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投稿に大分間が開いてしまい申し訳ない。
夜、梗汰は王宮に用意された舞踏会の会場の一画にいた。
会場として用意されたホールには、これでもかと着飾った人が数多く集まっており、色々なところで、談笑しているグループができていた。
また、そのホールに用意された長テーブルには、様々な料理が並べられており、ホールを行き来しているウェイターらしき人が飲み物を運んでいる。
そしてホールの中央では、どこからか流れてくる音楽に合わせて踊っている人たちがいた。それ以外のあちこちで談笑している人達は、おそらく踊る相手を決めるために会話に興じているのだろう。
その光景を見た梗汰の感想は、
「・・・・・・なんと言うか」
凄まじいの一言に尽きた。
(子供の頃に見た親戚の結婚式会場の5倍くらいはあるな・・・・・・)
そして、集まった人の服装も凄い。一目見て高価だと分かるような生地で作られた豪華な服を着こなす人、人、人。それが会場一杯に広がっている。
そんな中に一人佇んでいると、自分は場違いだよなぁ、とつくづく思う。
と、そこで、
「!!!」
ホールを見回していた梗汰はあるものを目撃した。
「あ、あれは・・・・・・!」
梗汰の視線の先にあったもの、それは・・・・・・。重力に逆らい、天に向かって直立する"髪"。
それはあたかも天を目指して作られたバベルの塔。更にそのバベルの塔には、花や小物などが飾りつけられていた。
ネタかとも思えるほどインパクトのあるそのへアースタイル。
梗汰はそれをモロに見てしまい。
「ぷっ、くくくく・・・・・・ぅぐぐ。ゲホッゲホッ」
周りも気にせずに思わず噴出してしまった。笑い始めたところで急に押し止めたため、激しく咽てしまう。
(やっべぇ、これ、直視できねぇえええええ!! ちょっと見ただけで噴出しちまったぞ・・・・・・)
いくら梗汰でも、この場で笑ってしまうのは無いというのは分かっている。
だが、それがぱっと目に入ったと同時に、連鎖的に『笑い』という状態が誘発されてしまい、どうしても抑えるができなかった。
再びそれへと目を向ける。天に向かって螺旋を描き伸びる髪、そしてサイドから前に流しているこれまた螺旋の巻き髪。おまけにその髪についている造花。
そのヘアースタイルは、俗言う『昇天ペガサスmix盛り』というのに酷似していた。
なぜ梗汰がそんなものを覚えているのか。それは、前に雑誌かなんかに載っていたのを見たとき、そのあまりの凄まじさのお陰でそれが強烈に焼きついていたからである。
その情報を得た次の日は、それに友達との話題として大いに盛り上がったのを覚えている。
(うぉ、あっちのは『トルネード花魁アップ』に似てるな・・・・・・。まぁなんでもいいが、何度見ても・・・・・・うん。凄い・・・・・・)
ついつい顔がにやけてしまうが、唇を噛んで笑いを殺す。
「うぐぐぐ・・・・・・」
これ以上見るとやばそうなので、それらから顔を背け視界に入らないようにする。下唇を噛み締めながら体を震わせる男がホールに一人。
傍から見ると、とても怪しい。その周りの人が普通に談笑している分、ますます梗汰の怪しさが際立っていた。
梗汰が笑ってしまうのも無理はない、あのような髪型を普段から見慣れているという人などいないはずだ。
そのような凄まじい髪形の人は全体の1%にも満たないが、それでも強烈な個性を放っているため、とても目立っていた。
(あれは目印になるレベルだろ・・・・・・、つーか)
あの髪型でお辞儀でもされたら相手に刺さりそうだ。とか思わず考えてしまい。
(あはははは、武器持ち込むんじゃねーよ!! 刺さる、刺さるぞ。うひひひひ)
心の中で大爆笑である。
自分でツッコンだワードがツボに入り、更なる笑いを誘発させた。
これは絶対に自分の表情が大変なことになっている。そう思いつつも、笑いを堪えるのに顔が歪むのはとめられない。
(ツッコミたい。本人の目の前で色々と心の中身を吐き出したい!!)
