帰還
山を登る。
本来なら六歳児が登れる高さの山じゃない。
あ、そういやリアカーみたいなのが必要だったかな?
絵本なんかで、鬼からもらった宝物をリアカーみたいなヤツで桃太郎が引っ張ってる絵とかあるじゃん。
まあ、それは勝ってから考えようか?
そんな事を考えていると、山城の城門が見えて来る。
これが『鬼ノ城』か。
モンスターのくせに、意外と普通に城とか使ってるんだな。
そういやら鬼も祭壇みたいなヤツを作ってたな。
モンスターにも建築文化があるのかも知らん。
山城の城門を開けようとしたら、ピクリともしない。
コイツら生意気にも裏から閂かけてやがる。
鬼って知能高いんだな。
しかしどうやって城に入ろうか?
インターフォンを鳴らして開けてもらう訳にもいかないし。
暫く考えているとギギギギギと城門が開く。
どうやら鬼は定期的に人間の街を訪れて、略奪を繰り返しているらしい。
だから城に盗んだ金品などを持ち込んでいるようだ。
そして馬車の荷台は牢屋になっている。
牢屋に入っているのは人間だ。
「鬼も城を作るんだ」と感心していたが、どうやら城を作らされていたのは浚ってきた人間のようだ。
鬼は城を使っていただけだ。
許せない蛮行ではあるが、この馬車はありがたく使わせてもらおう。
鬼が人々から略奪したお宝は僕が貰ってジジイとババアのところに手土産にしよう。
馬車の陰に隠れて、コッソリと『鬼ノ城』の中に入る。
『犬』と『猿』と『雉』は『アイテムボックス』の中に入っている。
ここで他のテイムモンスター達も全員出しても良いんだけど、みんな軒並み小さくなっている。
可愛らしいんだが、戦力としては少し心細い。
それにやっぱり桃太郎のお供は『犬』『猿』『雉』であって欲しい、というのが日本人のノスタルジーだ。
桃太郎のお供が『キメラ』『ケルベロス』『ドラゴン』だったら台無しじゃん?
しかし鬼が人間を浚って、強制労働させてるとは・・・少し様子を見ようと思ってたけど、予定変更だ。
一刻も早く、捕まってる人々を救い出そう!
正面から鬼達を叩き潰す!
頭に血がのぼってて、異世界での事を忘れていた。
『鬼に物理攻撃は効かない』
鬼にも同じように物理攻撃が効かなかった。
つーか鬼と鬼って全く同じじゃないか?
どうやって異世界の鬼が日本に辿り着いたんだ?
僕の飛び蹴りが鬼にヒットする。
しかし鬼は微動だにしない。
それどころか飛び蹴りを胸で受け止めて、そのまま僕の足首を掴んで放り投げた。
あ、ヤバい。
このままだったら『鬼ノ城』の壁に叩き付けられる!
壁に激突する前に『猿』が咄嗟に僕の身体を空中で受け止める。
ドスン!
受け止めたとは言え、『猿』はかなりの衝撃を受ける。
「ありがとう、大丈夫か!?」と僕は『猿』に聞くが僕も衝撃によるダメージをかなり受けていた。
やっぱり六歳児の身体は軽すぎる。
簡単に受け止められるし、簡単に投げられる。
まあ、六歳児の身体じゃなかったとしても、直接攻撃ダメージは全く通らないんだが・・・。
『雉』が心配気に「クエー!」と一鳴きする。
そりゃ心配だよな。
『策が全くない』んだから。
しかし何故か鬼が怯んでいる。
しかも、この六歳児の拳のダメージが通っている。
もしかして・・・鬼が『甲高い音が苦手』なように、鬼ももしかして雉の鳴き声が弱点なのか!?
「『雉』頼む!
鳴き続けてくれ!」と僕。
しかし『ある程度の意志疎通は出来る』とは言え、モンスターに言葉の真意が伝わるだろうか?
伝わらなかったら終わりだ。
正直、鬼の数と戦力を甘く見ていたし、六歳児の肉体が『いかに脆弱か』も考慮に入っていなかった。
その上、城には沢山の人間が捕らえられている。
ここで逃げたら、おそらく彼らは犠牲になる。
「やるしかねーだろうが!」僕は自分を鼓舞する。
「良いか?
