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前編

 いでっち51号様主催『劇団になろうフェス』参加作品です!

 本作を古くからの友人であるA氏およびなんとかさん、そして故郷である『N市』へ捧げます。


【注意】

 本作に書かれた地域や登場人物は、実在の人物とは無関係です。また役所や企業の動きにも一部脚色を加えております。その旨をご了承の上、お読み下さい(*´Д`*)


挿絵(By みてみん)

 それは、衰退の一途を辿るこの『N市』に垂らされた、救いの蜘蛛の糸だった。


 糸の『握り手』にされてしまった私――横田よこた麻美あさみは、その弱々しい糸を指先に絡め、ゆっくりと、慎重に、この衰退という沼から這いあがろうとする

 

挿絵(By みてみん)

 

 その先にあるものは、繁栄か、それとも……。


 これは、N市の商工会議所に勤める私が体験した、激動の一週間と――その先に見つけた小さな希望の物語である。


 


   『花は散れどもまた咲き誇る』


 


 4月某日。


 それは、市の観光課からの一本の電話から始まった。


 他の一般企業同様、商工会議所の年度初めは何かと忙しい。加入する企業への対応や、各組織が開催する総会への参加など、やる事がてんこ盛りだ。


『明日やることは明日やろう』がモットーの私にとっては、一年で一番しんどい時期。明日やる事を今日やっておかないと、明日はもっと仕事が降ってきて手が回らなくなるから。

 自分のモットーと一緒に、コンビニでもらったストローをぐにゃりと折り曲げ、事務机の隅に置いたスムージーにブッ刺す。よし、今日もやってやんよ!


「おい、やべえって……すげえ事になった!」


 そんな私のなけなしの決意を打ち砕くように、電話を切った同僚が唐突に叫んだ。

 そいつは静まり返った職場の様子を伺うように、ゆっくりと周囲を見回す。多忙のおかげで頭がおかしくなったのか? 自分はああはなるまい、くわばらくわばら。

 おそらく他の連中も同じ事を思っただろう。まったく迷惑な話だ、と自分の仕事に視線を落とす。

 

 しかし、その同僚が放った次の一言で、皆が再び顔を上げる。


「あの『五味ごみ秀一しゅういち』の映画のロケ地に、N市が選ばれたってよ!!」



   *   *   *



 その映画は名脇役として知られる五味秀一初の主演作だった。


挿絵(By みてみん)

 

 殺人を犯した男が、警察の目を逃れながら様々な街を渡り歩き、そこでいくつものトラブルを生んでいく。そして最後に辿り着いたある商店街で、五味は警察に追い詰められる。激昂した五味は、最後の悪あがきとばかりに、警察や商店街の人々を相手に殺戮の限りを尽くす。

 そのクライマックスシーンの舞台として、N市の商店街が選ばれたというのだ。

 

「N市が映画の舞台になるとしたら、こりゃえらい事になるよ……?」 


 局長が呟いた。


 局長が言わんとする事はわかる。

 演技派な有名俳優と、重厚かつ衝撃的なストーリー。この映画はきっと『売れる』事が宿命づけられた映画だ。そして、心に突き刺さるクライマックスシーンと共に、このN市の風景もまた鑑賞者の心に刻まれるだろう。

 いわゆる『聖地』というやつ。

 この、ちょっとした城跡や、内々でしか盛り上がらない秋祭りくらいしか特色のないこの街に、新たな観光の要が生まれる。

 もしかしたら一変するかもしれない。

 衰退の一途を辿るこの街の景色が――


 神妙な沈黙が訪れる。

 私はそんな局長や同僚の内心を慮りながらも、実はそこまで乗り気ではないモヤモヤした感情を抱えていた。こんな私は、きっと薄情な人間なのだろう。

 だけど、東京からこの街に戻ってきた私にとって、この街の放つ懐かしさはどこか他人行儀だった。

 