だが、必死に笑いを堪える。
ツッコミしたいのも必死に抑える。
「うぐぐ、フゥーフゥーフゥー・・・・・・」
一度外に出て大笑いした衝動に駆られたが、それはそれで面倒だ。代わりに頭の中でおもいきり笑ってからまったく別のことを思い浮かべ、思考が落ち着くようにと意識を切り替える。
(だ、だいぶ落ち着いてきたぞ・・・・・・。もうぜってぇ見ねぇ、見たら死ぬかもしれん・・・・・・)
「はぁはぁ」
少し屈み、両膝に手をつき呼吸を整える。
「よし・・・・・・、いける!」
「何がだ?」
梗汰の体がビクッと跳ねた。
荒い呼吸をつきつつ、通常の状態をとりもどそうとしている梗汰に、背後から声が掛かったのだ。
「っひ! な、なんでもないです! すみません!!」
笑ってしまったのを咎められたと思い、反射的に相手の顔も見ずに頭を下げて謝った。
頭を下げた梗汰に、呆れたような声が降ってきた。
「何を急に頭を下げているんだ?」
「えっ?」
その聞き覚えのある声に顔をあげると。怪訝な表情をしているニーナがそこに居た。
「あっ、ニーナか」
顔だけを上げた梗汰を見ながら、ニーナは怪訝な顔をしつつ言った。
「? 何を言っているのだ、あたりまえだろう。
ところでコータ、お前、とても浮いていたぞ」
自覚はしていたが、その直球な言葉に梗汰はかるくへこんだ。
「・・・・・・ぅ、浮いているのは分かってるよ」
自分がこの場で浮いているのは理解している。先ほどから誰にも声を掛けていないし、かけられてもいない。
こういう賑やかな場に一人で居るのは虚しいものだ。
まぁ、それは梗汰が積極的に会話に混ざろうとしないのもあるが。
この中には知り合いも接点のある人も居ないから、梗汰が独りだったのは当然と言えば当然なのかもしれない。
だからこそ、ニーナを発見した梗汰は心からほっとしていた。
正直、誰が参加していて誰が参加していないのかまったく知らない梗汰は、みんなと会える可能性はそこまで高くないと思っていた。
あのまま独り寂しくこの場にいるのは正直色々と辛い、ここでニーナに会えて本当に助かった。
「知ってる人が誰も居なくて困ってたんだ。つーか、居たんだったらもっと早く声を掛けてくれよ!! 寂しいだろ!」
梗汰、心の叫びである。
さっきまでホールを見回していたのも知り合いを探していたからである。
まぁ、発見できたのは凄まじいヘアースタイルだったが。
その梗汰の必死さに、ニーナは梗汰の剣幕に圧され、若干ひきぎみに言葉を並べた。
「そ、そうだったのか。まさかここまで孤独だったとは予想してなかった。すまないな。
私は仕事関係の知り合いに挨拶をしていてな。コータには気付いてはいたが、それ関係で梗汰のところに行くのが遅れたのだ」
さり気なく、もの凄く酷いことを言われた気がしたが、気にしない。
「いや、いい! 今会えたからそれでいい! いやー寂しかったよニーナさ~ん」
その勢いのままのノリでニーナの肩を叩こうとして、そこでニーナの服装に気付いた。
「ぉ、ニーナ。お前おめかししてたのか」
「やっと気付いたのか」
今日のニーナは赤いドレスを着ていた。ニーナ自身の濃い赤の髪と同色のドレス、それは、この場の雰囲気と合っていてとても綺麗だ。
いつもとは違う新鮮な姿。
「ど、どうだ? 似合っているか・・・・・・?」
梗汰の視線に、ニーナはやや照れたように顔を赤らめながら言う。
「いやぁー、似合ってると思うぜ。そんな格好のニーナを見たことはないから、なんだか新鮮だよ」
女性を誉めた経験などほとんど無い梗汰は、できるだけ無難な言葉を並べた。
これならニーナの機嫌を損なうことはないはずだ。
「そ、そうな。似合っているか、これを選んでよかった。うん」
ニーナは嬉しそうに顔を綻ばせた。
どうやらまんざらでもない様子。
「まぁ、ニーナならなんでも似合うんじゃないか?」
「そ、そうか?」
こんな感じで、ニーナと取り留めのないことを話していると、
「貴方が、コータ=イナバかしら?」
「え?」
「ん、コータの知り合いか?」
急に知らない女性から声が掛かった。
「ふーん、どうやら貴方で間違いないようね」
梗汰の名前を呼んだその女性は、値踏みするように梗汰を見ている。
(つーか、誰よこの人。まったく知らないんだが・・・・・・)
「貴方ね、新たな精霊術師の始祖は」
