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大地の系譜  作者: Melon
36/45

34

「飲み込め!!」


 瞳の声が聞こえる。


 同時に感じる背後からの火霊による圧倒的な存在感。それは周囲を紅く照らしながら自分をすり抜けてゆく。

 炎が通り過ぎると、脇腹にあった剣の感触が無くなっていた。


 炎は梗汰の脇腹に突き刺さっていた剣を消滅させ、徘徊者ルートキーパーを後方へと押しやる。

 あれ程の炎だ、徘徊者でも無事では済まないはずだ。


 梗汰は戦闘において素人も同然、この傷では動くのも辛い。今の内にこの場から退避するのが正解だろう。


 だが、梗汰の頭の中は、自分の傷のことでも、背後から来た炎のことでも、吹き飛んだ徘徊者のことでもなく別のことで埋まっていた。



 ―― なぜ自分はこんなにも情け無いのか。



 梗汰は自分の不甲斐なさに強い怒りを感じていた。そして弱さにも。


 今の梗汰には脇腹の痛みすら雑音、背後から聞こえる爆音ですら耳を通過した。


(・・・・・・あれ程油断するなと言われたのに)


 言われたことすら出来ない。敵を前に余裕ぶいて、その挙句に剣で刺される。そんな自分のなんと情け無いことか。

 この程度で戦闘不能になる術師が戦いの場で使える道理は無い。


(オレは・・・・・・)


 瞳が用意した地下遺跡アンダーワールドでの魔物討伐という訓練ですら軽く考え、結果満足にこなせない。

 自分が精霊術という元の世界では有り得ない力を持ったことで、心のどこかで調子に乗っていたのかもしれない。


(オレは・・・・・・まったく駄目だな。そんなことを今になって気付くなんて・・・・・・、だけど)


 少なくとも今は落ち込んでいる場合ではない、この状況を打破するための策を考えないと、瞳の言っていた様に腕どころかこのまま命までとられかねない。


(相手の動き、速かった・・・・・・)


 だが、それが全てではない。相手が速いのもあるが、戦闘での梗汰は致命的なまでに遅い。

 遠距離ならまだ良いが、一瞬が生死を分ける近接戦闘では今の梗汰の速度で相手の攻撃に一々壁を出して対処し守っていては、手詰まりになるのは時間の問題だろう。


(素早く攻撃を防ぐにはどうしたらいい? 今のオレに、これ以上防御壁の展開速度を上げることが出来るか?)


 相手の攻撃に即座に対処できる守りを出せる、それは地霊術の強みだ。

 近接戦闘での相手の攻撃を先読みしての防御壁の展開は、熟練した地霊術師なら可能だろう。

 しかし今の梗汰では、当初の発動の遅さという問題にぶつかってしまう。


 思考の中での自問自答は続く。


(そもそもオレは、なんで壁を出している?) 


 ―― 攻撃を防ぐため。


(なんで防がなくちゃいけない?) 


 ―― ひ弱な体が傷つくから。


(ならば) 


 ―― ならば、どうすればいい?



 攻撃を防ぐ鎧が要る。

 敵を打ち砕く武器が要る。



(オレの力はなんだった?)


 ふと気付けば周囲には無数の精霊。

 繋がりを持つ者コネクターである梗汰の窮地に、いつの間にか膨大な量の地霊が集まっていた。

 数だけで言えば先ほど瞳の集めた火霊より多いだろう。


 大量の精霊、そして自分に備わった力。


(そうか、ならば創ろう。攻防一体の鎧を)


 梗汰の意思に応え、膨大な地霊が一斉に地面へと沈んだ。


 ―― ドクン


 地面が脈動し、間を置かずに繊維せんいの様な物が大量に噴出。

 それは激しく波打ちながら、梗汰の体に次々と纏わりつく。

 頭に、腕に、胴体に、そして足に。幾重にも、幾重にも絡みつく。

 それは瞬く間に完全に梗汰の体を一部の隙間も無く埋め尽くした。


 収縮。

 繊維に覆われた全身が震えたかと思うと、一気に・・・縮んだ・・・

 全身を包んだ繊維が梗汰の体を激しく締め上げる。一回り大きくなっていたそのフォルムは、急激な締め上げにより梗汰の体の形状に合わせて細く引き絞られた。


「あぁあぁぁぁああああ・・・・・・・!!」


 梗汰の口からは、急速に圧縮された全身の痛みの所為か、きつく締め付けられた傷の所為か、獣の咆哮の様な悲鳴が溢れ出した。


 だが、変化はそれでは終わらない。

 繊維の集合体となっている梗汰の足元から、黒い泥の様な物が這い上がってきた。それは見る間に梗汰を覆い尽くし、全身を黒く染め上げた。

 体を覆う滑らかなそれは、傍目にはとても鎧には見えない。

 