 きっと私は、この街に受け入れられていない。


「それで、取り急ぎ一週間以内に、クライマックスシーンに出演できるエキストラを集めて欲しいって」


「一週間!? あまり余裕はないな……」


「しかも、エキストラが100人必要だって……」


「はぁ!? 100人!?」


 同僚と局長の会話を頭頂部で聞きながら、私はえらい面倒な話になってきたなと息を呑む。この忙しい時期に、こんな面倒な仕事を任される人には、本当に同情する。

 私は無意識に肩をすくめ、身を縮こませた。

 自分が透明人間になったつもりで、ターゲットを選び出そうとする不吉な視線をやり過ごそうとした。


 そんな中、突然私のスマホが鳴る。


 皆の目が一斉に私を見る。


『今日の帰り、ヤクルト買ってきて』

 

 母から届いためっちゃどうでもいいショートメールを確認し顔を上げると、私の前に局長が立っていた。


「エキストラの件、横田さんの方で対応してね」


「え、ダメですが……」


「いいよね?」


「……はい」


 私は頷くしかなかった。

 母には、せめてもの復讐としてヤクルトじゃなくピルクルを買って行ってやろう、そう心に誓った。



   *   *   *



「五味秀一って、なんか不気味でおっかないっすよねー。俺、あんまり好きじゃないんすけど……。ていうか、この話断っちまえば良かったと思うんすよね、俺。映画の舞台になったからって、こんな退屈な街に未来はないってわかんでしょ。現状維持が最適解っす。横田さん知ってます? 今、744市町村が、消滅可能性自治体らしいっすよ? そういう時代なんすから」


「そうは言ってもねぇ」


 別室で資料を眺めながら、新人の吉田よしだクンは悪態をつく。


挿絵(By みてみん)

 

 所長から私のサポートにつけられたのが余程不満らしい。彼はコスパを重視する今時の若者だ。この街の栄枯盛衰に躍起になているオジサン達の姿は、さぞ滑稽に映るのだろう。


「吉田くんもN市出身でしょ? この街に住んでるお友達だって、街が栄えれば喜ぶんじゃない?」


「はあ。そうかもしれないっすけど、どーでもいいっていうか。だってそれって過去の友人でしょ? 俺、友人関係もコスパだと思ってます。プライベートに使える時間は限られてるんすから、古い価値観は切り捨てて、人間関係もアップデートしていかないと」


 そんな吉田くんの言葉に、私の胸は小さく痛んだ。

 古い友人を、切り捨てるか……。


「っていうか、100人とかバカみたいな人数提示してる上に、性別や世代の指定もあるなんて無理ゲーっすよ。監督のこだわりなんすかね?」


「20代の男性が7名……たしか黒山硝子さんや元気酒造さんに20代の男性社員が多かった気がする。ちょっと電話してみてくれる」


「30代の女性が9人……横田さん同年代じゃないですか。 友達とかあたって集められないっすか?」


「友達はダメ……みんな市外に出てるよ」


 それは、嘘だ。

 一人だけ心当たりがある。まだこの街に住んでいる友人がいる事を、私は風の噂で知っている。

 

 でも彼女は――広子ひろこはきっと、私を恨んでいるに違いない。


 一度はこの街を、そして彼女を切り捨てた、私の事を……。



   *   *   *



 高校時代の私は、都会に憧れる少女だった。

 

 このN市の空はいつも青すぎたんだ。

 なんの不純物もない、透き通るような青。その青さに、私は自分の濁った内面を見透かされたような、後ろ暗い居心地の悪さを感じていた。

 上手くいかない勉強、叶わない恋、内面を隠した上辺だけの人間関係、そして変わり映えのしない退屈な日常。その何もかもが、私の中身を泥水に変えていくような気がしていた。

 

 それはきっと、思春期特有の過敏な自意識が、塞がりかけの擦り傷みたいにヒリヒリと痛んだだけ。でもなんの刺激もないの日々の中では、その小さな傷でさえ、指先に刺さった棘みたいに居心地の悪い痛みを生む。

 だから私は、そんな面倒なしがらみ全てを包み隠してしまうような、都会の光や喧騒に憧れた。

 この空のはるか向こう、『東京』という幻想に、私は強い憧れを抱いていた。


 でも、その揺らぎを、私は親友の広子に言えずにいた。

 

 広子はまるで『この街』の空気を閉じ込めたような、物静かで穏やかな子だった。

 広子の着るセーラー服の白は、青空に浮かぶ雲のように、この街の空によく馴染んだ。

 