「は、え?」
急な展開にまったくついていけない梗汰。ただただテンパって、まともな返事をすることが出来ない。
そんな梗汰をよそに、その女性は話を続けた。
「私と・・・・・・」
★
その後、梗汰たちは先ほどの場所から少し離れた、ホールの壁際へ移動した。
「ビックリした・・・・・・。まさか、いきなり求婚されるとは」
結論から言うと、梗汰は先ほどの女性に婚約をしないかと言われたのだ。
つまり、求婚されたという訳だ。
生まれて初めての求婚に、梗汰は死ぬほど驚いた。顔から汗が大量に出るほど焦った。
そんな唐突に訪れた混乱の中、出来るだけ当たり障りのない受け答えで、なんとかその場から離れてきた。
その後も似たようなことを言う女性に何度か捕まったが、その度に適当に言い訳をして切り抜けてきた。
梗汰は、自分がなんで求婚されたのかまったく分からなかった。
(なんなんだ・・・・・・? 何で急に? 都市伝説だと思ってたモテ期がやっときたのか? これは喜んでいいのか!? でも、なんか怖いな・・・・・・)
嬉しいことは嬉しいのだが、なんの脈絡もなく告白されるのがあれほど怖いものだとは思わなかった。
「あぁ・・・・・・、私も驚いた。まさかあそこまで積極的にくる者がいるなんて・・・・・・」
その含みがある言い方。どうやら、ニーナは何かを知っているようだ。
これは早急に聞くべき、このままだとくだらない想像で眠れない夜を過すハメになる。と、梗汰の脳が結論を出した。
「ほー。と言う事は、なんでオレがモテモテになったか知っているのか?」
その梗汰の言葉に、ニーナは少し驚いたように言った。
「なんだ、コータは知らなかったのか? まぁモテてるのとは違うと思うが。
どう考えてもお前の子供が欲しくて迫ってるに決まっているだろう?」
「・・・・・・は?」
(決まっているって・・・・・・子供? なんで?)
呆然としている梗汰の表情を見てから、
「それは、つまりだな・・・・・・」
ニーナは今梗汰に起こっていることについて話始めた。
ニーナの説明を纏めるとこうだ。
この国でいう貴族とは、嘗てこの大陸であった大戦で活躍した術師に贈られた称号であり、その称号はその術師の家系が代々受け継がれている。
それを他の国では、大戦後成り上がった大商人などが、金に困った貴族からその貴族の称号を購入し貴族を名乗っていることがある。
そういった貴族が自分の家系に優れた術師の血を取り込むため、由諸ある血統の者や、力ある術師を婿や嫁として迎えることがある。
それは『ただの成金』などと言われるを避けるためと、自らの家系の名を更に上げようとする為である場合がほとんどであり、要は貴族というものは体面を気にするということである。
今回の場合は、新たに発生した精霊術師の血を引いた子を、自らの血縁にしたいがために梗汰に迫ったきた、と言うわけだ。
昔からある他の精霊術師の家は親族のみでの婚約を繰り返し、精霊術を扱える血をより濃く保とうとしている場合が多く、その血はほとんど外に出ることがない。
また、外で子を作った場合でも、各々の家の頭首や古参の人が強制的にその子を引き取ってしまう場合が多い。
しかし、梗汰の家は出来たばかりであり、その血縁は現在誰も居ない状況である。そして、だからこそ梗汰の精霊術師としての血を狙っている人が居るという訳だ。
梗汰はニーナの説明でそれを理解した。だが、問題はそこじゃない、なんで自分目当ての人がここに居るのか、だ。
ついこの前に正式に精霊術師として認められた梗汰。そして、自分がこの国に来たのもそれほど前というわけではない。つまり、なんで自分のことを知ってる人がこんなに居るのか?という問題が生じてくる。
まさか・・・・・・、
(おいおい・・・・・・。アメリアの奴、こうなることを予想してたのか・・・・・・? つーか、多分オレが参加すること流したな・・・・・・)
そう考えると、あそこまでして梗汰の参加を強制させた理由が、まんまソレのような気がしてきた・・・・・・。
などと、梗汰が一人悶々考えていると、
「くっくっく、随分と楽しそうだったじゃないか。コータ?」
またもや背後から声が掛かった。
なんだこれは、ここでは背後から声を掛けるのが流行っているのだろうか。
これは梗汰の知ってる声、というかアメリアだった。
