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大地の系譜  作者: Melon
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 梗汰が地面に磔にされる数分前。




「さぁ着きましてよ」


 香凛は優雅に舞い降り地面に足をつけた。

 その脇には瞳が口を押さえてうずくまっている。


「・・・・・・最低の空の旅だったわ」 

「あら、ごめんあそばせ」


 二人は花火の発射台の最上階に到着した。

 周囲の建物より一段と高く作られているその塔からは断続的に術式が発せられ、それが弾ける度に、明るく夜空を照らしている。


 二人は香凛の飛翔により予想より早く到着することができた。

 夜の空から滑空しながら降り立ったその姿は、とても目立っていた。

 騒ぎを聞きつけ、その二人の周囲には術式打ち上げを待つ術師達が集まってきている。


「お前は・・・・・・精霊術師のとこの不知火か。

 確か今回お前は打ち上げはしない予定だったのでは? なぜ此処にいるんだ?」


 術師の一人が訝しげに言う。この場に居る人からすれば至極当然な質問だろう。

 だがそれに対して瞳は、


「うっさいわね! そっちの邪魔なんてしないからあっちへ行ってて頂戴!! こっちは緊急事態なの! 邪魔よ!!」


 近づいてきた術師を盛大に怒鳴り散らした。自らの焦りからくる不機嫌さを隠すつもりはないようだ。


「わ、わかった。だからそんなに怒るな。 ・・・・・・なんなんだまったく」


 その手厳しい挨拶に術師は怯み「まったく意味が分からない・・・・・・」、とぼやきながらで自分のグループに戻っていった。やりきれない様子である。


 香凛は呆れ顔でそれを眺めていた。


「はぁ・・・・・・まったく、急いでいるとは言え、はしたないですわよ瞳?」

「あんたもうっさい! 今はそんなのどうでもいいの!

 あんた、前言ってたわよね?」


 香凛は人差し指を立てながら言う。


「?」

「『この大気が通じている場所でわたくしから逃げることはどーのこーの』って」

「わたくしの干渉距離の範囲内だけですけど。まぁ、確かに申しましたわ。それがどうしたので?」

「あたしが街の外を探るから、あんたは街中を探索して頂戴・・・・・・ってあんた、梗汰に会ったことないか・・・・・・」


 香凛と瞳とでは探査方法がまったく違う。

 瞳は熱量の差で人を探査する。それを利用し街の外の不自然な熱源を探すことで探査を行うのだ。

 丁度今日は祭り、更にこの時間帯街の外へ出ている人など居ないと考えていい。そんな中熱源を発見できれば、それがそのままアタリの可能性が高い。だが、逆に街中だと対象以外の熱源の反応が多すぎて瞳の方法で梗汰だけを特定するのはほぼ不可能。瞳の探査方法は基本一騎打ちや隠れている敵を見つける場合に使うことがほとんどである。


 そこで香凛の力を借りようと思っていたのだが、香凛の探査方法は一度対象に会っていないと意味を成さない。

 つまり、香凛と会ったことのない梗汰を香凛が探知することは無理・・・・・・。これでは此処まで来た意味が無い。


(あたしも盛大にまいってるようね・・・・・・、重大な事を失念してたわ。・・・・・・これから一体どうすれば)


 しかし、そこで香凛から返ってきた言葉は、瞳の予想を良い意味裏切った。


「あら、あの消えた方ならわたくしは一度会っていますわよ?」

「!? はぁ? 一体いつ会ってたのよ!? まぁ何にせよ良くやったわ!! じゃあ街中は任せたわよ!」

「分かりましたわ。室内までは無理ですが、街中は任せてくださって結構よ。では」


 香凛から緩やかな風が流れ始めた。その風が波となって香凛を中心に大気へと伝わっていく、水面に広がる波紋のように。


(よし・・・・・・)


 香凛を見届け、瞳も行動を開始する。


 ふぅ・・・・・・。


 瞳は気を落ち着け、感知の範囲を広げた。

 範囲対象は街の外、街の中を完全に除外し外だけに意識を集中させる。


「っく・・・・・・」


 直後、刺すような痛みが瞳を襲った。

 瞳は探査の途中で頭を抑える。脳に響くような痛みに顔をしかめた。


(駄目だわ・・・・・・)


 限られた範囲内であるなら、熱反応による探査は高速で行うことができる。だが今回はいかんせん範囲が広すぎた。

 範囲が広すぎて街の外まで探査の網を伸ばすことができない。元々火霊術師はこういうサポート系の作業には向いていない。


「悪いけど香凛、外も・・・・・・」


 香凛はその言葉を予期していたかのように答えた。

 

「分かっていますわよ。街中は既に済みましたので」


 そこで香凛は目を閉じ、再び意識を大気へと集中させる。

 自分を包む大気、それを肌に感じる。まる自分自身が空と同化したような感覚。空に包まれているのを感じる。風を通じて多くの生き物の波長が伝わってくる。そこから梗汰のものだけを探る。風がそれを教えてくれる。


