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梗汰が目を覚ますと、そこは白に包まれた部屋だった。
体に僅かな気怠さを感じながらも、梗汰は上体を起こそうとする。が、体は少し反応しただけで、僅かにベッドを揺らすだけにとどまった。
どうやら、今の自分は満足に動ける状況ではないようだ。仕方なく首をずらし見える範囲で周囲を確認する。
恐らく病院の個室であろうその部屋は、天井も壁も清潔な白に統一されており、部屋の梗汰の見える範囲には、目に付く家具などは特にない。部屋はそれほど広いものではなさそうだ。
その他に目に入ったモノと言えば、壁に掛かっている梗汰の服と、ベッドの脇に座っている瞳くらいだ。
「・・・・・・寝てるのかな?」
瞳は腕を組み、椅子に座ったまま下を向いている。前髪が顔にかかっていて表情は見えないが、梗汰との位置が近いためか緩やかな呼吸音が聞こえてくる。
「・・・・・・おーい、起きてるかー?」
小声で声を掛ける。が、反応は無い。
寝るには辛い体勢だが、今ので気付かないと言う事は意外と深い眠りなのかもしれない。
「うーむ・・・・・・」
ベッドの上で何もできずに横になっているだけ、それを意識すると余計に何かをしたくなる。
眠ってるの人を起こすのは忍びないが・・・・・・、瞳には悪いけど、自分の状態を確認するためにも起きてもらうことにしよう。
「おーい」
「すー・・・・・・すー・・・・・・」
相変わらず起きる様子は無い。
「おーい!」
今度は強めに声を掛ける。
その声に反応したのか、一瞬ビクッと体が震えたかと思うと、ゆっくりと顔を上げ梗汰の方へ顔を向けた。
「お、やっと起きてくれたか」
「・・・・・・・・・・・・」
目はこちらに向いているが、その視線はボーっと梗汰と自分の間の空間を彷徨っている。どうやらまだ意識がはっきりしていないらしい。
その表情もいつものキリッとしたものではなく、柔らかな表情をしている。
「おはよう」
「・・・・・・・・・・・・こうた・・・・・・あ。んっ、んんっ。気が付いたのね」
瞳は声の調子を整えるように軽く咳払いをした。
表情もいつもの凛々しいものに戻っている。
「ここは病院ぽいけど、瞳が運んでくれたのか?」
「そうよ、ここはL-3魔宮の外にある治療施設、もちろんあたしが運んできたわ」
地下遺跡の近くには、それ専用の治療施設が個人経営のも合わせ多数ある。その理由は今回の梗汰のように、地下遺跡で怪我を負う者が圧倒的多数であることが大きい。たとえ怪我を負っていなくとも、探索者には検診という形で訪れる者も多い。
よって治療施設は、地下遺跡を訪れる者にとって必須の施設であると言える。ここはその一つだろう。
「あの後すぐに応急処置をしたから大事には至らなかったわ」
「ぉー・・・・・・それは良かった」
「脇腹の傷より、左腕の傷の方が酷かったみたいね。骨が飛び出してたわよ」
「うげ、複雑骨折してたのか。・・・・・・あれ?ってことはオレの腕、今もやばい感じ・・・・・・?」
一瞬脳裏をよぎったのは、後遺症で一生満足に動かない腕。
それを考えると、ぞっとする。
「それは大丈夫。ここの医療師の再生式で完治しているはずよ」
「よかった・・・・・・、今本気で焦ったわ・・・・・・」
「まぁ、その分とても治療費がとられたわね。それはあたしが払っておいたわ」
「・・・・・・ぅ、それは悪かった」
「いいのよ気にしないで。あたしの監督責任でもあるのだから」
「そうか・・・・・・」
元々は瞳の資金稼ぎがだ目的だったはずだ。それなのに自分の所為で余計に金を使わせてしまった。それに梗汰は軽く落ち込んだ。
(はぁ・・・・・・情けない。・・・・・・つーか、あそこからオレを運んだのか)
魔物の巣である地下遺跡、その七階層から出口までの距離を大人の男を背負い運ぶ、それがどれだけ大変なことか。
もし自分が運ぶ側なら、無事に出られたか分からない。
「今回は本当に迷惑掛けた。すまん」
