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就活で東京まで行くのはもうヤダヨー
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「見ィつけた・・・・・・、 "接影" !!」
★
瞳の足が梗汰に向かって一歩近づいた。瞳にしてみれば、見知った人を発見たから近寄ってきただけであろう。
だが、その足につき従うように存在している影が、明らかにそれとは別の動きをした。本人の意思とは関係なく不自然に蠢き、梗汰に向かって襲い掛かってきたのだ。
その光景は異常と言うほかない。
(んなッ!?)
影は急激にその体積を引き伸ばし、梗汰に向かって覆い被さる。視界が影に覆われる寸前、梗汰は一瞬だけソレの姿を捉えた。
影は上下に扁平な体型で細長い尾を持っていて・・・・・・・、 ――その姿は梗汰の記憶にあるエイに酷似していた。
影で構成されたエイが、梗汰を包み込んだ。
梗汰は何の反応も出来ず、叫び声を上げる間もなく一瞬にして影に飲み込まれた。
必死でもがくが、空気を掻いている様でまるで手ごたえがない。
影は数秒で梗汰の全身を完全に包み、更にその数秒後には、まるで毛布を地面に落としたように、パサァとその影が地面に広がった。
床には黒い影だけが残り、さっきまでそこに居たはずの梗汰の姿は、完全になくなった。
そして、その影も役目を終えたように、地面に沈むようにしてその姿を消した。
★
「・・・・・・!?」
瞳は、その一瞬の出来事にまるで対応できなかった。
退屈な舞踏会の場で急に起こった目の前の異変に、完全に反応が遅れてしまったのだ。
だがすぐに理解した。
この場で何が起こったのかを。
自分の影が梗汰に襲い掛かった・・・・・・!!
そして、それに"梗汰が攫われた"と言う事。
(なんてこと・・・・・・!!)
相手はこんな敵の中心地とも言える場所に術を送り込み、なおかつ目的であると思われる梗汰を捕らえた。そんな精密な作業をやってのけたのだ。
なんと大胆な、そして恐ろしい相手なのだろうか。
なぜ自分はそれに気付けなかった。
頭に浮かぶのは猛烈な後悔。
あまつさえ、間接的にとはいえ自分が利用されたのだ。
こんなヘマをするなんて、梗汰のことを任された身として恥ずかしい。
このまま梗汰が消えることがあってはいけない。
今自分がやるべき事は・・・・・・、
「香凛!! 出るわよッ!!」
瞳は右手を突き出し叫んだ。
同時に、ゴゥ!!!! と音を立て壁が吹き飛ぶ。瞳はその壁にあいた穴から外へと躍り出た。
そこでドンッ。と空気が弾ける音がしたかと思うと、瞳の足元で爆炎が発生。
その爆炎は夜の闇の中を一瞬だけ赤く照らし出した。そして、辺りに再び闇が戻ったときには、瞳の姿は既にそこにはなかった。
「しかたないですわね・・・・・・」
瞳と一緒に居た女性、"香凛"もその後を追うように外へと出た。
そのまま瞳が消えた方向を確認すると、ヒュン、と突風でも吹いたような音が聞こえ、崩れた壁が風に煽られたかの様に周囲に四散した。そして、その破片が地面に落ちる前にその姿は夜の中に消えていた。
★
「まったく、盛大に壊しやがって」
吹き飛ばされた壁の亀裂から、ホールにひんやりとした夜気が流れ込んでいた。
夜に冷やされた風を浴びながらアメリアは呟くように言う。
「・・・・・・ロラン、居るか?」
「ここに居ります」
アメリアの背後には、舞踏会の場に似つかわしくない厳つい鎧を身に着けた黒髪の騎士、 ――ロランがいつの間にか膝を着いた状態で待機していた。
「今回ので、どれくらい釣れた?」
「今のところ戒殺騎士団が7人押さえています。今のが最後で、恐らくこれ以上増えることはないでしょう。
今回の作戦は今のを除けば、上手くいったと言えるでしょう」
ロランは声をひそめながら答える。
「・・・・・・そうか」
今回の梗汰に関する情報の流布。それには理由があった。
もちろん、梗汰を困らせてそれを楽しむのもあったが、それが目的ではない。
アメリアは面白いことは大好きだが、個人的な欲望を満たすために他人を危険に晒すほど腐ってはいない。
アメリアの目的。それは、"害虫駆除"だ。
梗汰という新たな精霊術師の始祖が発生し、それが今日ここに要るという情報を流した。
それに寄ってくる自国や他国の間諜、攫おうとする組織、梗汰を邪魔に思う輩、それらを一気に集めて捕縛しようと考えたのだ。