 数秒後、


「・・・・・・ん」


 街からやや離れたところに二人分の存在を感じた。その内の一人の波長が、自分の知っているものと一致する。


「・・・・・・居ましたわ。あの方と会ったのは一瞬でしたが、ほぼ間違いないかと。

 ここから北に3キロ・・・・・・と言ったところですわね。街を挟んだ反対側でなくて良かったですわ」

「ここから3キロ・・・・・・か、今からまた移動してる暇は、無さそうね」


 瞳はドレスの裾を裂き、そこから太ももに巻きつけたガーターリングに挟まれている"ある物"を取り出した。

 取り出したのは薄型の携帯電話程度の大きさの木片、それには家紋と思しき紋様が刻まれている。

 香凛はそれに見覚えがあった。


「ちょっと、あなた。 確かそれは、貴方の家の頭首だけが扱える物なのでは・・・・・・」


 火霊術師の血族、不知火家。その家に伝わる術具の変成器トランサー。直接見たことはない香凛でさえ、その存在は聞き及んでいる。


「この前の会合でお父さんが持たせてくれたのよ。

 来なさい、 "レーヴァンテイン"」


 換言語により木片は一瞬の発光と共に消失、そして光が収まると瞳の手の中には朱塗りの和弓が存在していた。

 全長はおおよそ2m、軽く瞳自身の身長を超える大きさである。和弓独特の滑らかな曲線の形状に、炎を模した精緻せいちな模様が踊っている。

 その弓は自身の身長を超えるほどの大きさにもかかわらず、恐ろしく軽かった。その滑らかな表面は金属を連想させるが、素材は分からない。


「ちゃんと扱えるのです?」

「これを使うのは初めてではないから、なんとかなると思うわ」


 子供の頃だけどね。という事はあえて付け加えなかった。

 今重要なのはミスを犯さないこと、それが最優先事項。

 和弓の扱いは実家で教わっている。今でも問題なく扱えるはずだ。


 そう言うと瞳は北へと向き、構える。


「動いていないほうが梗汰とやらですわよ」

「わかったわ」


 瞳は呼吸を整え基本の位置を定め、両足を踏み開いた。


 そのまま弓を持った両拳を上に持ち上げ、打起こした位置から弓を押し弦を引く。


 両拳を左右に開きながら引き下ろし、遠方に感じる熱源に照準を合わせ弓を引き絞る。


 だが、瞳は弓をつがえようとしない、レーヴァンテインコレには矢は必要ないのだ。


 レーヴァンテインは矢そのものを放つのではなく、この世界に偏在する火霊を集め、束ね、そして撃ち出す。

 これ自体は弓の形をしているが、武器というよりは術具 ――魔術師の杖や魔動書などのような役割を果たしていた。

 これはあくまで火霊を集めて撃ち出すための補助装置、その威力はこれを扱う火霊術師に大きく影響され、放たれた火霊が起こす事象も扱う者によって変ってくる。

 それでも、レーヴァンテインの及ぼす影響は火霊術師にとっては絶大なものではあるが。


 瞳は弓を引き絞ったまま、深く、深く息を吐いた。


 弦を引いている瞳の右手の指に、火霊が次々と集まり始める。

 我先にと集う火霊。その光景は、精霊を感じることが出来る者がこれを見たならば、まるでエネルギーの奔流が瞳の指を中心として収束してるように見えていることだろう。


(集中、集中、集中・・・・・・)


 火霊の収束の感じは申し分ない、自分だけで集めるより遥かに効率が良いのが実感できる。まるで、コレ自体が意思を持って火霊を呼び寄せているようだ。


 後は、精霊の制御と精霊術師のとって最も重要な、意思の強度。


 良くも悪くも術者メンタルに影響される、それが精霊術師。つまり、その力は術者のメンタル次第では優勢な状況では更に強く、逆境に強い者であるならピンチの時に更に強くなる。

 だが、それは裏を返せば出力が不安定であるとも言える。術者が逆境に弱ければピンチの時には更に弱くなり、術者が恐慌状態であるなら発動すら怪しい。

 精霊術は常に安定した力を発揮することは得意でない、と言うのが通説である。それほどに精霊術は自己と深く関わっている。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・」


 心臓の音が煩い、高ぶる意識を落ち着けるように深呼吸をする。


 それを見ていた香凛は、ぼんやりと瞳の左目が赤く光を放っているのに気付いた。瞳は左目に集めた火霊を通して、対象の熱を知覚していた。

 ここからだと暗い上に遠すぎて肉眼での視認はできない、だが瞳は対象の熱に照準を合わせそれを目標として攻撃を通す。既に対象は瞳によってターゲッティングされていた。


 感じる熱源は二つ。その一つが地面から少し浮いたところで動きが止まっていて、もう一つは小刻みに動いていた。一つが梗汰でもう一つが襲撃者なのは確定している。


 片方がもう片方を拘束しているように感じる。

 もしそうであるなら、誰にも気付かれずに梗汰を攫った相手が、梗汰相手に劣勢になっているとは考え辛い。

 動きが無い方が梗汰であると、確定させる。

 ここで迷ってブレると火霊の制御に影響が出てくる、だから"アレ"は梗汰であると自分の中で確定させる。


(動きが無いほうが梗汰、香凛にミスは無い・・・・・・大丈夫)


