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大地の系譜  作者: Melon
35/45

33

 徘徊者ルートキーパーは少しずつ距離を詰めてくる。

 剣で地面を引っ掻く音がとても耳障りだ。


「こいつはどんな動きをするんだ?」


 相手の動きがまったく予想できないのは、これから戦う者としては心もとない。


(というか、今まで戦うなんて事は、有ったとしても喧嘩くらいだったからな・・・・・・。遠くから一方的にハメができればいいんだけど・・・・・・)


「この徘徊者は、見ての通り腕や足などの稼動範囲は人間に近いようね。・・・・・・ただ」

「まぁ、見た目は人型だしね」

「一概に徘徊者の強さを断定することは出来ないわ」

「それはどうして?」

「その場所にいる徘徊者によって、性能も形も変ってくるからよ。工房に近い深階層の徘徊者ほど強力なのは、言うまでもないわね。」

「なるほど」

「剣持ってるし、それに注意すればいいんじゃない?」

「・・・・・・心強いアドバイスをどーも」

「まぁ、あなたは近接格闘の心得が無いのだから、上手く近寄られないようにすることね。出来るだけ遠距離で決めなさい」

「・・・・・・了解」




 実は、瞳はこの徘徊者の大体の特徴を知っている。過去にここに潜ったときに遭遇しているからだ。

 しかし、あっさりそのことを言ってしまっては、梗汰の経験にならないと考え、あえて言わないでいた。

 幸い、周囲は土もしくは鉱物、地霊術を上手く使えば切り抜けられるかもしれない。


(頑張って立ち回ることね。本当に、危なくなるまでは手は出さないわよ?)




「ふぅ・・・・・・」


 地霊を集め、並べ、意思を伝える。地霊達が梗汰の呼びかけに答え、つどう。


 一方、徘徊者は長い腕で剣を構え、既に戦闘態勢に入っている。

 徘徊者は屈むように足に力を溜め、梗汰に向かって猛然と飛び掛ってきた。

 その凄まじい跳躍は、梗汰との距離を一瞬で詰めてしまう。


(速ッ、・・・・・・落ち着け、多分この位置)


 想像以上の速度に意表を突かれる。

 風を切る音と共に、剣の切っ先がすさまじい速度で梗汰へと放たれた。

 いくら通常では使い物にならない剣とは言え、この勢いで叩きつけられたならば容易に人体を破壊してしまうだろう。


 しかし、それは梗汰には届かない。


「だらァ!」


 徘徊者の剣が梗汰を貫く前に、梗汰の叫びに反応したかの様に、天井が落ちてくる。

 辺りを振動させながら、通路の天井部分が下に向かって急激に伸び、徘徊者を押し潰してしまう。

 地面に叩きつけられた天井は、その圧倒的重量で徘徊者を押さえつけた。


「へっへっへ、吊り天井ってやつかね」


 天井に押し潰されている所為でその姿は確認できないが。徘徊者が通常の人程度の耐久力ならば、無事では済まないだろう。

 たとえ人を超えた耐久力を持っていたとして、その攻撃が致命傷には至らずとも。その動きを封じることはできるはずだ。


(思ったより楽だったな、やっぱ術師とそれ以外だとやり方が違うのかな)


 完全に潰されたのを確認すると、瞳の方に振り返り親指で背後を指差す。


「これでいいのか?随分とあっさりだったけど」


 殺さずとも、動きを封じれば戦闘を回避できる。殺さなくていいのなら、それが一番いいだろう。


 しかし、瞳は目を細め、依然梗汰の背後を見続けている。


「徘徊者がこの程度で倒せるほど弱いのなら、その名前は有名にはならないわ」


 なぜ一国を挙げて徘徊者を討伐したのか。

 それは、ある程度地下遺跡アンダーワールドに慣れた新人探索者ダイバーの、徘徊者による死亡率が高いからだ。

 そして、たとえ熟練者であっても徘徊者に甞めて掛かることは無い、仲間同士の連携などで確実に倒す場合が殆どである。

 探索者の間では、たとえそれを一瞬で倒せるほどの技量を持っている人だとしても、徘徊者と相見える際は最後まで警戒を解いたりはしない。


「慈悲なんて与えちゃだめって言ったでしょ?油断してると、腕の一本ぐらい持ってかれるわよ」

「・・・・・・は?」


 ぱきぱきぱき・・・・・・


 脆くなった外壁の表面が剥がれ落ちるような音に、慌てて振り向く。

 

「んなっ、術が壊れかけてる・・・・・・」


 徘徊者を潰し押さえつけている天井には、不自然にひびが入っていた。


(いや、これは・・・・・・、奴の周囲だけ術の干渉が弱まっているのか?)


