教師
魔王は犬の背中に乗っている。
『ほぼ人間』の魔王を魔物小屋代わりにしている『アイテムボックス』の中に入ってもらうのも気が引けるだろ?
『アイテムボックス』に魔物達を無理矢理閉じ込めている訳じゃない。
魔物達は自分から『アイテムボックス』に飛び込んで行くし、きっと快適なんだろう。
魔王本人が『入りたい』と言うなら『アイテムボックス』に入ってもらうのは吝かじゃない。
でも僕から「入れ」とは言えない。
魔王を乗せた犬を勇者パーティーの面々が眺めている。
「可愛いでしょ!」と僕は鼻が高い。
「可愛いって言うか、何コレ?」と英雄。
「ウチの子を『コレ』って言うんじゃないよ!
この子は見ての通り『犬』だよ!
名前も『犬』!」
「名前に愛を感じないが・・・。
そんな事より!
『犬』じゃないだろ!?
『犬』がこんなに大きい訳がない!」と英雄。
「チワワも犬なら、セントバーナードも犬なんだよ。
犬の大きさも色々なんだよ」と僕。
「セントバーナードの何十倍も大きい犬なんている訳ないんだよ!」と英雄。
「ここにいるよねー」と僕。
「これ、狼ですよ。
しかも『神獣フェンリル』って言われる種類の」と魔法使い。
「詳しいな」と英雄。
「詳しいも何も、フェンリル倒した事がありますよね?
英雄さんだって見た事あるでしょう?」と魔法使い。
「そう言えば・・・」
豊がテイムしているフェンリルの親を倒した『仇』が英雄なのだ。
英雄から僕の匂いを嗅ぎ取って『英雄は仲間だ』と判断したようだが『母親の仇』というところまでは嗅ぎ取れなかったようだ。
まあ『犬』は僕を母親だと思ってて、実際の母親の記憶がないっぽいからな。
鬼の集落に着く。
「鬼って甲高い声が苦手なんだぜ?」と僕が自慢気に言う。
「うん、知ってる」と英雄。
どうやら「甲高い音を出す」というのは『鬼を倒すための基礎知識』らしい。
「しかし『甲高い声を出して乗り切った』って事は、今回も『甲高い声』は出せるんだよね?」と英雄。
「・・・・・」
「実は偶然悲鳴を上げただけだ」「その時ちょっとオシッコを漏らした」とはプライドが邪魔して言えない。
どうする?
もう目の前まで鬼が迫って来てる。
すると『アイテムボックス』の中から『雉』が飛び出して「ケーン」と大きく甲高い鳴き声を上げた。
集落にいる鬼達は両耳を押さえてうずくまった。
偉い!
さすが僕のペット!
僕のプライドを守った!
集落の奥にある集会所につく。
集会所には祭壇のような、神棚のようなモノがあり、その中央には浩くん家の書斎で見たような『門』がある。
英雄が言われた話が本当でこの門が元の世界と繋がっているならこの門から帰れるはずだ。
『魔王が倒されたら門が開く』という話だった。
門は少しだけ隙間を見せ開こうとしている。
しかし門は何かに押さえられているかのように開かない。
「何で開かないんだ!?」と英雄。
あ、そうだった。
厳重に札が貼ってあって、向こう側から開かないように細工されてるんだった。
「どうするんだよ!?」と英雄。
そんなん言われても、開かないモノは開かないしなあ。
札が貼られた理由も大体わかる。
かつて門の奥から大量に鬼が出て来たんだと思う。
だから『門から鬼が出て来ないように』厳重に札が貼られた。
でもどうしよう?
確か、英雄は扉に触れなかったよな?
だから扉に触っても大丈夫な僕が扉をこじ開けたんだった。
あ、そうか。
今回も裏から僕がこじ開ければ!
僕は門を無理矢理こじ開け・・・うわ、無茶苦茶硬い。
これ、蝶番錆び付いてるんじゃないの?
もうこうなりゃヤケクソだ。
僕は門に向かって勢いをつけて体当たりをした。
門は開いた。
開いたは良いが僕は勢い余って門の向こうに転がって行ってしまった。
勇者パーティーが慌てて僕を追いかけて門をくぐる。
門の向こうはやはりというか、浩くんの家の書斎だった。
やった!
帰って来たんだ!
・・・とは言え、もう十年以上時間が経過している。
「お前ら、ここで何をしている!」
ビクッとしてそちらを向くと、そこには黒いフードの男が。
何で十年以上前と同じシチュエーションなんだよ!?