 集まった火霊がオレンジ色に輝き始めた。まだ事象として発現していないにもかかわらず、その周囲の空間をその熱で僅かに歪ませた。

 

「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろおォォォォーーーー!!」


 瞳は叫んだ。

 その叫びに呼応するように、火霊の動きがその激しさを増し、周囲には一度にレーヴァンテインに収まりきらない余剰分の火霊が吹き荒れた。まるで燃え盛る炎に酸素を供給したかのように。

 意思を言葉にして吐き出したことで、自身のイメージをより強いものにする。より強く火霊の存在を確立する。


 一瞬、脳内を電気でも走ったかのような痛みが突き抜けた。だがそれを噛み殺す。


 そこで、ターゲットとして照準を合わせていた相手の動きが止まった。先ほどまで小刻みに動いていたのは、何かの術式の為の予備動作だったのだろうか。

 何にせよ相手が動きを止めたのはこちらにとって好都合。これはまたとないチャンスと言っていい。


 火霊を纏わせた指で、弓を限界まで引き絞る。


 ギリ・・・・・・ギリ・・・・・という音が耳のすぐ近くで聞こえる。


 今必要なのは、"圧倒的な速度"と"絶大な威力"、それらを併せ持った一撃。


 (―― 焼滅しょうめつしろッ!)


 瞳は圧倒的速度で対象を刺し貫く"槍"を、頭の中に幻視した。

 発現する事象の形を定めることで、精霊がこの世界に及ぼす影響  ―― 事象という状態を、より強固にこの世界に発現させる。


 その瞬間、一際強く瞳の火霊が輝いた。


「はぁッ!」


 瞳は溜めつづけた火霊を吐き出すように、放った。

 ―― 刹那、レーヴァンテインから解き放たれた火霊が、夜を包む闇をその閃光に染めた。


「――きゃッ!」


 空を突き抜けるその一条の光は、まるで空を裂く巨大な槍の様だった。

 発動の瞬間を目にした香凛は、その眩しさに一瞬にして視界を奪われてしまった。


(・・・・・・当たった?)


 視力を取り戻した香凛が見たのは、レーヴァンテインから目標まで続くオレンジ色の光。

 そのオレンジ色の残光は香凛が見ている間も次々と闇に溶けるように消えていく。

 そして、着弾から僅かなタイムラグの後、そこでやっと轟音が香凛の耳に届いた。


「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・っ」


 今の一撃でかなり消耗したのか、瞳は荒い呼吸をつきながらその場に座り込んでしまう。

 辛そうに息を吐きながらも、何かを訴えるように香凛を見上げた。


「対象の動きが止まりましたわ。

 十中八九、命中していますわね」


 瞳を安心させる為か、その言葉には相手の状態が明言されていなかった。


「よかった・・・・・・。うくっ・・・・・・」


 脳髄を突き刺すような痛みに、瞳は思わず額に手を当てた。探査の時の比ではない痛み。地面に腰をつけたまま辛そうに頭を抑えるその姿は、先ほどの一撃のとてつもない反動を物語っていた。


「少し・・・・・・頑張りすぎたようだわ・・・・・・」


 自分の頭がこんなにも痛むのは、いったい何時いつ以来だろう、今回はそれだけ力を使ったということか。

 そこでふと、左の頬に汗が垂れているのを感じ、指で軽く拭った。


「ちょっと・・・・・・」


 すると、それを見た香凛が驚いたように声をだした。


「・・・・・・貴方、目から血が・・・・・・貴方の目、真っ赤ですわよ!!」


 香凛は慌てて瞳の脇に座り、どこからか取り出したハンカチを瞳の目に優しく押し当てる。

 どうやら汗だと思っていたのは自分の目から流れ出た血らしい。

 火霊に干渉し続け、ずっと対象の熱源を感知し照準を合わした影響で、眼球の毛細血管が切れたのかもしれない。絶えず頭に襲い掛かる痛みの中、そう冷静に分析してみる。


「・・・・・・戻りな、さい。 "レーヴァンテイン"」


 瞳の手の中で和弓がただの木片に戻った。


「ぅ・・・・・・」


 少しずつ意識が薄れていくのが分かる。自分はあと少しで気絶するだろう。


「香凛・・・・・・ちょっと休む、わ」

「お疲れ様、瞳」


 額にヒンヤリとした香凛の手を感じつつ、瞳は意識を手放した。そのまま力なく香凛にもたれ掛かった。


 香凛はそれを優しく受け止めると、すっかり闇を取り戻した虚空を睨みつけた。


「・・・・・・瞳にここまでさせてこのまま帰ってこないなんて、許しませんよ」


 他の誰でもない梗汰に向けた呟きは、夜の彼方に溶けるように消えた。


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