 地霊術により体積を増やされた部分の壁が、次々と精霊の状態に還っている。

 徘徊者の周囲は既に完全に精霊に還り、その部分だけ穴が空いていた。


「ここの徘徊者は、どの程度かは分からないけど対魔障壁をそなえているわ」


 対魔障壁とは、その名の通り魔術に対する障壁で、干渉領域の一種である。

 対魔障壁の干渉範囲に術式が進入すると、その障壁の強さに応じて自動で術の構成を還元し始める。

 今回のこれは、対魔法として使われているものだ。


(・・・・・・もっと先に言ってくれよ)


 すぐさま吊り天井を構成していた地霊を解除。

 徘徊者を押さえつけ、通路を塞いでいた天井を消滅させる。


「とりあえず、離れてくれよなッ!」


 目の前の地面から鉄柱が発生。怒涛のように徘徊者に襲い掛かる。

 それは立ち上がる途中の徘徊者に易々と当たった。

 しかし、それは徘徊者にぶつかる直前でみるみる精霊の状態へと還元されていた。

 だが、還元が追いつかない程の勢いで伸びる鉄柱は、そのまま徘徊者にぶち当たり、後方へと吹き飛ばす。

 

「そこだッ!」


 背中から地面に叩きつけられた徘徊者の手足に、地面から発生した発生したワイヤーが何重にも絡みつく、が。


 ぶち、ぶちッ・・・・・・


 対魔障壁により、ワイヤーが次々に精霊へと還元され始める。

 地面にはりつけにされた状態の徘徊者は、激しくもがき今にも飛び起きそうだ。

 動きを封じていられる時間は僅かだろう。


(だが、少しでも動きを止めることが出来れば問題ない)


 梗汰の足元が大きくたわんだ。地面は一度沈み、そして梗汰を空中へと押し上げた。その反動に更に自身の跳躍を併せ、跳ぶ。

 徘徊者へと大きく肉薄する。


「変れ!!」


 梗汰の口より発せられる置換言語により、指輪と固有空間に補完されている武器とが、瞬時に入れ替わる。

 宙を舞う梗汰の手の中に、斧槍ハルバードが発生。

 梗汰はそれを手に、全身をしならせながら、空中で思い切り振りかぶる。

 体中の筋肉から、ぎりぎりとねじれる音が聞こえそうだ。

 徘徊者は真下。それに狙いを定め、全身の力で以て振り下ろす。 

 その一撃はただ振り下ろされるだけではない。衝突のまでの一瞬の内に、集められるだけのありったけの地霊を使い、その一瞬で可能な限り重量を増大させた。

 

(ただ単純に殴りつけるだけ・・・・・・技術もへったくれもないわね。戦闘技術もないのに徘徊者に自分から近づくだなんて)

 

「はぁああああああ!」


 ―― 気合一閃。


 渾身こんしんの力で、斧の部分を叩きつけた。

 梗汰の斧槍が敵を貫くと同時に、大気を震わす轟音が周囲に響き渡る。

 その一撃の衝撃は対象の背後へと突き抜け、地面が欠片となって吹き飛んだ。その周囲には無数の亀裂が発生している。

 反動で梗汰の体は軋み、手首には鈍い痛みが走った。


「うお・・・・・・」


 梗汰の脇に、天井の欠片がぱらぱらと落下してきた。

 手には痺れが残っており、衝撃の余韻がまだ耳を離れない。


 今の一撃に手応えは感じたが。

 斧槍が当たる瞬間、増大していた重量が減衰するのを感じていた。


(対魔障壁の所為せいか・・・・・・? めんどうだな)