「なんだ腐ったコータのような顔をして? いつにも増して矮小なオーラが滲み出ているぞ」
「ってオイッ! 腐った梗汰って、まんまオレじゃねーか! つーか矮小とか言うな!!」
「一々気にするほどのことではないだろう? いつものことなのだから」
「うぐ・・・・・・」
毎度のことながら、アメリアには口で勝てる気がしない。
こっちが何を言っても、いつもアメリアの傲慢なペースに圧倒されてしまう。だが、それでも相手に不快な印象を与えないのはアメリアの、上に立つ者の才能なのかもしれない。
「つ、つーか、オレのこと色んな方面に流しただろ!? いきなり変なことになってめっちゃ困ったんだからな!」
「あっはっは、そいつは重畳。まぁ俺も見てたがな、お前の慌てようはなかなかに楽しめたぞ?」
アメリアは豪快に笑う。
「それより、向こうに瞳が居るぞ。会いに行ったらどうだ? 一応向こうにも梗汰が居ることは伝えたから、こっちから会いに行かなくとも来るとは思うが」
(おー、瞳も来ていたのか。それなら挨拶をしに行かねば)
軽くホールを見渡し、瞳を捜してみる。
「そうだな、会いに・・・・・・ん?」
その時、梗汰の視界の端の方で、何かが動いた気がした。
それは、人が転んだとか、落ちた物に目が反応したとかではない。何か、何か普通ではない動きを見た気がしたのだ。
いや、見たというより "何かを感じた" と言ってもいいかもしれない。視界に微かに映った違和感。
確かに何かが起きた。だが、それが何かは分からない。
それは、よく言われる『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と言う言葉の通り、結果を知ったら実にくだらないことかもしれない。
だが、梗汰は自分が感じたのが何だったのか、それが気になって仕方がなかった。
すぐにでも正体を確かめたい、そういう性分だから仕方ない。
それが何かを見るために、その微かな違和感を感じた方へ目を向け、凝らす。
楽しげに談笑してる女性の集団・・・・・・、異常なし。
一生懸命に料理を盛っている小太りの男性・・・・・・、違う。
カクテルを配っているウェイター・・・・・・、これも違う。
多くの人が行き交っているすぐ近くの通路の、・・・・・・!!
"居た"
"居た" と言うより "在った" と言うべきか。梗汰が気付いた違和感、それは天井の光源により照らされている、人の影だった。
談笑している人々が挨拶や食事を取りに行く度に、当然ながら、その人々の影が交わる。
その瞬間、黒い何かが、通常ではありえない動きで、重なった影から影へと移っていた。梗汰にはそう見えた。
平べったい二次元の存在である"影"、それが生き物の様に蠢いていたのだ。
(・・・・・・何だあれは)
ソレは梗汰が見ている間も、次々と影を伝い移動を繰り返していた。その移動は滑らかにして瞬時に完了している。
どうやら、梗汰以外にそれに気付いてる人は居ないようだ。このような賑やかな場で他人や自分の影に注視する人なんていないだろう。ソレの気付かないのも無理はない。
梗汰は、尚も移動を続ける影を見続ける。
(また移った・・・・・・)
気のせいか、ソレは影を伝いながら、徐々にこちらの方へと近づいている気がする。
(あっ)
梗汰が見始めてから何度目かの移動で、ソレは梗汰へと向かってくる一つの影に入り込んだ。その影の持ち主は、どんどん梗汰へと近づいている。
「梗汰も居たのね、アメリア様から聞いたわよ。居たのならもっと早くに声を掛けなさいよ」
その声に、梗汰は顔を上げる。
ソレが移動した影は、こちらへと来る瞳のモノだった。
隣に居るのは知り合いなのだろう、見慣れない人だが、二人で仲良くこちらへと歩いている。
瞳は自分の影に起きた異常には気付いていない様子だ。
「おい・・・・・・、なんかお前の影に違和感を感じないか?」
「・・・・・・何?」
瞳は訝しげな表情をしつつ、なおも梗汰へと近づいてくる。
「足元? 何か落ちているの?」
瞳は梗汰の近くまできてから足を止め、足元に視線を向けると、
"ザァアアアアアア"
まるでそれを合図にしたかのように、ザワザワと瞳の影が歪み、その中から何かが飛び出してきた。
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