よく聞くんだ!
コイツら鬼は、今、雉が鳴いている間だけは無力だ!
お前らでも倒せる!
でも雉もいつまでも鳴き続けられる訳でもない。
そうなったらお前らはおしまいだ。
お前らが生き残るには『雉が鳴いている間に鬼を殲滅する事』だ!」僕が叫ぶ。
「誰がおめえみたいなガキの話を信じるんだよ!?」と捕らえられている男の一人が言う。
「信じるも信じないもお前らの勝手だ。
だが、良く考えろ!
『鬼を倒せる』奇跡は一度きりだ。
そして、その奇跡が起きるとしたら『今』しかない。
今を逃したらお前らは鬼にコキ使われて、疲れはてて死んでいくしかないんだ!
一か八か勇気を見せるのは今だぞ!」
これは賭けだ。
六歳児の身体じゃ、鬼はきっと殲滅出来ない。
確かに小さくなったとは言え、レベルは上がってて1vs1なら負けないかも知れない。
でも多勢に無勢すぎる。
暴徒と化した人々の力がどうしても必要だ。
「・・・俺は信じるぞ!
どうせここで鬼に従っていても一週間後には衰弱死してるんだ!」
「お前、冷静になれ!
俺たちが鬼に敵う訳がないだろうが!」
「俺は冷静だよ!
思い出してみろ!
どれだけの連中が今朝、目を醒まさなかった?
体力のない者、体力のなくなった者から順番に死んでいってる!
そして自分が目を醒まさなくなる番もそう遠い話じゃない!
ここで希望にすがって何が悪い!?
それとも『鬼に従って二、三日長生きすべきだ』と言うのか?」捕らえられた男達が揉めている。
もう一押しだろう。
「自由を求める男は我に続け!
女は金切り声で叫べ!」
勢いで僕は鬼に突っ込む。
鬼は甲高い音、声が苦手だ。
だから女の高い金切り声も苦手なはずだ。
ずーっと鳴き声をあげてい雉の声が小さくなっている。
もうしばらくは限界なんだろう。
耳を塞いでいた鬼達がこちらに向き直り始めている。
もう万事休す、か。
「キャアアアア!!!!!」女の子の一人が大きな声で金切り声を上げる。
再び鬼達が両耳を塞ぎ蹲る。
犬が鬼の頸動脈を食い千切り、遠吠えをする。
まるで『こんな幼い女の子ですら立ち向かっているのに、お前ら男達は何だ?』と言っているようだ。
そこら中から女達の金切り声が上がり出す。
そして、男達が素手で鬼に立ち向かう。
確かに鬼は甲高い声で弱っている。
しかし男達も連日に及ぶ強制労働で弱っている。
それに鬼達は棍棒などの武器を持っているのに対して、こちらは素手だ。
こちらが若干、優勢・・・といったところだが、向こうには数量の有利がある。
消耗戦になってしまったら、こちらが不利だ。
何か良い方法はないか?
鬼達を一旦、この城から追い出すような。
僕が考えていると、いつの間にか鬼ノ城の屋根の天辺にとまっている『雉』が大きな「ケーン!ケーン!ケーン!」という鳴き声をあげ続けた。
たまらず鬼達は城の外に逃げてくる。
逃げて来た鬼達を『犬』と『猿』が鬼ノ城の正門方面に追い込む。
そうか!三匹は鬼達を『鬼ノ城』から追い出そうとしているんだ!
「ここが最後のツメだ!
疲れ果てているのは充分承知だ。
でも頼む!
鬼達を城から追い出してくれ!」と僕は人々に頭を下げる。
「しょうがねーな!」と人々が鬼達に立ち向かう。
もう人々は満身創痍だ。
しかし最後の力を振り絞って、鬼に渾身の攻撃を仕掛ける。
正門の方に徐々に追い詰められている鬼達は遂に、正門を開けて山から転げ落ちるように逃げ出した。
僕達の勝利だ!