今回自分がしたことと言えば、瞳にお金を使わせ、そして無駄に体力を使わせただけ。
そんな自分がたまらなく情けない。
「ふふ、随分と愁傷なことね。反省するのもいいけど、ずっとそのままだと鬱陶しいから、あまりへこむのはやめてほしいわ」
「・・・・・・ぅ、わかったよ!辛気臭くて悪うございましたね!」
「ふん、少しは元気が戻ったようね。もう少しすれば体も動くようになるはずだわ、それまでは安静にしてることね」
どうやら梗汰の気持を上向きにさせるために、わざときつい言葉を使ったようだ。それを知ってか知らずか、梗汰は皮肉で返す。だが、それも瞳の思惑通りなのだろう。
「・・・・・・ふぅ、そうだな。そうさせてもらうよ」
「お先にあたしは自分の部屋に戻ることにするわ。しばらくしたら医療師がくると思うから、ちゃんと話を聞いておきなさいよ」
瞳はそう言って部屋から出て行った。
(しばらくしたら医療師が来る・・・・・・ねぇ。そうはいっても動けないし)
「うーむ、もうひと眠りするかぁ」
「はーい、起きてくださーい」
「ん・・・・・・」
上から降ってくる声に目を覚ますと、白衣のお姉さんがベッドの脇に立っていた。
梗汰は緩慢な動作で上体を起こす。その動きで自分に掛かっていた掛け布団がずり落ちた。
さっき寝てあまり時間を置かず起きたためか、頭がぼーっとしている。
「目は覚めましたか?」
「・・・・・・はい」
「痛むところはありますか?」
「・・・・・・えーと」
試しに左手を持ち上げ強く握ってみる、そしてそのまま腕の曲げ伸ばし、最後に脇腹に手を当てる。
怪我をした場所はわずかに痺れを感じる程度で、特に痛むようなことはない。どうやら瞳の言ったとおり無事治っているようだ。
「大丈夫なようです。痛みはないですね」
「それは良かったです。昨日あの女性の方が貴方を背負ってここに連れてきた時は、すごい慌てようでしたよ。『すぐに治療をお願いします!』って、なので今は痛みも残っていないようなので本当に良かったです。ちゃんと元気な姿を見せてあげてくださいね」
「あ、はい」
(意外だな、あまり取り乱さないイメージがあったんだけどな)
「貴方が目覚めるまでずっとこの部屋で待っていたようですよ。自分の目で無事に起きる姿を確認したかったのでしょう」
「へー、意外と心配性なのかね」
「それは分かりませんが、面倒見のいい方のようですね。
はい、では体調に問題がなさそうなので退院してもらいますね。貴方の着ていた服はここに置いておくので、着替えたら今着ているものはベッドの上に置いておいてくださいね」
「はい、分かりました」
(後でもう一度お礼言うか)
★
瞳の帰り道。
「ふぅ」
(どうやら、いつもの梗汰みたいね)
あの時の梗汰には、瞳ですら僅かに圧されるものを感じた。
だからこそいつもと変らない様子の梗汰に安堵した。
(それにしても・・・・・・、あんな短時間であそこまで大量の地霊を集められるなんて、まるで梗汰の危機に精霊の方から寄ってきたみたいだったわ・・・・・・。まぁ、制御は上手くできなかったみたいだけど)
思い浮かぶのは、自身の発生させた鎧によって潰された腕。
精密な精霊の制御はまだ完全ではないようだ。まだ完璧に自分のモノとして力を使えていないのかもしれない。
元々、生まれながらにそれが当たり前だと思って精霊術を使っている人と梗汰では、精霊術への感じ方や考え方が大分違う。
術師にとって、それを当たり前だと思って使えるかどうかは大切な事だ。それをいくら瞳が言葉で伝えても、結局は自分でそれに気付かないと駄目なのである。
つまるところ梗汰の成長は、
(今後の頑張り次第、ってとこね)
瞳から見たら、あの体を覆う黒い何かは実戦で使うにはまだまだ甘い。
梗汰の世界でならあれでも十分だったのだろう。だが、あれでは足りない。
「ふふ、これは鍛え甲斐がありそうね」
これがものを教える楽しさなのだろうか。
梗汰が先生になりたいと言っていたのも、今なら少しは分かるかもしれない。
(何かを教えるというのも、なかなか面白いものね)