 鎧の形成が終わったのか、一歩を踏み出そうとするが。

 まるで、歩き始めの赤子の様に地面に倒れてしまう。


 締め上げられた全身、それを覆う滑らかな黒い膜。そして目の部分には透明なガラス。

 だが、体を支えるには何かが足りない。


(・・・・・・そうだ、バランサーが要るな)


 再び地面から繊維が発生、それはかなめである骨盤の辺りに纏わりつき、やはり漆黒がそれを覆いつくす。

 それは尻尾という形をとり、梗汰を支える一部となった。


 今まで自分の体に存在していなかった新たな器官、尻尾の存在に違和感を感じながらも、それを使いバランスをとり、腹部の痛みを噛み殺し立ち上がる。

 違和感を感じるとはいえそれは自分の精霊術で作り出したもの、ならば自分の意思通りの動くはず、あくまで手足の延長のはずだ。

 

(動く)


 先の尖った指の曲げ伸ばし、そして尻尾の動作の確認。

 その動きはややぎこちないが、確実に思い通りに動く。


 そこに誕生したのは、殆どの人が思い描くであろう無骨な鎧とは似ても似つかない光すら拒絶するかのような漆黒の装甲、異様な姿。




「ん」


 そこで、何かが割れるような音と、頭部へのかすかな衝撃を感じそちらへと顔を向ける。

 徘徊者ルートキーパーが梗汰の頭部を殴りつけたらしい。割れるような音は、表面の黒い膜に罅が入った為か。

 相手は再び拳を振り上げている、このまま殴り続けるつもりだ。


 どうやら先ほどの炎は、奴にとって致命傷とはならなかったらしい。

 体のいたるところが焼け焦げ皮膚が爛れているが。

 あれ程の炎をうけてこんなにも早く戦線復帰できるとは。

 よく見ると、爛れている皮膚に治癒の兆候が見られる。傷や火傷には薄皮が、左肩に負っていたはずの傷も既に新たな皮膚に覆われていた。

 どうやら、どの程度かは分からないが自己を再生する力を持っているようだ。


 だが梗汰は、それよりも今の一撃がまったくダメージになっていない事に驚いていた。


(多少衝撃は感じるけど・・・・・・痛くは無い、な)


 その思考中も攻撃は続く。

 長い手による高速の殴打。

 断続的に聞こえる破砕音。


 しかし、その衝撃は梗汰には届かない。

 攻撃が当たる度に梗表面を覆っている黒い膜が破損し散らばるが、瞬時に新たな膜が張られている。そして、散らばった膜の欠片は宙に溶けるように消えてゆく。

 徘徊者の攻撃を完全に防ぐ圧倒的物理防御力。


「これなら・・・・・・、いけそうだ」




 梗汰が身に纏っている物、それは、


 全身を覆っている繊維は、セラミックコーティングのされたケブラー。

 ケブラーとは鉄の5倍の引っ張り強度を持ち、耐熱・耐摩擦性が高く、切創や衝撃にも強いことから防弾、防刃ベストにも採用されている素材である。


 だが、それだけでは衝撃を殺しきれない。

 梗汰の纏ったケブラーは、積層構造を造っていた。


 積層構造とは、層と層が互いにスライドするもの、可動性のあるものが、伸縮を伴う構造を持っているもので、生物における筋肉がこの伸縮性をもつ積層構造である。


 このような構造は、横方向の伸縮性を利用した座屈の追従性を高めたものとして、免震装置や振動装置として、様々なものに実用化されている。

 これにより、さらに衝撃エネルギーを吸収。


 そして、それを覆っている高硬度のセラミックス。

 斬撃に対してはその刃を弾く役割を、打撃に対しては自身が破損することによって衝撃を分散させる役割を持っている。

 その色が黒いのは梗汰のイメージによるためだ。


 ケブラーと積層構造のアーマーに高硬度セラミックコーティング、そして目の部分に嵌っている強化ガラス。

 