 だが、斧槍の斧の部分により地面に磔にされている徘徊者は、ぴくりとも動かない。


「倒したか・・・・・・?」


 対象を貫通し地面に刺さったままの斧槍を抜き取り、そのまま相手の状態を確認する。

 斧の一撃は完全に肩を砕いていたようだ、左肩は大きく裂け、体から半ば分離している。

 傷口からは、緑色の液体が溢れ出し、その断面からは僅かに骨の様な物が覗いていた。

 この傷を負っていたのが人間なら、確実に生きてはいられないだろう。


「うげ・・・・・・見なきゃよかった」


 想像以上に生々しい光景に、胸に吐き気が込み上げてくる。

 この光景を作り出したのは、自分。正直あまり気持ちのいいものではない。

 とはいえ、徘徊者を無事倒せたことに安堵する。だが。


「バカッ離れなさい!まだ死んでないわよ!!」


 既に戦闘を終えた気でいる梗汰とは違い、瞳は焦った様に声を出している。

 たとえ生きていたとしても、あそこまで体が損壊していれば動くのは無理なはずだ。一体、何を慌てているのだろうか。

 梗汰は瞳のほうを振り返り、判断を仰ごうとする。


 ・・・・・・ぶつん


 何かを千切るような音がした。


「え?」


 即座に振り返る。


「んなッ!」


 動けないはずの徘徊者が平然と起き上がっていた。

 両足の戒めは既に解かれている。

 

(左腕が・・・・・、こいつ!自分で引き千切ったのか!!)

 

 徘徊者はワイヤーの戒めから開放された右手で、千切れかけていた左肩を完全に引き千切ったようだ。

 さっきまでは確かに血が出ていたはずなのに、たった梗汰が今つけたばかりの傷からの出血は既に収まっていた。


 徘徊者が首を動かす。目隠しによって目は見えないはずだが、その目線の先にははっきりと梗汰が存在していた。


 次の瞬間、徘徊者の手が瞬く間に地面に転がっていた剣を掴み、高速で動いた。それは梗汰に向かって勢いよく突き出される。

 徘徊者は梗汰を殺そうと、その生命を絶ち地下遺跡アンダーワールドから排除しようとしてくる。


 ―― まずッ・・・・・・!!


 だが、それを喰らうわけにはいかない。

 梗汰は地霊を集めすぐさま土壁を展開。徘徊者と自分との間を仕切るが。

 

「あがッ」


 引き攣った悲鳴が梗汰の口から漏れた。

 梗汰の手から零れ落ちた斧槍が地面に転がった。

 でこぼこの剣を伝い、梗汰の血が地面を濡らす。


 壁を貫いて現れた剣先が、梗汰の脇腹に突き刺さっていた。その傷口から湧いて出る引き攣るような痛みが、梗汰の思考を掻き乱す。

 痛みで完全に集中力を欠き、土壁が地面に吸い込まれる様に消えた。


 梗汰を守るものは、何も無くなった。





「ッこんのバカ!」


 瞳の視界には、脇腹を刺し貫かれたまま、力なく地面に膝をつく梗汰が映っていた。


(あれ程油断するなと言ったのに!!)


 否でも応でも最悪の事態を想像してしまう。


 瞳は右手を徘徊者ルートキーパーに向けて突き出し、周囲の火霊を従える。

 瞬時に膨大な火霊が瞳のてのひらに収束。

 集まった火霊は、自分達が解き放たれる瞬間を、今か今かと待っている。


「飲み込め!!」


 瞳の叫びが火焔となり、通路に溢れた。

 解き放たれた火霊が、大気を焦がす圧倒的な熱量と輝きとなり、瞳と梗汰以外の射線上の全てを飲み込みながら徘徊者へと襲い掛かる。


 徘徊者が火焔に飲み込まれたのを確認すると同時に、瞳の足元で圧縮された火霊が爆炎を上げた。

 瞳はその爆風に乗り飛翔、空気中に爆発的に広がる炎と共に一気に距離を詰める。

 その炎が自身を傷つけることは無く、発生した衝撃も障壁が防ぎ、自身の高速移動を可能にさせた。


「・・・・・・・・・・・・・!」


 瞳はそのまま距離を詰め、一気に決めるつもりだったが。すぐ背後に、火霊を通し新たな熱源を感知。

 空中で爆炎を新たに発生させ急遽方向転換、天井に着地する。

天井に足をつけている一瞬の内に後方を振り返り、熱源を瞬時に視認。


「っく、ここで二体目とか、なんて面倒な・・・・・・」


 そこから見えたのは、真っ白な肌の異様な容姿。

 背後から迫り来る二体目の徘徊者を、瞳は捉えた。

 恐らく、何度も発生した轟音に反応し、この場に向かってきたのだろう。

 1m程度の斧を両手に構えており、どう見ても戦闘態勢に入っている。


 足をつけていた天井が爆発を起こし、瞳はすぐさま二体目へと飛んだ。


(・・・・・・この状況での挟撃きょうげきは最悪だわ。速攻で二体目を処理し、梗汰を救出、それが最善。頼むから粘りなさいよ・・・・・・梗汰)