 中学で出会い意気投合した私達は、同じN市内の高校に進学し、いつも二人一緒だった。

 駅前の商店街からロータリーを通り、切り通しの小高い丘を越える。市内の県立高校までの道は、いつも心地よい風に満たされていた。私と広子はその道を歩きながら、たわいもない喜びや悩みを語り合った。


 3年生に進級し、ふわふわとした日常を送ってきた私達も、進路について考えなければならなくなる。

 広子は家から通える公立大学への進学を考えていた。それを聞いた私は、なんの気無しに「私も同じ大学にしようかな」と呟く。

 確固たる決意があったわけではない、ただその頃の私は、進学について何も考えていなかっただけだ。


 しかし、広子は目を見開き、私の顔を覗き込むと溢れそうな笑顔で「じゃあ、これからも一緒か」と言った。


「二人で頑張って絶対に合格しようね。約束だよ!」


「うん、約束」


 私は胸が痛んだ。

 東京への憧れが、私の胸を内側からチクチクと責める。

 

 しかし、何も言えないまま、日々は過ぎていく。

 

 春は高校近くの城跡で桜を眺めた。

 レジャーシートを広げて昼間から酒を飲むおっさん達の間を抜けて、私達は風に舞い落ちる桜を追いかけた。子供みたいに笑う広子を、息を切らした私は眩しそうに見つめる。自販機で買ったポカリスエットが、涸れた喉に優しかった。


 夏は駅前で夏祭りが開かれた。

 高校から一度家に帰った私は、私服に着替えて再び駅前へと向かう。広子は浴衣を着てきた。「広子、本気すぎ!」と笑う私に「これが夏祭りの正装!」と返す。私は彼女のそんなバカ真面目なところが可愛らしく感じた。


 秋は祭りの季節だった。

 提灯を吊り下げた太鼓台が駅前を練り歩いている。その後ろを二人でついて歩きながら、腹の奥まで響く太鼓の音に、心地よさと同時に焦りのようなものを感じていた。

 隣を歩く広子はこの音に聴き入っている。そして私は、純粋にこの空気を楽しめなくなった自分が、ひどく薄情に感じた。


 大晦日の夜は駅前で待ち合わせて、神社へと向かった。

 参拝の列に並んでいるところで、新しい年を迎える。年で最初の願掛けに私が何を祈ったか、広子には言っていない。表向きは広子と同じ公立大学を目指してはいたが、本命は東京の大学を望んでいたから。

 降り積もった隠し事の重さが、私の心にヒビを入れる。

 それから私達は、城跡の石垣に腰掛け、初日の出を待った。ポケットに突っ込んだ指先がかじかむのは、きっと寒さのせいだけではない。夜明けが近づくにつれて、さまざまな色合いのアウターが石垣を彩り始める。甘酒を配っているおばさんから一杯もらい、口に含んだそれは冬の味がした。


 朝日が昇る。

 広子は詠嘆の声を漏らす。


「また、来年も観にこよう」


 そんな広子の言葉に、私は答える事が出来なかった。


 そして桜の蕾が膨らむ頃。

 下校途中に寄った城跡の桜の木の前で、私は東京の大学に合格したことを広子に告げた。

 彼女は喜び、そして『たまに帰ってきたら、また一緒に遊ぼうね』と、少し寂しそうに笑う。


 それ以上、彼女は何も言わなかった。約束を破った私を責めなかった。

 その青空のような澄んだ優しさが、私には苦しかった。

 

 広子の目を見ずに、私は曖昧に頷く。そして、蕾が膨らんだ木の枝を見上げた。


 やがて花開くこの花びらだって、春の風に煽られ、孤独に空を舞うのだろう。

 枝という故郷を捨てて、見知らぬ場所へと消えるのだろう。

 

 