 間接を曲げることすら困難な程全身を包む鎧、普通ならガチガチで動けなくなってしまうだろう。

 だが、地霊術により稼動部位を広げ、常時動かすことでそれを克服。


 肝心の鎧の耐久性は、通常のケブラーの防弾チョッキであるなら、近い場所に2~3発の銃弾程度のダメージを受けてしまえば、その周囲は劣化し防弾性能は著しく落ちてしまう。

 しかし梗汰は、それが破損するたびに地霊術を使用し即座にそれを復元させる。


 加えて、バランサーとしての尻尾が重心の安定と移動の補助、そして足に掛かる衝撃の分散を担当している。


 それが梗汰の鎧の正体。

 梗汰の世界の知識とこの世界の精霊術により創られた、鎧と言う名の装甲。

 通常ならば数々の工程を経ないと作ることの出来ない素材、梗汰はそれを膨大な精霊を使っての精霊術と、意思の力で作り出す。

 それは繋がりを持つ者コネクターであり、そして前の世界の知識を持つ梗汰にしか成しえない精霊術。




「ッ痛」


 腹部に感じる疼痛。傷のある脇腹を徘徊者が攻撃している。

 通常の攻撃であれば防いでしまうはずの衝撃、だが奴の対魔障壁が梗汰の鎧を次々と削ってゆく。


(・・・・・・対魔障壁)


 梗汰は更に大量の地霊をつぎ込み、鎧の再構築を続行。鎧は消滅と再生を高速で繰り返している。だが、梗汰の鎧の構築速度がそれを上回った。

 致命的な鎧の破損を許さない。


「離れろォお!!」


 その場で飛び上がり回転。勢いをつけた尻尾を空中で操作し、全力で徘徊者へと叩きつける。


 ―― ドンッ!


 攻撃を続けていた徘徊者は、カウンター気味にそれを腹部に受け、激しく錐揉みしながら吹き飛んだ。

 即座にそれを追い、跳ぶ。

 まるで砲弾。

 先を飛ぶ徘徊者に易々と追いついた。



 通常ならば、このような超重量の装甲を人が身に着ければ動くことなど(まま)ならないだろう。

 だが、その身に掛かる膨大な重量は地霊に肩代わりさせる。そして、移動の際のその質量の高速の増減により、動けなくなるどころかそれを利用し高速の移動を行う。

 更に、その増大した質量はそれ自体が武器となる。


 限りなく零に近い質量で全力で跳び、増大した質量で加速、着地の瞬間にはそれを急減させ衝撃を殺す。

 暇つぶしとして行っていたルービックキューブの操作と質量制御の自主鍛錬。

 それらの反復作業により、ぎこちないとは言え精霊術の精密な操作を可能にした。



 宙を飛ぶ徘徊者の頭部を右手で固定し、そのまま増幅した自身の質量で以て、壁面へと叩きつける。


 ただ一直線に飛び、叩きつける。それだけの単純な攻撃。

 だが、敵を砕くにはそれだけで十分だった。


 轟音。

 その一撃は壁面にクレーターという形で衝撃を刻み込み、徘徊者の頭部を粉砕し、撒き散らした。


 だが、


 グシャ


 肉を潰した様な音は、なぜ自分の体からも聞こえた。


「――ッ!!!」


 脳髄を焼く様な強烈な痛み。


 突如、梗汰の左肘にあたる部分が何かに圧縮されたかの様に、ひしゃげたのだ。

 鎧の制御を誤ったのか、自身を守るはずの鎧に腕を潰されてしまったようだ。

 梗汰の左腕は体の意思に反するように、だらんと垂れ下がっている。


「ぅぐぅうう・・・・・・」





「こ、梗汰・・・・・・?あなた、無事なの?」


 背中から聞こえる、躊躇いがちな瞳の声。


「・・・・・・その腕」


 瞳は梗汰の左腕を見ている。

 どうやら鎧の上からでも、左腕の異常に気が付いたようだ。


 左腕は死ぬほど痛む、脇腹の傷も疼く。

 だが、今生きているなら問題無い。


「止めを刺すまで待ってくれ」


 さっきと同じミスはしない。

 今度は確実に命を絶つ。


(対魔障壁は、精霊術で発生させた現象、構築した術式、増減させた質量に干渉する。・・・・・・なら)