しかし逃げた鬼達を追い掛けるだけの余力はない。
転がり落ちるように逃げていく鬼達を見ながら鬨を上げる。
沢山の人間の死体が転がっている。
それはこの闘いの前に、既に衰弱死していた者達の死体がほとんどだ。
完勝とは言いがたい。
心から喜ぶ事は出来ない。
しかしこの鬨は『死んでいった者達への餞』のように山城に響いた。
逃げていった鬼達はどうしたか?
鬼達は山の麓にひっそりとある洞窟に一目散に逃げ込んだのだ。
何故、鬼達は脇目もふらず、洞窟に逃げ込めたか?
鬼は元々その洞窟から地上に這い出したのだ。
洞窟の奥には何があるか?
洞窟の奥には『ジダンの門』がある。
『ジダンの門』は異世界と繋がっている。
後に洞窟の奥から発掘された『ジダンの門』は『あべべ自動車』経営者の屋敷の書斎に移動する。
『ジダンの門』から日本に来た鬼が日本で『鬼』と呼ばれているモンスターなのだ。
その後この地方では度々、鬼の被害に苦しめられる。
そこで『ジダンの門』をお札で封印したのが安倍晴明という陰陽師だ。
安倍晴明は浩くんの先祖にあたる。
だから『あべべ自動車』の経営者には『鬼が生息する亜炭坑跡を絶対に手放していけない』と伝わっている。
岡山には『桃太郎伝説』が数多く伝わっているが、実は『桃太郎は令和の時代から来たタイムトラベラー』だという事実は誰にも知られていない。
『鬼ノ城』にあった金目の物を荷車が牢屋になっていた大八車に満載する。
ジジイとババアへのお土産だ。
アイツらの短い寿命なら、これだけ金目の物がありゃ遊んで暮らせるだろう。
しかし六歳児のガキにこれだけ荷物を満載した大八車を引かせるのかよ。
児童虐待だぜ。
ようやくジジイとババアの待つ家に帰ってきた。
「おう、コラ!
約束通り、土産持って帰ってきてやったぞ!
ありがたく思えよ!」と僕は玄関の襖を叩く。
すると、玄関の横にタイムマシーンが突如として現れる。
おー、久しぶりに見るなー。
やっぱり見えないように認識阻害かけてたんか?
『この時代に地下に鬼が大量発生した謎が解明されました。
調査終了につき元の時代に戻ります』と機械音声。
ちょっと待て。
・・・って事は地下に鬼がわいたのは僕のせい?
しょうがなくない?
だって『鬼ノ城』に捕らえられてた人らを解放しなきゃいけなかったんだから。
そんな言い訳を考えていると、僕はタイムマシーンの中に吸い込まれた。
結局、玄関前に残されたのは一台の大八車。
僕の声を聞いて、ババアが走って出てくる。
しかしそこに僕はいない。
あるのは宝物を満載している大八車だけ。
「全く・・・老い先短い儂らにこれだけ財産があってもしょうがねーだろうが!
こんな宝物はいらないよ。
儂らは、お前さえいてくれればそれで良かったんだ・・・」
ババアの丸い背中が更に小さく見えた。
タイムマシーンに久しぶりに乗る。
今度は逆に少しずつ大人になってるみたいだ。
すっかり元の中学生の姿に戻った時、中学生の中庭に戻ってきた。
僕にしてみれば、六年ぶりの光景だけど、置いていかれたウメにしてみたらたった今の話だ。
「ただいま」僕はウメに言う。
「どこにも行ってないのに、何で『ただいま』?」と不思議そうにウメが言う。
「いや、別になんとなくだよ」
「不思議といえば、私、急にレベル上がって強くなった。
何で?」とウメ。
あ、そうか。
僕と『犬』と『猿』と『雉』とウメは今、パーティーを組んでるんだ。
パーティーメンバーが経験値を得たら、闘ってないヤツも経験値を得るんだった。
その理屈で、狩りに行ってる三匹の分の経験値をもらって、散々僕はレベルアップしたんだよ。
ウメも僕らが鬼と闘って得た大量の経験値をもらう権利はあるんだった。
そんなのはどうでも良い。
これ、誰のタイムマシーンなんだろ?
もう懲り懲りだから触らないけど。