 「まぁ、いいか」ウメには日本人と同じような羞恥心はない。

 アンナにもシンシアにも日本人と同じような羞恥心はない。

 マツは『最近の若いモノはこんなの着るんだねえ』と感慨深げだった。

 マリアは少し恥ずかしそうだったが「まぁ、客前に出る訳じゃないし・・・」と自分を納得させていた。

 「良い訳あるか!」と馨。

 「何だい、(アンタ)は?

 一人だけ反対して!

 イヤイヤ期の幼児かい?」とマツ。

 「客前に出て晒し者になるのはボクだけだろうが!」と馨。

 「客なんて滅多に来ないだろ?」とマツ。

 「いや、手打ちそば目当てで年配の客が来るんだよ!

 まるで汚物を見るみたいにボクを見るんだ!

 小綺麗なお婆ちゃんに、吐き捨てるように『痴女』って言われて見ろよ!?

 心折れるから!!」と馨。

 「コーヒーも紅茶もまともに淹れられないメイド喫茶店なんて流行る訳ない、立地も最悪だし、同じ敷地内にゴミ処理業者があるし・・・って思ってたけど何か客増えてないか?

 お年寄りばっかりだけど」と馨。

 「それもこれもマリアの『手打ちそば』のおかげだね」とマツ。

 「『おかげだね』じゃない!

 『何でそんな格好させられてるんだい?

 イジメられてるのかい?

 何か相談に乗れるかい?』とか言われる気持ちわかるか!?」と馨。

 「良かったじゃないか。

 『性的な目で見られたくない』って(アンタ)、言ってたよね?」とマツ。

 「だったら、あのメイド服意味ないじゃん!」

 「だから喫茶店の制服、作業着だってば。

 動きやすくない?」とウメ。

 「あの謎の素材で出来たメイド服、一体何なの?

 無茶苦茶通気性良いし、無茶苦茶肌触り良いし、無茶苦茶軽いし、無茶苦茶伸縮性良いし・・・」と馨。

 「それは言えない」とウメ。

 絶対に言うな、と豊に言われている。


 「お隣さんはエラい賑やかだな」と『浮浪者』改め『廃品回収業社長』またの名を『村上』。

 『廃品回収業』の社長は『村上』。

 従業員が二人『田中』と『山根』。

 2人とも人間じゃない。

 アンドロイドだ。

 『村上』は元々一人きりだし、2人を家族同然に大事にしている。

 しかし、浮き世離れしているのはどうしようもない。


 『村上』はゴミ回収業とは別に、ボランティアで『壊れた玩具の修理』をしている。

 『村上』には『あべべ自動車』を解雇になり、浮浪者になる前に小さな子供がいた。

 妻や子供に『愛を言葉にして伝える』事は苦手だったが愛情がなかった訳じゃない。

 今でも子供に『愛している』の一言を伝えられなかった事を悔やんでいる。

 そんな『村上』が子供のために出来る事、それが『玩具の修理』だった。


 「すいませーん」

 「あ、お隣さん」

 隣の世帯に声をかけたのはマリア、声をかけられたのは田中だ。

 田中は体育教師だった時の無愛想さはない。

 むしろ子供から壊れた玩具を預かる事が多いから、子供にわざとおどけて優しい声をかける。

 「今日は『廃品回収』の話じゃないんです。

 皆さんがやってる『ボランティア』関連のお話なんです」とマリア。

 「玩具修理の話ですか?」と山根が口を挟んで来る。

 「そうです」

 「わかりました。

 じゃあ壊れた玩具を出して下さい。

 本当は大人からはお金もらうんですよ?

 でも今回は隣人価格、という事で驚きの無料で修理を承ります」と田中がおどけながら言う。

 「いえ、『壊れた玩具』はないんです。

 むしろ『玩具』が欲しいんです」とマリア。

 「どういう事ですか?」

 「私達『魔法少女ごっこ』をしているんです。

 かなり本格的でみんな武器になるような玩具を持っています。

 ですが、私だけ『武器になるような玩具』を持ってないんですよ。

 『どこで手に入れたの?』って聞いても『これは玩具じゃない。

 小さな頃からの修行の成果だ』とか、ごっこ遊びの設定の話しかしないんです。

 だから私も困り果ててしまって・・・。

 そんな時に『村上さんのところじゃもう作成されていない玩具でも、1から部品を作り出して、直す前より滑らかに動くようになる』って話を聞いて、もしかしたら『魔法少女ごっこ』の玩具も1から作れるかな?って」とマリア。