「はぁああああ、爆!」


 瞳が天井を蹴ると同時に背後の空間が爆発、押し出されるように宙を飛ぶ瞳は、雄叫びと共に両手に炎を纏わせる。

 以前梗汰に使用したものとは違い、瞳の手を中心とした円の中には、高密度の火霊が渦巻いている。そこに大量に存在している火霊の構成に、無駄は無い。


 徘徊者は、迫り来る瞳に目にも留まらぬ速さで斧を繰り出す。が、斧は瞳の拳に当たる寸前で火に包まれ、徘徊者が握っている部分を残して燃え尽きた。燃えカスすら遺さない完全なる焼滅しょうめつ

 更に追撃として相手の足元から炎を発生させるが。それは、相手を燃やし尽くす前に消えてしまう。


(やっぱり、寸前で術の干渉が弱まるわね・・・・・・だけど)


 視界の端から瞳を狙う二本目の斧を、瞬時にバックステップで躱す。目の前の空間を斧がよぎった。

 徘徊者は返す刀で追撃を放つが、瞳は完全にそれを補足。その攻撃を当てる直前に手首を掴まれた。


 爆発。

 炎を纏った手に掴まれた徘徊者の手首は巻かれていた革ごと吹き飛ぶ。

 瞳の炎は、減衰したとはいえ腕を吹き飛ばすには十分な威力を秘めていた。


 徘徊者は全力で腕を震わせ、瞳の手から抜け出ようとするが。

 瞳の膂力りょりょくがそれを許さない。

 炎に焼かれ続けるという地獄から逃れようと、徘徊者はもう一方の手で瞳を殴りつけるが、高速で瞳に迫る拳は、それよりも速く動く手により阻まれた。


 再び爆発。

 唯一残っていた腕も吹き飛び、徘徊者の細長い両手は完全に消え去った。


 「その程度の対魔障壁で、これを全て防ぎきれるかしらッ!」


 掴んでいる両腕を起点とし湧き上がった炎が徘徊者の全身を包み込む。

 精霊の構築が相手の対魔障壁により順次解除されるが。予め拳に収束され、そして今尚生み出され続けている炎の塊は、対魔障壁の干渉速度を遥かに凌駕した。


 一際強く炎が湧き上がり、より鮮やかに周囲を照らした。


 瞳は徘徊者から手を離し突き飛ばす。

 両手を吹き飛ばされ、全身を隈なく焼かれた徘徊者は音も無く地面に倒れ伏した。

 炭化し、手首から先の無い両腕が力なく地に投げ出される。


(やっと一体、後は・・・・・・)


 ズゥウン・・・・・・

 突如発生した地響きが瞳の思考を中断させた。


「梗汰ッ!」


 そこには、全身が滑らかな黒に覆われ、尻尾を生やした人型の何かが徘徊者の頭部を掴み、激しく壁に押し付けていた。その背後には小規模なクレーターができている。


 その漆黒の手に掴まれている頭部は完全に潰れ既に原型は無く、半ば壁にめり込んでおり周囲には頭部らしき物の欠片がこびり付いていた。


 徘徊者は、誰がどう見ても完膚なきまでに戦闘不能に陥っていた。

 この状況からしてあの黒いのが徘徊者を倒したというのは明白。

 だが、ついさっきまではあのような奴は確かにいなかった。

 あれは通りすがりの探索者ダイバーなのだろうか。


(いや、あれは・・・・・・梗汰?)


 その黒い人形ひとがたからは強い地霊の反応を感じる、十中八九梗汰。

 地霊の反応がなければ、それが梗汰だとは分からなかった。それほどまでに異様な姿。


「一体何が・・・・・・」



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