簡単に言うと、未来の危険分子を根こそぎ排除、そして梗汰をよく思わない者に対しての牽制をするという意味で、今回のこれを実行したのだ。
言うなれば、色々な場所に存在していて駆除するのが面倒な餓を、梗汰と言う誘蛾灯に集まったところで、纏めて処理しようと言うわけだ。
だが、そこで予想外の自体が起きた。今起こった梗汰の消失だ。
実は梗汰には遠くから監視する者をつけていた。それにも関わらず、その誰にも気付かれずに梗汰が攫われたのだ。これは想定外と言うほかない。
なぜ誰も気付かなかったのか・・・・・・。
「お前はアレに気付かなかったのか?」
「はい、恐らくは隠密か何かの術が掛かっていたのではないかと」
アメリアは腕を組み息を吐いた。
ロランが気付かなかったのは意外だったが、元々ロランはそういうことには向いていない。
「ふぅむ、お前でもそんなもんか、まぁ仕方ないか。多分梗汰のことは瞳達がやってくれるだろうが。
こっちの護衛はいい。一応、念のためだ。任せたぞ」
「承知」
そう答えると、ロランは現れた時と同じように、誰にも気付かれずにその場を離れた。
「ふむ、まぁなんとかなるだろ」
アメリアは、そう言ってウェイターの運ぶグラスを手に取り、飲んだ。
「うむ、美味い」
★
「ひ、とみ・・・・・・、瞳っ!」
上空から声が飛んでくる。
瞳自身それなりの速度で飛んでいるため、風の音が酷く煩い。
実は先ほどから何度か呼ばれていたが、風を切る音に紛れてその声は瞳に届いていなかった。
瞳はやっと届いたそれに乱雑に言葉を返す。
「なによ香凛っ」
その間も街の建物の上空を移動し続けている。
それを追いかける香凛は、瞳のやや上を飛んでいた。
香凛は、やっと自分の声に反応した瞳に苛立たしげに言い放つ。
「わたくしは、さっきから貴方はどこへ向かっているのと聞いていますの! なんらかの術式でつかまったのは分かりましたが、どこ飛ばされたのかは分からないんでしょう!? どこかに向かっているならちゃんと目的地を言って欲しいですわ。当てずっぽうじゃ困りますわ」
瞳は思考する。
梗汰は影に飲まれて消えた。恐らく、なんらかの術が作用したと考えていい。
もちろん、どこに飛ばされたかなんて分からないし心当たりもない。だが、あれほど小規模な転移系の術式では長距離の移動は見込めないはずだ。
長距離を移動するならば、それこそ何人もの専門の術師で大規模な術式を構築しなければならない。それほどに転移系の術式の使用は困難を極めるのだ。
瞳の予想が正しければ、まだガルダン内部もしくはその周辺にいるはずだ。
正直、その場の勢いで出て行ってしまった感が否めないが、自分が向かうべき場所はある。
「花火の発射台よ!! 街の端!! 目立つからすぐに分かるわ。そこへ運んで頂戴!!」
その言葉が意味するのは、瞳の移動速度より、香凛の出す速度の方が遥かに速いと言う事。
瞳は指で方向を指し示す。
「分かりましたわ。
ではとりあえず、その鈍重な火霊を下がらせてくださらない? 移動の邪魔なので」
その言葉に、瞳は既に構築していた火霊を還元し断続的に発生させていた爆発を止めた。それにより瞳を推し進めていた推進力が消滅し、その軌道が空から地面へと変更された。
このままだと、あとわずかで地面に激突してしまうだろう。
しかし、そうはならなかった。落下中の瞳の体が空中に固定されたかの様に静止したのだ。
「掴まるところなんでありませんが、お気をつけてくださいね?」
そう言って香凛は笑顔を作った。
次の瞬間、二人は一瞬にして街の建物の上空へと舞い上がり、ロケットの様に空を突き抜け発射台へと飛んでいった。
(この速度なら・・・・・・7~8分。お願い、間に合って・・・・・・)
★
一方、影に飲まれた梗汰は。
「うぉ! どこだここは!?」
視界の暗転、そして一瞬の浮遊感の後、梗汰は見慣れない場所にいることに気付いた。
(体に痛みは無い・・・・・・)
自らを落ち着かせるために、まずは自分の位置を確認することに努める。
地についた手から伝わる土の感触、そして・・・・・・
(暗くてよく見えないが・・・・・・、あれは城壁か? という事はここは・・・・・・)
「外か!」
街の明かりが遠くに見える。
ここはまっ平らな平地。だからこそ、梗汰に見えているガルダンは目で見えているより更に遠くに位置しているはずだ。
(徒歩で30分てとこか? つーか、なんでこんなとこに居るんだ・・・・・・? あの影の所為か?)
梗汰は更に影について考え始めるが、そこで暗闇の中から人が現れ、
「よぉ渡り人」
そいつはそう言った。