 「作れない事もない・・・かも知れないけどわかりませんね」と田中。

 「どういう意味ですか?」とマリア。

 「こういう場合『どういう玩具が必要か?』が大事なんですよ。

 竹蜻蛉(たけとんぼ)を作る技術と、テレビゲームを作る技術は全く別でしょ?」

 「あぁ、そういう・・・」

 「それに『どこまでなりきるのか?』が『ごっこ遊び』では大事ですからね。

 参考までに聞かせて下さい。

 どこまで『魔法少女』になりきるんですか?」と田中。

 「無茶苦茶本格的ですよ!

 全員、色違いの衣装準備して!

 変身のポーズとか、変身のセリフとかあるんですよ?

 良い大人が何で『魔法少女』なんでしょうね?

 それはともかく、ある程度本格的な武器が必要なんですよ」とマリア。

 「魔法少女の本格的な武器・・・ねえ」

 「やっぱり難しいですよね」

 「いや、出来そう」と田中。

 「出来るんかい!」

 「逆に『魔法少女の武器』って何でもアリなんですよ。

 俺が今まで修理した中でも、化粧のコンパクトもありましたし、スティックもありましたし、銃器もありました。

 モデルになる『魔法少女』がいなければ武器は何だって良いはずです。

 例えば『キュウリ』が武器で、敵をキュウリで思いっきり殴る魔法少女がいても良い訳です」

 「いや、『キュウリ』じゃ魔法要素が無さすぎじゃ・・・」

 「だから『キュウリで殴る力』を魔力にする訳です」

 「そんな事が出来るんですか!?」

 「出来る訳ないでしょう?

 だからこその『ごっこ』な訳です。

 『何を魔力に変換するか?』

 それはオリジナリティなんですよ。

 何だって良いんです」と田中。

 「じゃあ、私の武器はキュウリ!?」

 「それを決めるのはマリアさん次第です。

 キュウリを選ぶのも良いでしょう。

 ですが『キュウリ』を『魔法少女ごっこ』の武器に選ぶのであれば、我々は必要ない・・・違いますか?」

 確かにそうだ。

 少し見せてもらったアンナさんの武器。

 杖のような形で火を吹く棒・・・まさか本物の炎ではないだろうけど。

 『キュウリ』を持って行って「これが私の『魔法少女』の武器です」とは言えない本格的な雰囲気。

 その雰囲気こそマリアが田中に『魔法少女の武器を作ってくれ!』と依頼したモノだ。

 「私が望む魔法兵器(オモチャ)、それは!」

 マリアは棍棒を田中に差し出す。

 「これは棒っ切れ?」と田中。

 「いや、これは『麺打ち棒』、蕎麦打ち職人の命よ。

 これを私の武器にしたいんです」とマリア。

 「チャンバラを望んでいるなら俺達は必要ないと思います。

 その棒を使えば良い,・・・」

 田中の言葉を遮りマリアは言う。

 「そうではありません。

 私は言ったはずです。

 『本格的に』と。

 それに先ほども言った通り『麺打ち棒は蕎麦打ち職人の命』

 玩具になどは出来ません。

 『私の武器は麺打ち棒』

 『蕎麦打ち職人は麺打ち棒を玩具にはしない』

 それを両立させるには『麺打ち棒』をモチーフに『村上さんのところ』で頼むしかないな、と」

 「『頼むしかない』事はないとは思いますが、仰りたい事の2割ぐらいは理解出来ました」と田中が言う。

 マリアは『世界初、アンドロイドを狼狽えさせた女』となった。 


 「わかりました。

 我々は『魔法少女の武器を作る』『武器は麺打ち棒をモチーフにする』という事でよろしいでしょうか?」と田中。

 「それでお願いします。

 大したお金は支払えませんが・・・」とマリア。

 「お金はいただきません。

 前々から村上(しゃちょう)は『オリジナルの玩具が作りたい』と言っていました。

 それはカネのためじゃない。

 『子供達を喜ばせるためだ』と。

 ここで玩具を作るのは村上(しゃちょう)の意向だと思います」と田中。

 こうして田中はマリアの武器を作り始める。

 