とは言え、今回は僕も英雄も無茶苦茶強くなってる。
それに魔法使いとクレリックと魔王とテイムモンスター達という心強い味方達もいる。
コイツが呪術師だとしても、恐るるに足りない。
・・・まあ、何してくるかわからないから一応は警戒だけはしておこうか?
それに僕らが十年間、強くなったように呪術師も強くなった可能性もある。
十年前の段階で、今の僕らより強かった可能性もあるし。
僕と英雄は黒いフードの男と睨み合う。
コイツは元々、この門に興味があったようだ。
僕らがここにいる事は予想外で、ちょっとビビってる節もある。
暫く睨みあってるウチに、門がゆっくりと閉まり出す。
元々、こじ開けただけで、札により門が閉じた状態で固く封印されていたのだ。
「あ、閉じてしまう!」と黒いフードの男。
その瞬間に『犬』と『雉』が門の隙間から飛び込んできた。
『犬』は背中に魔王を乗せている。
そう言えばこの子ら『アイテムボックス』の外に出してたんだっけ?
置いていかれそうになった『犬』が「ク~ン」と恨めしげな鳴き声を上げる。
「ごめん、ごめん」と僕は『犬』の背中を撫でる。
「どうやら数の上でもこちらが圧倒的に不利みたいだな。
ここは一旦引かさせてもらう」と黒いフードの男。
黒いフードの男は音もなく書斎から出て行った。
書斎から出る時に「やっと見つけた!あれこそ不死鳥だ!」と呟いた。
「どうなってるんだよ?
何でアイツがまだいるんだよ?」と僕。
「わからん。
何がどうなってるのか・・・」と英雄。
そこに浩くんが来る。
「お待たせー!
無事に鍵返せたよ!
・・・つーか、2人とも変な格好してるの?
というか、英雄くんが着てるのって西洋鎧だよね?
コスプレ?
いつの間に?
あと、この三人の女の子誰?
この娘らの格好もコスプレ?」と。
『犬』と『雉』に『アイテムボックス』に入ってもらっていて良かった。
そうじゃなきゃ大騒ぎになるところだった。
「えーっと・・・確認のために聞きたいんだけど、今年って西暦何年?」と英雄。
「突然何だよ?
『2024年』でしょ?」と浩くん。
「確認してわかった。
門の向こう側で経過した時間とは関係なく、ここじゃ一切時間が進んでない」と英雄。
「じゃあ、僕らは中学二年生のまんま!?」
「おかしいと思ったんだよ。
向こうで年齢重ねたじゃん?
なのに、こちらに帰ってきたら身体が元の『中学二年生』に戻ってる」と英雄。
「じゃあ『勇者パーティー』の2人は?」と僕。
「彼女達も若返ってる。
テイムモンスター達は?」と英雄。
「どうなんだろ?
多少若返ってたとしても、元々成長スピードが人間とは違うからね。
ある程度成長したら、そこから見た目ほとんど変わらないし・・・正直わかんないよ」
「そっか。
取り敢えず、俺らはまた中学二年生としての役割を演じないとダメらしい」と英雄。
「『中学中退』にならなくてホッとしたような『また勉強しなきゃいけない』ってウンザリするような・・・」
僕と英雄がコソコソ話していると
「何で二人は秘密主義なんだよ?
俺は悲しいぞ?」と浩くん。
別に秘密にしてる訳じゃないけど、話して信じてくれるかな?
「それよりあの娘ら、何よ?
いつの間に連れ込んだのよ?」
『連れ込んだ』んじゃなくて、不法侵入じゃないかな?
放置しといて良いの?
どうやら浩くん的には『OK!』らしい。
さすが思春期男子。
頭の中が女の子の事で一杯だ!
こういうヤツが美人局とかに引っ掛かるんだよね。
「良いの?
女の子家に泊めても・・・」と英雄。
「もちろん!」食い気味に浩くんが言う。
鍵を返して肩の荷が下りた浩くんは『3対3の合コン』がやりたくてしょうがない。
(おい、浩。
あの女、人間じゃないぞ)左手に寄生している『ヤツ』が浩の頭の中に語りかけてくる。
「今まで黙ってたのに、急に何さ?
人間じゃないってどういう事?」と浩。
(わからん。
彼女が何者なのかサッパリ見当がつかん。
ただ一つだけハッキリしている事がある。
『彼女は人間じゃない』)
「訳がわからん。
何が言いたいの?」と浩。
(一応、警告はした。
それだけだ。
後は好きにしろ)
『左手』はそれだけを言うと何も言わなくなった。
「あと、あの娘ら、日本語が通じないんだけど・・・」
「問題ないよ!」と浩。
だったら何が問題なのか?
