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その後15分ほどサイラは泣き続けた。
サイラは泣き止むと、ゆっくりと梗汰の体から手を離した。さっきまで溢れ出していた感情の奔流はすっかり収まったようだ。顔を上げたサイラと目が合う、サイラの目はすっかり真っ赤っかだ。梗汰の服のサイラが顔をくっつけていた辺りは涙でしっとりとしている。
サイラが落ち着いてきたのを確認し、梗汰は再び席につき話しかけた。
「沢山泣いてすっきりしたようだね」
「・・・・・・うぅ、大変お見苦しいところを」
サイラは恥ずかしそうに身を縮めた。
「気にしちゃだめだよ、まだ子供なんだから。甘えたいときは甘えていいんだよ。少なくともオレはそう教わって今までそうしてきた」
何事にも限度はあるけどね、と梗汰は笑顔で付け加える。
その梗汰の笑顔にサイラは少し笑顔を取り戻した、しかし、どことなく納得のいかないような顔だ。
「あの・・・・・・、子供子供って言ってますけど、私は一応成人してるんですよ?」
「・・・・・・え、ほんとに?」
「はい、現在私は15歳で、今年成人しました。」
この世界では15歳で成人とされる。だが、それでも、と梗汰は思う。
「え、どう見ても・・・・・・」
梗汰はサイラを小学生の高学年くらい、11歳前後だと思っていた。
改めてサイラのことを見てみる。茶色のくりくりした大きい瞳、肩下程度まで伸びている茶色の髪、そして身長は、172cmである梗汰の胸元くらいまでしかった。今はお互い座っているがサイラの目線は梗汰よりかなり下にある。
まだ小さいその体は大人と呼ぶにはまだ早いと言わざるを得ない。
「・・・・・・どう見てもって失礼な。そんなことを言う渡り人様だって17歳くらいでしょ?」
サイラはいたずらっ子の様な笑顔を浮かべこっちを見る。
「いや、オレってば21歳なんだ」
「えっ」
梗汰はこの世界に飛ばされてくる前の世界では大学生で就活中だった。
「えー!」
やや目を見開き、サイラはもう一度驚きの声をだす。
そういえば、日本人は外国の人から実年齢より若く見られるって聞いたっけなぁ。梗汰ぼんやりとそんなことを思った。
「でも、お肌も見た感じすべすべでごつごつしてないですし・・・・・・」
サイラはそう言いながらテーブル越しに梗汰の顔に手を伸ばしてくる。
ん、んー、と唸りながら手を伸ばすサイラの体はテーブルにのりだしている
「あー、ちょっと鏡借りてもいいかな」
顔に伸びてくる手をさらりとかわしながら梗汰は言った。
梗汰は世界を渡った後の自分の顔を確認していないことに今更ながら気付く。
サイラはすぐさま壁に掛けてある小さな鏡を持ってきてくれた。
梗汰は改めて自分の顔を見てみる。
黒いややクセのある短髪の髪、大きめの黒い瞳、ニキビ一つ無いすべすべの肌、そしてまだ子供を感じさせる顔。
え、と梗汰は思わず声をだす。すべすべの肌?
(オレの顔ってこんなんだったっけ・・・・・・)
梗汰の顔には幼い頃つけた小さな傷や、現在進行形であったはずの小さなニキビが一つあったはずだった。
「・・・・・・あ」
梗汰には思い当たることがあった。顔の傷は世界への体の適合の作り変えの際に体の傷がリセットされたのだろう。
渡り人として体を作り変えられた人は通常の人間より老化が遅れ、若い体で長い時を過すことになる。それに加えて身体能力もある程度上昇し、言語力もこの世界の言葉をある程度話せるくらいになっている。
(ようはこの世界に生まれたばかりの体だから傷一つ無い綺麗ってことなんかね)
と、梗汰はうんうん頷きながら勝手に理解した。因みに子供っぽい顔は生まれつきである。
「自分でだけで勝手に理解しないでくださいよぅ」
「ごめんごめん、まぁ元々こんな顔なのだよ!オレの住んでいた国の人は他の国の人から実際の歳より若く見られるらしいんだ」
「なにそれずるいです」
サイラはじーっと梗汰の顔を見る。ガン見である。位置的に梗汰のことを見上げる感じで上目遣いになっている。
こういうのが子供っぽいって言うんだけどね、と梗汰は苦笑する。
「うん、まぁこの話はここまで!もうサイラのことを子供扱いするのはやめるようにするよ」
サイラは嬉しそうに目を細める、今の梗汰の言葉にご満悦なようすである。
子供相手にこういうときは上手く流すように従うのが良いということを梗汰は経験からわかっていた。
「後こっちからも一つ!オレのことは渡り人様とかじゃなくて梗汰と呼んでくれ。様とか呼ばれなれていないし何より不自然すぎるからね」
「はい、わかりました!」
サイラの顔は既にニコニコ笑顔に戻っている。さっきまでの泣き顔はもうどこかへ行ってしまった。
「ところで、コータさん」
「ん?」
「これからの予定とかあるんですか?」
「んー、まだこれからのことは何も考えてないかなぁ、とりあえず仕事でもないとやばいかもね」
あはは、とおどけるようにして梗汰は言う。今は笑いながら言っているが、どう考えても今の梗汰はやばい状況である。
収入無し→生活が困窮→彼女できない→いくえ不明
普通に起こりうる流れである。
「な、なら!しばらく私の家にいませんかっ」
「え、いいの?」
「ももももちろんです。それに私がいれば生活に不自由することはありませんよ!もし出て行くならもうちょっとしてからでも・・・・・・」
梗汰はサイラから必死に梗汰をこの場に押し止めようとするのを感じた。
この申し出は梗汰にとっては願ってもないことだった。梗汰は知識だけで、この世界の一般常識もなく、身を守る術もない。
(それに大精霊からの祝福の力も何も検証してないしね)
現在なにもない梗汰からしたら渡りに船である。
「サイラが良いなら、こちらから頼みたいくらいだよ。正直助かる」
「よかった・・・・・・」
「家事とかも任せてくれていいよ!」
「えっ、それは悪いですよ!」
「気にしない気にしない」
「でもー!」
その後しばらく、サイラの家からは二人の楽しそうな話し声が聞こえていた。
今の梗汰とサイラは、第三者から見たらみたら仲の良い兄妹にしか見えなかった。