 田中(アンドロイド)がいた未来では超能力など未知の力を動力としている武器が存在している。

 その動力は人間の体内で発生する『魔力』と同等の者だ。

 異世界の女性は魔力を訓練により獲得出来る。

 何故なら『異世界には魔族がいるから』だ。

 魔族が産み出した『魔法』というモノを女性なら学ぶ事が出来た。

 しかし、地球には魔族はウメと豊のテイムした魔族達以外はいない。

 地球には魔法使いはほとんどいない。

 だから加藤豪のようなインベーダーに『君も魔法少女にならないかい?』なんて騙されて、魔女に堕ちてしまったりする。

 現在の地球に魔法はない。

 超能力もない。

 あくまで『現在の』地球には、だ。

 未来の地球で超能力は『非科学』ではない。

 超能力は科学的に一部解明される。

 解明されたのは『一部』だ。

 全ての『未知の能力』が解明された訳じゃない。

 しかし、一部人為的に『超能力』を産み出す事には未来の人類は成功している。

 その人為的に産み出された超能力者を未来の人類は『強化人間』と呼んだ。

 現在も未来も『人体実験』は基本的に禁止すれていて厳しい制約がある。

 だから『強化人間』に対する実験も行われていない・・・表向きには。

 強化人間を作る人体実験は秘密裏に行われていた。

 未来での『戦争』、それは最初『強化人間』『アンドロイド』を巡る情報戦、リーク合戦だった。

 だから『アンドロイド』の記憶にはリークするための『強化人間の武器』がメモリの中に入っている。

 『強化人間』が使う超能力には種類がある。

 ①超能力を自在に扱える。

 アンナやシンシアの『魔法』と同じように超能力を使える。

 ②『超能力』自体を敵にぶつけたり、形にする。

 つまりマツのような使い方だ。

 ③『超能力』は触媒がないと外には出せない。

 これが加藤豪のようなインベーダーと契約した多くの『魔法少女』によく見られがちなパターンだ。

 多くの『魔法少女』達はインベーダーと契約者する事で、そこそこの『超能力』もしくは『魔力』のこもった『魔法少女の衣装』を手に入れる。

 しかし魔法少女達は体内の『力』を放出出来ない。

 だから『放出するための触媒』を使うのだ。

 それは杖の場合もある。

 それは銃器の場合もある。

 それは弓の場合もある。


 ③は力の弱い『魔法少女』によく見られるパターンで『ドリームファイブ』の少女達には当てはまらない・・・本来ならば。

 力の強い魔法少女少女の『力』は身体から外へ出てきてしまうのだ。

 マツの『超能力』が誰に教わるでもなく、勝手に発現してしまったように。

 しかしマツには『発現の切っ掛け』があった。

 『石鎚彰にしまむらの駐車場で襲われた事』がマツを超能力に目覚めさせた。

 マリアにはそれがない。

 身体の中には『不死鳥の尾』から注ぎ込まれた大量の『魔力』が既に存在する。

 なのに、その『魔力』が目覚める切っ掛けが訪れない。

 全く身体に危機が迫らないのだ。

 日々、手打ちそばを打っているだけだ。

 だから魔法少女の中でマリアは何の能力も目覚めていない。

 その事でマリアは疎外感を感じている。

 『自分だけごっこ遊びにイマイチ参加出来ていない』と。

 マリアは『魔法少女の活動』をサバイバルゲームみたいなモノだと思っている。

 他の魔法少女達がBBQの時に披露したのは『手品』とか『一発芸』の類いのモノだ、と。

 だから田中に頼んだのだ。

 『私にも武器をくれ』と。


 田中はマリアから渡された『麺打ち棒』をしげしげと見る。

 そして「3日下さい」とマリアに言った。

 田中はマリアの武器を作ると約束した。

 田中がマリアにした約束を村上(ホームレス)は知らない。

 知っていたとしても田中にマリアの武器を作る許可を出していただろう。

 田中のメモリの中に入っている『武器制作』は『玩具』などではない。

 未来で『強化人間』が持っていた最新鋭の武器だ。

 何でそんなモノがアンドロイドのメモリの中に入っていたのか?