こうして奇妙な『フィーリングカップル』が夜通し行われたのだった。
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英雄の家の新聞屋には二人の女の子がホームステイに訪れた。
「おい英雄。
留学生を受け入れるなんて聞いてねえぞ?」と英雄の父親。
「だって言ってねーもん」と英雄。
英雄は顔の形が変わるぐらい父親に殴られたが、結局英雄の父親はホームステイの受け入れを許してくれた。
二人の言語は『ボリビアのグアラニー語』という事になった。
本当は全然違うんだが「違うだろ!」とツッコミを入れられる人もいない。
アンナとシンシアは留学生という事で中学に転校してきた。
ついでに魔王も。
魔王の名前は地球じゃ発音出来ない。
しょうがない。
人間の言葉じゃないんだから。
だから僕が名前を付けた。
『鈴木ウメ』
「外国人っぽいから、カタカナの名前が良いだろう」とテキトーなアドバイスを英雄からもらった。
だから『ウメ』だ。
文句は聞かない。
名前が決まってから後付けで設定が考えられた。
ウメはコロンビアの日系3世だ。
メデジンで生まれ育ったウメ。
しかし幼少の頃メデジンカルテルの麻薬王『パウロ・エスコバル』によって両親は殺された・・・と、ここまで設定を考えていた時に英雄に「いい加減にしろ!」とお叱りを受けた。
「コロンビア人ってスペイン語話せないとマズいんじゃない?」と言う事で泥縄式にスペイン語の勉強をしている。
そんなんより日本語を勉強した方が良いとは思うが。
僕と英雄は何か知らんけど、無茶苦茶体育の時にヒーローになることが多くなった。
英雄は元々スポーツ万能だった。
だが、僕が急にスポーツが出来るようになったのを見て皆が唖然としていた。
僕としてみたら「見ろ見ろ愚民ども!」といった感じなのだが、英雄はキャーキャー言われても『我関せず』といった感じだった。
そんな時に新任の先生が来た。
メガネが似合うキリッとした若い女性教師だ。
「おかしいと思わないか?」と英雄。
「ああ、あの乳の大きさは反則だな」と僕。
「そういう話じゃない!」と英雄。
「それより大事な話があろうか?いや、ない!」と僕。
「そこ、静かにしなさい」と僕と英雄は新任の女性教師の名前を聞く前に先ず怒られてしまった。
異世界で十年以上過ごして、本当ならここにいる誰よりも教師よりも歳上のはずなのに、英雄はともかく、僕は精神年齢がチンパンジー以下に戻った。
だって十年間のほとんどをモンスター達と仲良く過ごしてたんだよ?
人間として成長する訳ないじゃん。
新任の女性教師が黒板に名前を書く。
『佐藤桃子』
ウメに聞かれる。
「何、書いてるか?」と。
片言だが異世界にいた時に自分も片言だったから似たようなモノだろう。
いや、日本語の学習スピード、結構早い方じゃないかな?
「彼女の名前は『源五郎丸河豚子』だ。日本ではポピュラーな名前だ」と僕はウメにデマを教える。
「何で本当の事を教えない!」と英雄に
怒られる。
しょうがねーな、とイヤイヤ本当の事を教えてやる。
「良いか?
日本では昔から『鈴木、佐藤は馬の糞』と言うんだ。つまり『石を投げたら鈴木か佐藤に当たる』って事だ」と僕。
「私、鈴木。
馬の糞?」とウメ。
「その通りだ!」と僕が頷いた途端、ポカリと丸めたプリントで新任の女性教師に頭を叩かれた。
「女の子に何て事を言うの?
ウメちゃんも私も『馬の糞』じゃありません!」と佐藤先生。
教室に笑いが起きる。
「さあ、ではホームルーム始めます」と佐藤先生。
「で、何が『おかしい』んだよ?」と僕は英雄に聞く。
英雄は時々、自分が『注目の的』である事を忘れる。
その英雄が『あの女教師はおかしい!』なんて言い始めたら、イヤでも悪目立ちしてしまう。
だから今回僕がピエロ役になって、注目を英雄から反らしたのだ。
でも英雄が意味もなく、人を批判するなんてあり得ない。
僕は英雄を信用している。
英雄が『おかしい』と言ったら『おかしい』のだ。
「豊、立木先生を覚えてるか?」と英雄。
「忘れる訳ねーだろ。
あの先生は、僕が『腹が痛い』って言っても『我慢しろ』の一点張りだった。
お陰で危うく虫垂炎が手遅れになるところだったんだ!