   *   *   *



「どう? エキストラの件」


 外回りに出ようとしたところを、局長に呼び止められる。私は無視して通り過ぎたい気持ちを抑え込んで、建前の笑顔を振りまいた。


「順調です!!」


「おお、何人くらい確約が取れた?」


「……んじゅうにん」


「え?」


「さんじゅうにんです」


「なんだよ、全然足りないじゃん」局長は溜め息を吐く「これは超重要プロジェクトなんだよ? 人口がどんどん減ってくこの街を活気づけるための、最大最後のチャンスなの。今、観光課と駅前に『五味秀一ロード』を作ろうって計画を進めてるんだよ? 五味さんの等身大パネルなんかを置いちゃったりしてさ。それも、その足がかりとなるエキストラを集められなきゃ絵に描いた餅なの。そのへん、ちゃんと理解してますかー?」


「……ならじぶんでやりゃいいじゃん」


「え?」


「ナラージ・ブンデーヤ・リャイジャン、と言ったんです」


「何それ?」


「ファロビン語で『かしこまりました』と言う意味です」


「へぇ……まぁ、そのくらい俺も知ってたけどね! とにかく、なんとかしてよね。だいたい君はいつもやる気がないというか、上の空というか……」

 

 ちっ、うるせーなはげ、と思ったが流石にそんな失礼な事は言えない。上司の意思決定に従わなければならないのが、組織人の辛いところだ。


 長々と説教をたれようとする局長にペコペコ頭を下げて、私は使ってない貸会議室へと逃げ込む。パイプ椅子を組み立てて座ると、スマホを取り出した。


 連絡先には広子の電話番号が残っている。

 まだ全然足りていない、30代女性のエキストラ。再び広子の顔が頭をよぎるが、すぐに首を振って掻き消す。


 今更、連絡なんて出来るわけがない。



   *   *   *



 東京の生活は光と音に満ちていた。


 田舎者と思われたくない一心で、派手な化粧で素顔を隠し、雑誌を真似た服を何着も買った。学友からイントネーションの訛りを指摘された時はヒヤヒヤしたが、ゆっくり丁寧に話すことでそれを克服していった。


 たくさんの友人ができた。


 何人かの恋人ができた。

 サークルの仲間とは毎日のように集まり、色々なお酒の味を覚えていった。

 夜の繁華街だって、一人で歩けるようになった。


 時々、広子から電話が入る。

 

『どう? げんきにしてる?』


 言葉の端々に感じる東北弁のアクセントに、懐かしさと同時に居た堪れなさを感じた。

 私は今、夜すらも駆逐してしまった日本の中心都市にいる。しかし彼女は、青い空しか取り柄のない田舎町で、時が止まったように生きているに違いない。


 もう私達は、住む世界が違うんだ。


 3人目の彼氏とキスを交わしながら、広子からの電話を無視する。


「だれ? 友達?」


 そう問う彼氏に私は答える。


「うん。でも、遠い昔の、ね」


 大学を卒業すると、先輩が立ち上げたベンチャー企業に誘われた。

 楽しいし、やりがいのある仕事だったが、それ相応に厳しい仕事でもあった。観光地のPRポイントを分類し、ウェブ上で旅行者や観光会社とマッチングさせる仕事だった。華やかな開発部門とは異なり、営業部門だった私は地道な取引先まわりに勤しんだ。

 ノルマに追われ、先方の要望に答えるために自分の生活を削った。

 

 多くの同僚は自分の全てを仕事へと費やし、ただ黙々と成果を積み上げていく。

 しかし私には、それが出来なかった。

 

 輝いて見えていた東京の景色は、薄暗い部屋に流れる騒がしいバラエティ番組のような、無遠慮なものに変わってしまった。私はただ、静かな場所で眠りたかった。でも私を覆い尽くす光や喧騒が、それを許さなかった。


 そして、疲れ果てた私は仕事を辞めた。


 居場所をなくした私は、風に吹かれた排煙のように、結局は生まれ故郷の『N市』へと流れつく。

 地域活性に携わっていた前職の仕事内容に興味を持たれ、私は運良く市の商工会議所に再就職する事が出来た。


 今の仕事にやり甲斐はあった。

 しかし、心の中のもう一人の自分が問う。


 お前はこの街を切り捨てた。

 そして大事な友人の気持ちを裏切った。


 そんなお前を、再びこの街が受け入れてくれると思うのか、と。


後編に続きます。

引き続きお読み頂けますと嬉しいです(*´Д`*)

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