 『未来では、人工的に超能力者、つまり強化人間が産み出されていた』からだ。

 『人口を減らそう』という理想的を抱いている連中が『人間による数を頼みの兵力』など持てる訳がない。

 『アンドロイドだけで編成された軍隊』

 それを信用出来るほど未来も『科学万能』ではない。

 『アンドロイドは裏切る可能性がある』

 そう人間は敵味方関係なく思っている。

 実際には、そんな事はそれまで一度たりともなかった・・・遥か過去にタイムスリップした先で、全損したアンドロイドを拾ったのが「『偶然、アンドロイド産みの親』と言われているホームレスだった」というケースだけだ。


 その話は今は置いておいて『アンドロイド至上主義者』の胸糞悪いのは『周囲を戦乱の渦に巻き込んでおきながら、自分等は闘う気が毛頭ない事』だった。

 『アンドロイド至上主義者』が『アンドロイドの絶対数が足りない』『味方がアンドロイドだけでは信用出来ない』となった時に、産み出したのが『強化人間』なのだ。

 0.00001%の確率で産まれる『超能力者』を人為的に大量に産み出そう、それが『強化人間プロジェクト』だ。

 強化人間は全員『孤児』だ。

 何故か?

 『強化人間』を産み出すために、非人道的な人体実験が行われるからだ。

 最初『強化人間』は手探りで脳をいじる実験から始まった。

 しかしその実験は何の成果も生まず、いたずらに犠牲者のみを出し続けた。

 「『強化人間プロジェクト』はこのまま頓挫するのか?」そう思われた時だった。

 『島根の仙人カヤマ』と呼ばれた男の謎の書物が見つかる。

 『盲腸から謎の成分が出ている』と。

 ダメで元々『アンドロイド至上主義者』達は『孤児』の盲腸から出ている成分の研究を始める。

 その成分を、如何に沢山分泌させるか?

 成分の分泌はコントロール出来るか?

 こうして『強化人間』は生まれた。

 しかし、そうやって無理矢理産み出されたモノに歪みがあるのは当然だ。

 『強化人間には訓練前からそこそこの能力がある。しかし伸びしろは少ない』

 『強化人間の身体には盲腸から強化人間になるための成分を出させるために薬物投与を行う。

 薬物には幻覚作用があり、ありもしない強迫観念を訴える事が多い』

 『強化人間になると、その寿命は極端に短くなる』


 その『強化人間』用の兵器、というのがマリアのために作られた『玩具』なのだ。

 村上はそれが危険なモノだとは知らない。

 知っていたとしても村上はマリアを「ただの『麺打ち職人』だ」と思っている。

 『強化人間』用の兵器なんて、普通の人間からしたら『ただの棒っ切れ』だ。

 マリアは『強化人間』の上位互換、加藤豪により魔法少女としての魔力も与えられているし、身体の中に『不死鳥の尾』から注ぎ込まれた莫大な魔力が存在する。

 完全上位互換であるマリアは『強化人間用の兵器』も問題なく使用出来る。

 田中はメモリの中にある『強化人間用兵器』というフォルダの中の知識を利用してマリアが使う『ごっこ遊びの玩具』を作っただけだ。

 マリアも田中に「『ごっこ遊び』の玩具を作ってくれ」と依頼したモノを受け取っただけだ。

 まさかこの『麺打ち棒』の先から出るレーザーが一つの街を壊滅させる威力を持っている、とは誰も知らない。


 「それともう一つ。

 これはマリアさんの分だけじゃなく6つ、人数分あります。

 この装置をスカートの内側に付けて下さい」と田中。

 「この装置に何か意味があるんですか?」とマリア。

 「これがあれば自由に空を飛べます!

 ・・・という設定です。

 実際にはこれがスカートの内側に付いていたらそう簡単にはスカートが捲れなくなります」と田中。

 これはありがたい。

 実は魔法少女のスカートの短さを『嫌だなあ』と思っていた。

 これを付けていたらヒラヒラと捲れ上がらない、と。

 これは『リックドム』のスカートみたいな者で、これがあれば空を自由に飛べる。

 しかし、これを付けていても実は下からパンツは見放題だ。

 魔法少女の衣装はカメラにも画像にも残らないから、映像として拡散される心配はないが。


 こうして『魔法少女つや消しブラック』の武装が出来た。

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