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「コータさん何やってるんですか~」
「んー、あー丁度良い、ちょっとコレ見てくれよ」
声に反応した梗汰はサイラに目を向け答える。どうやらサイラは洗濯物をかごに入れ運んでいる途中のようだ。
梗汰の声に応じるように、サイラはかごを地面に置き梗汰の方へ小走りでくる。
梗汰はサイラの家から少し離れたところに座っていた。
「さっきから地面を見てたり弄ってたりしてたようですが、いったい何をやってるんです?」
梗汰は朝の話しを終え二人で朝食の片付けをした後、ちょっと外行ってくると言い、外へ出た。そして今の場所に移動してから座り込んでずっと何かをしていた。
サイラには梗汰が何をやっているのが気になってしょうがなかった。ちょくちょく遠くから首を伸ばしたりして梗汰が何をしているのか見ようとしたりしていた。
それでも遠くからだと何をやっているのか全然分からなかったので思い切って声を掛けてみたのだ。
「これなんだけど」
「なんですかこれ?」
梗汰の目の前の地面はところどころ陥没していたり、盛り上がっていた。そして梗汰の手のひらには土でできたミニチュアサイズの東京タワーような物が在った。
「これはオレの世界にあった塔なんだ、今ちょっと作ってたんだけど。細かいところまで再現するのは難しいね」
「へ~・・・・・・じゃなくて!道具もなしにどうやって造ったんですか?」
「いや、ちょっと精霊術をね、どんなもんか試してみたんだ」
「ぁー、そういえばコータさんはコネクターなんでしたよね」
「そそ、んで、どんなことが出来るのか試そうとは思ったんだけど。どうすれば何ができるのかよく分からなくてね。てきとうに色々やってみたんだ」
「地の属性でしたっけ」
「そそ」
だから梗汰の周囲の地形に異変が発生していたのであろう。
これで梗汰がさっきから何をしていたのか、謎が解けた。
「うーん、これを上手く使えるようになるためには、ちゃんとした先生に師事しないと辛そうだなぁ」
そう呟き、東京タワーもどきを地面に立てるようにして置く。
単語としての知識は知っている梗汰だが、経験は全く無い。なにを、どのように、どの程度、どれくらい、どうすれば、何が出来るのか。梗汰にはそれが分からない。
それ故、梗汰は精霊術で何ができるかを自己流で色々試していたのである。
それは、精霊術が初めてこの世に認知されてから、数々の精霊術師が研鑽してきた道を辿っているということに近い。
とは言っても、梗汰が今やっていることは単なる土いじりである。精霊術師の家系の子供ならこの程度は片手間でこなしてしまうだろう。
精霊術を扱うに必要なことは
自分でその現象を起こすという確固たる意思。
この世界に無数に存在している精霊を感知。
そしてその制御。
梗汰は地のコネクターとして大精霊の権限をもって精霊を感知し従えることができる。よって一度に動かせる精霊の量はとてつもないのだが、精霊の制御がとてつもなく甘い、その為なかなか思い通りに精霊を動かすことができない。そして制御に集中すると、望んだ現象を発生させるための意思も緩くなってしまう。
「こいつはなかなか難しいな、しかし・・・・・・面白い」
恐らく男なら誰もが一度は思い描くであろう手から光線を出したい、火を出したい、何か特別な力が欲しい、そんなことを思っていた時代が梗汰にもあった。
まさかこんな形で願いが叶うとはとな・・・と、梗汰はひとりごちた。
「しっかし土弄りの力とは地味だな、もっと火とか、水とか、風みたいなイメージ的に華やかなのがよかったなぁ」
そう言いながらも、梗汰の顔には新しいおもちゃを見つけたような笑みが浮かんでいた。
「さーて、今度のはちょっと危ないかもしれないから、ちょい離れてて」
サイラは慌てて梗汰の背に隠れるようにして下がる。
梗汰はさっきタワー造りで感じたことがあった。
そして集中するように目を閉じ息を吐く。
「このくらいならいける・・・・・・かな」
瞬間、ドンッ!!という大きな音が響き、梗汰の目の前の地面から直線状に、ぼこぼこした円錐に近い針の様な物が三本、土の欠片や石を吹き飛ばしながら凄い勢いで飛び出した。
ソレは【エギーユ】と呼ばれる針のように鋭くとがった岩峰の地形を小さくしたものを再現したものだった。
「ぉー、だいたい思った通り、ってとこかね」
さっきのタワー造りで梗汰は、地霊の動かし方に僅かながらコツを掴んでいた。それはほとんど勘のようなものだった。だが、今の結果を見るとそれは成功したようだ。
「す、すごいです」
サイラは予想以上に驚いたのか、ぺたんと地面にへたりこんでいた。
しかし、今のはもし何かに襲われた時の反撃として考えやったみたものだった。だが、そのような状況ではこちらが集中できることはまずないだろう。それに発生させるまでの時間も長すぎる。それに発生させるまでの時間も長く制御の精度も甘い。梗汰が作り出そうとしていたのは完璧な円錐の針だった。
「本物の精霊術師ならもっと上手く、もっと凄いことが出来るんだろうね。まぁ、今後に期待ってことかね」
その後しばらく梗汰は精霊術の試行錯誤を繰り返した。
何回か地面を陥没させたり針を出したりを繰り返していると、梗汰は鼻の下違和感に気付いた。そこを手で拭うと手の甲が真っ赤なものが付着していた。鼻の下の違和感は今も増え続けている。
(あぁ鼻血・・・・・・か?)
次の瞬間、梗汰は地面に向かって勢い良く倒れむ。
バタン。と梗汰が地面に倒れる音がした。
「えっ!だだだ、大丈夫ですか!?」
梗汰の隣で座りながらずっと梗汰の動かす地面を見ていたサイラは、鼻血を出しながら急に力尽きるように倒れた梗汰に激しく狼狽した。
サイラは、あわわわわわ、と言いながら梗汰を慌てて肩に担ぐ。
梗汰は、慌てた様子のサイラに肩に担がれ引きずられるように家まで運ばれていった。
サイラの頭には洗濯物のことは既に無かった。
エギーユ【(フランス)aiguille】
《針の意》登山で、針のように鋭くとがった岩峰のこと。