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「んじゃ、またなー」
「はいはい、またね・・・ふわぁ」
挨拶を終えると、瞳はさっさと行ってしまった。
その後姿は、少しフラフラしている。
「随分と眠そうだな、大丈夫かよ・・・・・・」
フラフラとした瞳の状態に、梗汰は少し心配になったが。
そのまま瞳が見えなくなるまで見送ると、梗汰も自宅へ向かって歩き出した。
梗汰は部屋に着くと、荷物を置きベッドの上で軽くストレッチをした。
背骨がバキバキと鳴る。
「うーん、車とは違って馬車での移動は疲れるなぁ」
バタン
そのまま梗汰はベットに倒れこむ。
「ぁー、良い気持・・・・・・」
移動の疲れか、すぐに眠気に襲われた。
「・・・・・・やべ、服着替えてないや・・・・・・まぁいいか」
激しい睡魔に抵抗できずに、毛布を被ると直ぐに梗汰は眠りに落ちた。
★
「朝ですよー!」
快活な声と共に、体が揺らされているのを感じる。
「・・・・・・おひるすぎまで・・・・・・おねがいします」
うつ伏せで眠っていた梗汰は、声の相手に目も向けず、だるそうに返事を返した。
今の梗汰は、自分が何を言っているか意識していないだろう。
「お昼近いですよ!もうっ」
声の主は尚も梗汰を揺さぶり続ける。
その声は段々と大きくなっている。
(眠すぎて全てがだるい・・・・・・しばらくすれば・・・・・・諦める、だろ)
「むー、そんなに寝ていたいんですか?」
「んー・・・・・・」
「仕方ないですねー」
その声には何かを楽しむような感情が含まれていた。
「それじゃ一緒に寝ましょうか」
掛け布団が捲られた。
(・・・・・・ん?)
「お邪魔しまーす。コータさんのお布団は温かいですねー」
何か温かいものが体にくっ付いたを感じる。
(んぁ・・・・・・なんだ?)
うつ伏せのまま声の聞こえた方を向くと、目の前にサイラの顔があった。
「あ、おはようございます」
梗汰が振り向くのを確認すると、サイラは寝そべったまま元気よく挨拶をした。
(・・・・・・えーと、落ち着け、落ち着くんだ)
梗汰は落ち着いて現状を把握しようと努めた。
依然としてサイラは、梗汰の隣で毛布に包まっている。
急速に意識が浮上する。
そして当然、梗汰は現状に驚愕し飛び起きた。
体に感じていたサイラの熱が無くなった。
「どどどどどうして!え?てか、何をしてんの!?」
「え?コータさんが起きないから、一緒に寝ようと思って」
尤もな梗汰の疑問に、サイラは笑顔で答えた。
「は?えぇ・・・・・・」
”起きない”と”一緒に寝る”が、なんで=で結ばれるのか。
梗汰は混乱のあまり、意味不明なことを考えていた。
「昨日のうちに帰ってきたのに、なんで会いに来てくれなかったんですかー?」
どうやらサイラは、昨日のうちに会いに来てくれなかったことが不満のようだ。
「いやー、長い移動で疲れちゃっててさ、部屋に戻ったらすぐ眠くなっちゃったんだ・・・・・・ダメ?」
その言葉にサイラは笑顔で答える。
「ダーメ」
惚れ惚れするような気持のいい笑顔だ。
「あ、あはは・・・・・・ごめん」
「分かってくれたならいいです」
(つーか鍵かかってたよな・・・・・・あ、この前の合鍵で開けたのか・・・・・・)
「目は覚めましたか?」
「お陰さまで目はすっかり覚めたよ・・・・・・」
「それはよかったです。では、一緒にご飯を食べに行きましょー!」
「はは・・・・・・そうしよっか」
「はい」
(ふぅ、とりあえず着替えるか)
タンスから着替えを出し、上着を脱ぎ着替えを開始。
と、そこで気付く。
「サイラさん・・・・・・部屋から出て待っていてくれませんか?」
「え?大丈夫ですよ。ちゃんと見てますから」
「全然大丈夫じゃないです・・・・・・」
なんとか説得して、着替えの間は部屋から出てもらいました。
★
「これ美味しいですねー」
「うん、意外と美味しいかも。このソースが良い感じだ」
現在二人は屋台で買った、肉と野菜を生地で挟んだケバブの様な物を食べていた。
