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梗汰はサイラからベッドを使うように言われたが、たった一つしかなかったベッドをよそ者であり、しかも年上の自分が使うのはありえないと、毛布を貰いイスで寝ることにしたのだった。
最初はサイラも渡り人様~がどーのこーの、などと言い梗汰がベッドを使うことを主張したが、寝床まで提供してもらってこれ以上迷惑はかけられないという梗汰に押されるように、しぶしぶといった感じでベッドで眠りに付いた。
そして朝を迎える。
(つか渡り人様て・・・・・・渡り人に対するなんか信仰とか法律みたいなモンでもあるんかね?後で聞いてみるか)
サイラに続き梗汰も目覚め、今は朝食の配膳中である。梗汰が起きたときには既に朝食の調理が終わるところであった。
目が覚めた梗汰は、朝食が用意されるまでの間渡り人に関することを記憶から探り思考していた。
(本当は寝る前に色々と考ようと思ってたんだけどね・・・)
昨夜、梗汰は借りた毛布を肩にかけてイスに座り、現状を整理し今後について色々考える予定だったのである。しかし気付いたらいつの間にか朝になっていたという訳だ。
(まぁ仕方ないよね、うん)
梗汰がそんなことを考えている間もサイラは小さな体でテキパキと配膳を進めていく。サイラはどことなく嬉しそうな表情をしている。まるで友人にでも食事振舞っているかの様だ。
(それにしてもよく動くなぁ)
小さい体を精一杯使いちょこちょこ動いている様子はまるでハムスターの様だと梗汰は思った。丁度そのとき配膳が終わりサイラも席に着いた。梗汰の隣に。
「っておい!普通対面でしょ!」
ドスッ、と思わずサイラの頭にチョップで軽くツッコミを入れてしまった。サイラは頭をさすりながらも嬉しそうに梗汰の対面へ座りなおした。
(サイラはまるで、人との触れ合いが久々の人みたいだ。こんな人気の無いところで一人で住んでいる訳でもあるのかな)などと考えながら、梗汰は昨日の夜自分でした質問を思い返した。
そして朝食が終わり。
「それでいきなりだけど、ご両親は?」
「・・・・・・はい、現在私には両親は居ません」
「そか、聞いちゃって悪かったかな」
「あ、いえ御気にせず。両親は本当の意味で居ないんです」
なにか引っかかる言い方をする、と梗汰は感じたが質問を続けた。
「?、りょーかい。じゃあ次の質問なんだけどココに一人で住んでいるの?」
「・・・・・・そうです」
「そっか」
これはオレが口を挟む問題じゃないな。梗汰はそう思い、別の話を切り出そうとしが。
「渡り人様になら言ってもいいのかな・・・・・・」
えっ、と梗汰が言葉を続ける前にサイラが再び口を開いた。
「私、聖痕があるんです。それが原因で村の人に気味悪がれちゃって」
えへへ、とサイラはおどける様に言う。
(聖痕って・・・・・・)
梗汰はすぐさま自分の記憶に検索をかける。
――――――― 世界の記憶 【神・聖痕・神の因子】 ―――――――
神の因子を宿した者の背中に現れる模様のような痣。聖痕は子供の時に発生するとされる。
神の因子とは神が神を創る時に使われる種の様な概念的なモノを指していう。
元来神は知能をもつ生き物の信仰を力とするモノである。基本的に神は信仰を失わない限り死なない、死なないが神としての体が何らかの理由により致命傷を負い機能停止すると再び世界に神として蘇るために数年または数十年という再生の眠りにつく。
そのため神は人や神同士での戦いなどで神が眠りにつくとき時、神としての信仰の力を持たないが人間としての強さを持った、しかし人間を越える力を持つ新たな神を兵として、また、自分が居ない間、自分に対する信仰が絶えないよう仮の信仰の対象として。また酔狂で神の因子を送り込むこともある。
神の因子を宿すものは人としての経験を積んだ後一定の年齢に達すると、神の因子にその体と、人としての記憶、魂を糧として喰われ神へと転生するといわれている。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「まだ私が赤ちゃんの頃にこの村に通りかかった私の母親にお金を渡されて、頼まれて預かって育ててたって聞きました。最低限一人で生きて行く技術を教え込まれたらココに家を建てられて村を追い出されちゃいました。だから両親の顔も知らないんです。」
サイラは悲しそうな顔で苦笑する。
なるほど、そういう訳か。と梗汰は口の中で呟く。
そして本当の意味で両親が居ないというサイラの言葉も理解した。
(だからオレにあんなに優しくしてくれたのか・・・・・・純粋に人と触れ合うのが久しぶりで・・・・・・)
梗汰はさっきまで一緒に談笑しながらご飯を食べていたのが遠い過去のように感じた。
サイラの顔にさっきまで有った笑顔はもう無かった。しかし、梗汰はその顔に村人への憎悪を感じなかった。
(優しい子、なんだな)
梗汰は心からそう思った。だが、だからこそ危ういとも感じた。
自分を捨てた母親、そして自分を厄介払いした村、恐らく村にもいい思い出は無いだろう。全てを運命として諦めているのだろうか?
「聖痕付きだなんて気持ち悪いですよね」
あはは、と自嘲気味にサイラは笑う。
何とかしてやりたいと梗汰は思った。暖かい家庭で育った自分に口を出す権利は無いのかもしれないが、暖かい人間関係があるということを知って欲しかった。
「あぁ、確かに神の因子持ちだなんて普通の人は気味悪いと感じるかもしれないな」
そう・・・・・・ですよね、と傷ついたようにサイラは顔を落とした。
でも、と梗汰は続ける。
「もっと気持ち悪い存在がココにいるだろう?」
と笑いながら自分を親指で示した。
「異世界から渡ってくる人だなんて相当気持悪いだろうな」
そう苦笑しながら梗汰は言った。
サイラは梗汰の方を向き目を見開いた。
「オレはもう大人だからな。大人には、たとえ偽善と言われようとも困っている子供がいたら面倒を見る義務がある、とオレは思う。なにより子供は大人に我がままを言う権利がある。」
そう言って梗汰はサイラの隣まで行き、頭を撫でた。
「よ~し、よ~し、今は我慢しなくてもいいんだよ」
梗汰は自分の弟がまだ小さい頃、同級生に喧嘩で負けて泣きながら帰ってきた弟を慰めたときのことを思い出した。あの時はしばらくオレから離れなくて大変だったなぁ、と思い返す。
梗汰が頭を撫で始めたのを皮切りに、サイラの目から次々と涙が溢れてくる。その涙一つ一つからサイラの気持が伝わってくるようだった。サイラが今まで抑えていた感情が溢れ出す。
「う"わ"-ん」
声をあげ泣き始めたサイラは、イスに座ったままサイラの頭を撫で続けている梗汰の腰に抱きつき、なおも声をあげて泣き続けた。
寂しかったのだろう、ここでの一人の生活が、村での生活が、誰一人心を許せる相手が居なかった今までの人生が。
誰かに慰めてほしい。一緒に話をしたい。そんな気持を今まで封印してきたのだろう。そしてそこに現れたのが梗汰だった。それなら慰めてやるのが大人ってモンだろ。梗汰は心からそう思った。
サイラが泣き止むのにはもうちょい時間がかかりそうだな。と、サイラの頭を撫でながら梗汰は再度苦笑するのであった。