・・・それがどうかしたのそしたのか?」と僕。
「立木先生が何とか結果を残そうとしてたのは、ウチの小学校から子供の数がどんどん減っていったからだ。
そしてそれは中学校も同じだ。
生徒の数はどんどん減って、クラスの数もどんどん減って、教師の数はダブつき始めてる。
なのにこのご時世に新任の教師なんて来ると思うか?」と英雄。
「あ、そう言われてみれば・・・」と僕。
「怪しいってだけで『何が怪しいか』上手く言えないんだけどな」と英雄。
「わかった。
気をつけておくよ」僕はそう答える他に何ともしようがなかった。
同じ教室の一番前の席に浩がいた。
浩は豊や英雄より一学年上なのだが、生徒が減ったせいで一年生~三年生まで同じクラスだったのだ。
(浩、あの教師だがな。
人間じゃないぞ)と左手が言う。
「はい、はい。
ウメちゃんも『人間じゃない』んだよね?
お前の言う通りなら誰もが『人間じゃない』事になっちゃうよ」と浩は頭の中で左手に答える。
(確かにウメは人間ではない。
でも『人間として生きて行こう』としているんじゃないか?放っておいても大丈夫なんじゃないか?・・・なんて思い始めてる。
だがな、あの教師はウメとは訳が違うぞ?)
「何が違うんだよ?」
(生体反応が全く感じられないのだ)
「死んでいるって事か?」
(いや、幽霊ともアンデッドとも違う)
「お前、アンデッドとかも知ってるのか?」
(私は長い間、廃坑の中を彷徨っていた。
そこで霊魂のようなモノは何回かは見たぞ?
だから霊魂、アンデッドを知らぬ訳じゃない。
あの女教師は霊魂でもアンデッドでもない。
だが生きてはおらぬ。
そこがウメとの違いだ。
ウメは『何者か?』はわからぬが確実に生きておる)
「お前の言う事が正しいなら女教師は何者なんだ?」と浩。
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女性教師は授業が終わり教室から出ると職員室に戻るのではなく、使われていない『旧視聴覚室』に滑り込んだ。
そして何者かと通信機でやり取りを始めた。
「こちらS(佐藤)5000、定時連絡を行う」
すると通信機から応答があった。
『こちらT(田中)2000、変わりないか?』
「こちら、特異点数名と接触。
今後も監視を行う」
『特異点は2035年に起きる我々の祖先のサイボーグによる"機械の反乱"が失敗に終わる中心メンバーだ。
注意深く見守り、場合によっては排除せよ』
「了解。
しかし、教員データは完全に書き換えたのか?
特異点の一人が疑惑の目を向けて来たのだが・・・」
『それは問題ないはずだ。
普通に振る舞っていれば、そのうちに疑惑も消えるだろう』
「あと、我々がこの時代へ来た『タイムマシン』はどこへやった?」
『あの大きさの物は物理的に隠す事が出来ない。
だから「タイムマシン」には認識阻害のバリアが張られている。
普通の人間にはあの「タイムマシン」を認識は出来ないが、我々サイボーグには校庭の中庭に置かれている「タイムマシン」を知覚出来る・・・』
そこで通信機から「田中先生~?どこですか~?」と言う声が聞こえてくる。
『生徒が私を探しているらしい。
今回の定時連絡を終わる』と通信は途切れる。
T(田中)2000は、角刈りの旧型サイボーグだ。
S(佐藤)5000は、未来でも新型のサイボーグだ。
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サイボーグがこの時代に乗ってきた『タイムマシン』は確かに『人間には』知覚出来ない。
しかしそれはあくまで『人間には』だ。
昼休み、ウメは今日も校内を探検する。
魔王だったウメは子供の頃から『危険だから』と自由な行動を制限されて育った。
そのウメにとって日本の中学校はとにかく新鮮だったのだ。
そこで中庭に何かを見つける。
「ユタカ!」とウメ。
「なんだ?」
「校庭に尻ある」
「尻だと?」
「大きな尻だ」
「大きな尻・・・『女尻』か!?」
「わからない、尻は尻だ」
「興奮してきたぜ!
こんな事をしてる場合じゃねえ!」
「いや、ユタカ何にもしていなかった・・・」
「ウメ!
そこに案内しろ!
最重要事項だ!」
「わかった。
案内する」
こうしてバタバタと豊とウメは校庭に出ていった。
「一体何なんだ?」と英雄が二人を不思議そうに見送る。