 地面に右手をつけ、力を込める。

 この地面に使われている物質だけを使い、形を槍へと変え、武器とする。

 石槍の完成だ。

 それは先が鋭いだけの棒。

 だが、突き刺す分には問題無い。


(それを凌ぐ圧倒的な術か、元々存在する物質で攻撃すればいい)

 

「今の状態のこいつをこれで貫けば、生きていたとしても、さすがに死ぬだろ」

 

 石槍を強く握り、壁に陥没したままの徘徊者ルートキーパーに突き刺す。

 皮膚は硬く、石の刃ではやや通りづらいが。相手は動かない、梗汰は刃が突き通るまでゆっくり力を入れ続ける。


 一本が刺されば次の一本。

 次々と石槍を作成、そして突き刺す。

 徘徊者の傷口から流れ落ちる体液が、次々と地面に広がる。


 ・・・・・・ずぶり


 硬い表皮を突き破り肉を刺し通す感覚が手に残って、気持ちが悪い。

 だが続ける。


 瞳はそれを、ただ後ろから黙って見ていた。


(これは・・・・・・ここに入る前までの、戦うのを嫌がっていた人と同一人物だとは、とても思えない・・・・・・)


 あまりにも残酷なその光景。

 元の世界での梗汰に起こり得ない命の危機が、梗汰の中の何かを変えてしまったのだろうか。


「こんなもんか」


 徘徊者の上半身には過剰なまでに槍が刺さっている。

 今や徘徊者は壁にめり込んだ頭部と、梗汰によって刺された槍によって壁に縫い止められている状態だ。

 既に徘徊者は、最初の頭部への攻撃でその生命活動を停止していた。

 梗汰によるそこへの過剰なまでの攻撃には理由がある。


 答えは単純。ただ、安心が欲しかったからだ。

 それは敵を確実に倒したと言う確信と言い換えても良い。

 どの程度まで攻撃すれば死ぬのか分からないという不安。

 なら、自分が安心できるまで攻撃し続ければいい。

 その結果が、この奇妙な針山のオブジェと化した徘徊者。


 そこまでやって、やっと完全に死んだという確信を持ち、そこでようやく梗汰の体を取り巻く漆黒の鎧が消えた。


「ふぅ・・・・・・ぅ?」


(なんだか、どっと疲れた・・・・・・体が軋む。それに体中の力が抜けていくみたいだ) 


 多量の精霊を従え、複雑な物質を構築し、そして移動中常にその質量を制御する。これらの動作に常に力を使い続けるのは、梗汰にとってどれほど大変か。

 精霊術を使いすぎた代償が、反動となり梗汰を襲っている。

 それに加えての腕と脇腹の傷。梗汰の体はぼろぼろだった。


 頭が異様にくらくらする。

 その足取りはふらふらと覚束おぼつかない。

 梗汰は立っているのが辛くなり、地面に座り込む。


「ちょっと・・・・・・大丈夫なの?」


 瞳の声も殆ど頭に入らない、頭が痛む。割れそうだ。


 命がけの戦闘が終わり張り詰めていた緊張が切れ、大量に分泌されていたアドレナリンが収まった所為か。はたまた精霊術の過剰使用のためか、猛烈な虚脱感が梗汰を襲っていた。

 そして傷をきつく縛っていた鎧が無くなったためか。

 脇腹の傷からはさっきまでより勢いよく血が流れ出ている。


「・・・・・・うぅ」

「血が・・・・・・大変!!すぐに治療しないと」


 瞳は鞄から治療キットを取り出した。

 明らかに折れている左腕。

 脇腹から流れ出続ける血。

 すぐに治療を施さないと危険な状況だ。


「・・・・・・・・・・・・わり」


 梗汰は座り込んだまま意識を手放し、頭から地面に倒れこんだ。

やはり戦闘描写も難しいですね。(’’;

つくづく自分の語彙力の未熟さを思い知らされます。


物理、化学は齧った程度なので、間違っていても勘弁してやってください!(’’ノ

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