「ここら辺は色んな屋台があるから、ローテーション組んで食べていけば味に飽きないかも」
実際この町の騎士も、屋台やパブで朝食を済ませている場合が多い。
そのため、朝から昼にかけてと、夕方の露店街は毎日人でごった返している。
梗汰達は、店の種類の多さに目を奪われながらも、少しずつ王宮に向かっていた。
「あっ」
話しながら食べ歩きをしていた所為か、サイラが通行人の一人とぶつかってしまった。
サイラはぶつかったはずみで後ろに倒れこんでしまうが。
―― 一瞬、柔らかな風が梗汰の体を撫でた。
サイラは一瞬滞空し、地面に尻餅をつく前に宙に投げ出された手を掴まれた。
梗汰にはそう見えた。
(なんか違和感を感じたけど、気のせいか)
「大丈夫ですか?」
手の主からサイラに、優しい声が掛かる。
「す、すみません!ありがとうございます!」
サイラは差し出された手のお陰で、地面に倒れることは無かった。
そのまま手を引かれ、サイラは無事に上体を起こす。
「気にしなくて結構ですわ」
透き通った上品な声だ。
「あ、あのっ、あなたにお怪我は?」
「大丈夫ですわ。こちらのことはどうぞ気にせずに」
(綺麗な人だなぁ、それにとても上品な話し方だ)
身近に居ないタイプの女性に、梗汰は一瞬目を奪われてしまう。
綺麗な栗色のロングヘアーが印象に残る人だ。
「次からは気をつけて歩きなさいね」
そう言ってサイラの頭を軽く撫でると、すぐに人ごみに紛れて行ってしまった。
「綺麗な人だったな」
「そうですね・・・・・・」
サイラの声からは、なぜか機嫌の悪さがにじみ出ている。
今のでどこかに怪我でもしたのだろうか。
「どうしたんだサイラ、今ので怪我でもしたか?」
「いえ、それは大丈夫です。それよりコータさん、鼻の下伸びてましたよ?」
「は?っえ、嘘っ!」
慌てて顔を触る。
「っふ」
サイラはしてやったり、といった表情を浮かべている。
(しまった・・・・・・釣られた)
「やっぱりそういう目で見ていたんですね」
「そ、そんな分けないだろ、綺麗な人だったからちょっと気になってただけだよ!」
「大きな胸でしたよね」
「うむ、そうだったな」
「「・・・・・・」」
賑やかな人ごみの中、梗汰には自分達の回りだけ、空気が凍った様に感じられた。
なんだか周りの声が遠く聞こえる。
(・・・・・・やっちまった)
サイラの笑顔が・・・・・・怖い。
「そ、そうだ。デザートに、なんか食べようか」
「食べ物で釣ろうだなんて、がっかりです」
(う、痛いところを突かれたぞ・・・・・・。ここでの下手な言い訳は立場を悪くするな・・・・・・)
「じょ、冗談だよ冗談。でも、見たっていいじゃない!オレだって男だもの!」
その言葉に、サイラはややひいた。
「ぅゎぁ・・・・・・、ぶっちゃけましたね」
もうここまできたら後には退けない。
別に疚しいことなど無い、”あれは仕方なかったのだ!”と梗汰は思うことにした。
依然として、サイラの視線は冷たいままだ。
「ま、まぁいいです。さっきのは無かったことにしてあげます」
梗汰の意味不明な決意を余所に。サイラはおふざけで変に梗汰を追い込んでしまった事を、軽く後悔していた。
(な、なんとか凌いだぞ・・・・・・)
なんだかとても虚しい。
「では、デザートを食べに行きましょー」
「ぇ?」
サイラには、高めの値段のお菓子を沢山買うことになりました。
★
午後、術師館。
「何しに来たのよ」
「いや、なんとなく。特にやることも無くて暇だったし」
「あんたねぇ・・・・・・」
瞳は片手を腰に当て、がっくりと下を向き、ため息を付いた。
もう一方の手には書類の束を抱えている、どうやら何かの作業中だったようだ。
「・・・・・・まぁいいわ。これからちょっとやることも有ったし、手伝ってもらうわよ。暇なんでしょ?」
瞳はそう言うと、紙とペンを取り出し机に置いた。
「別にいいけど。なんか書くのを手伝うのか?」
「違うわよ。あなたの能力の規則とか、干渉出来る範囲をそこに書きなさい。あたしはその間に準備をするわ」
(自分の能力を書く?それを見てアドバイスでもくれるのかな?)
瞳はピンと指を立て、説明を始めた。
「自分の能力を書いて、それを改めて確認することは、自分の力を理解するのにも役立つの。これは昔の精霊術師は子供の頃から誰でもやっていたみたいね。子供の頃には色々な事に影響を受けるから、それを理解するって事は大切なのよ。現在はあまり使われてないやり方みたいだけど、あたしはいい方法だと思うわ」
幼い頃から家の教えに従って、術の扱いを習う精霊術師の子は、ほとんどが親の性質をリスペクトし、それと似たよう性質になることが多い。
そのため現在の精霊術師の家では、殆ど使われていない。
「ほー、なるほどね。そう言う事ならやってみるか」
早速梗汰は、席に着き書き始めた。
梗汰は精霊術師の会合の期間の合間に(と言っても僅かな時間だが)、自分の精霊術を至焔や瞳に見てもらい、それについての話を聞いたりしていた。
その時に新たに分かったこともあり、梗汰はそれを含めて書くことにした。
(うーん、しかしこうやって改めて考えてみると、なかなか思い浮かばないもんだな。とりえず書けることだけさっさと書いちゃうか)
―――――― 【現在の地霊術のルール 梗汰】 ――――――
1.梗汰が地霊術で発生させた物質は、それを自分で還元しない場合、発生から約一日で消滅する。力を加え続けている場合は別である。
2.元々存在する物質の形を、質量の増加をせずに変えるだけなら、その効果は持続する。
3.1のルールにより、相対的に見てこの世界の物質量は、梗汰の地霊術によって変動しない。
4.精霊を使っての重さの肩代わりは、梗汰が力を加え続けている間しか持続しない。
5.梗汰が”無理だ”と思ってしまっている物には、意識改革が起こらない限り干渉することが出来ない。
6.元の世界の知識と発想は力になる。
―――――――――――――――――――――――――――
(今思い付くのはこんなところか。昨日干渉できる範囲は増えたって言われたけど、”本”は相変わらず形を変えることが出来ないし。それはやっぱり無理だって思っちゃってるからかね。やっぱ地霊術での変形=鉱物ってイメージが強いからなぁ、重さの肩代わりとしての干渉なら出来るんだけどなぁ)
梗汰には、本は大枠で見ると大地に属する物と思えるが、その姿形への干渉は、”鉱物と違って無理”、そう判断している。
(せめて木のままだったら、まだやれる気がするんだけどなぁ)
「終わった?」
そうした思考にふけっていると、瞳から声が掛かった。
「ん、ある程度は出来た感じ。見る?」
ルールを書いた紙を瞳の目の前に出す。
しかし、瞳はそれを受け取らない。
「あたしに見せなくても良いわ。むしろそれは誰にも見せてはダメよ」
「なんでだ?」
「なんでって・・・・・・、あなたはちょっと抜けてる部分があるわね」
「?」
「そこに書いてあるのはあなたの力の規則。それはそのまま弱点となるわ。だから自分以外に知られてはダメよ」
「ぁー、そう言う事ね」
瞳の言うのも尤もな事だった。
「なら、この紙は自分で持っていることにするよ」
紙をキッチリ折りたたみ、ポケットに突っ込む。
「それが良いわ。でも、一番良いのは処分することね」
「まぁ、後で気が向いたらそうする。んで、手伝ってもらいたい事ってなんだ?」
その言葉を待っていたかのように、瞳は笑みを浮かべた。
「魔物の討伐よ」
色々起こりそうです(’’