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「・・・・・・・・・・・・で・・・・・・」
「だ・・・・・・・・・・・・」
声が聞こえる、誰かが話している声だ。
もっとよく声を聞こうと梗汰は意識を引き上げる。
「・・・・・・・・・・・・ったろう?最初からアズールに任せておけばよかったと」
「でもー、アズールさんは今どこかに出かけているじゃないですかー、その間にコータさんが風邪とか引いたりしたら大変じゃないですか」
「しかしだな・・・・・・さすがに私達だけでコータを介抱するのはどうかと思うぞ」
っえ?着替え?私達だけ?
あれ、オレそういえば風呂場で・・・・・・うぅ、考えようとすると思考がぼやける。
「いいんですよー、こんなのはささっとやっちゃえば、すぐ終わりますよ。それにこんな状況で起きちゃったら困るんじゃないんですか?」
「う・・・・・・まぁ、そうだな。私達でやってしまうか」
やってしまうって何をですかニーナさん!
「あっ、また鼻血出てきましたよ!」
「なんだと、うぅむ、こういうときはどうすれば良いのかは分からないが、とりあえず血を拭いて体を温めるか」
梗汰は”まってくれ”と声を出そうとしたが、それは声にならず、梗汰の意識は再び沈んでいった。
★
「ふわぁ~、あーよく寝た、お、アズールさんか、おはよう」
「ふぅ、おはようございますコータ君、お風呂場で倒れたんですってね」
「ぁー、そいうえばそんな記憶もある」
「まったく、体調管理ぐらいしっかりしてほしいものですね」
「ぅ、すまん、急に反動らしきものがきちゃってね」
ふぅ、と困ったようにアズールが再びため息をついた。
「まぁ、いいでしょう、貴方のことを解放してくれたサイラさんとニーナさんに感謝しておくことですね」
ん・・・・・・?開放?かいほう・・・・・・介抱!風呂場で倒れたオレを・・・・・・あ!ああ!!
梗汰は当然の結果に思い当たった。
オレ・・・・・・裸だったよな、いや、当たり前だが。
うおおおおおおお、はずかしいいいいい。あいつ等と顔合わせらんねーかもしれん・・・・・・まさか裸を晒すことになるとは。しかも年頃の女性に・・・・・・。
「・・・・・・一生の不覚」
「はいはい、そういうのは一々気にしていたら切りがありませんよ、すぱっと諦めて、御礼を言うことですね」
「・・・・・・そーだな」
「そろそろ朝食のようですし、下で皆さんも待っているでしょう、行きますよ」
「・・・・・・りょーかい」
朝食の場は、一階の大広間の一つだった、その部屋には沢山のテーブルが配置されており、中央に配膳されている料理をバイキング形式で自由に食べる感じになっていた。
部屋に入り辺りを見回すと、隅の方のテーブルにサイラとニーナが居るのを発見した。
向こうはまだこっちに気付いていないようだ。
「アズールさん、先行ってもらえますか」
「はいはい、分かりましたよ」
そう言うとアズールはサイラ達のテーブルにさっさと行ってしまった。
「あ、アズールさんおはようございます」
「おはよう」
「はい、おはようございます」
「・・・・・・」
じー
みんなの視線がオレに集まるのを感じる。
「お、おはよう」
「コータさんもおはようございます」
「・・・・・・おはよう」
やばい、空気がオレとニーナの周囲だけ重い気がする。
この状況をなんとかせねば・・・
「あ、あはは、昨日は倒れちゃったオレのこと介抱してくれたんだってね、ありがとね」
ブンッ
ものすごい勢いでニーナがこっちを向く。
「お前と言うやつは・・・あのタイミングで気絶するなんて、部屋に着くまで我慢できなかったのか!どんな気持で介抱したと思っているんだ!ああああああっもう!思い出すだけで恥ずかしい!!」
「いやぁ、それは悪かったと思うけど、気絶するタイミングなんて自分で分かるわけないだろ」
「男なら気合で持ちこたえろ!」
「でも、ニーナさんも最後にはノリノリだったじゃないですかー」
「おまっ、何かオレの体に変なことしてないだろうな・・・」
「するわけあるかー!サイラも変なことを言うな!私達二人で一生懸命介抱したじゃないかっ」
「はい、私達ノリノリで介抱しました」
「そうか、一生懸命介抱してくれたのか」
「はいっ」
ニコッ
なんて眩しい笑顔なんだ、直視できん。
隣に居る禍々しいオーラを出しているニーナとは大違いだぜ。こっちも別の意味で直視できねぇ。
「おい、なんでサイラの言葉だけちゃんと理解するんだ・・・・・・」
「いやー、そっちのが面白いし」
「おぁおまあぁあぇええええ、そんなに・・・・・・わたっ、私をいじめるのがそんなに面白いのか・・・・・・?」
最初の勢いはどこへ行ったのか、ニーナはずぅぅんと沈んでしまった。
やべ、ちょっといじりすぎたかもしれん、目潤んでるし・・・・・・。
「あーごめんごめん、ちょっとからかっただけだって、介抱してくれて感謝してるよ」
「・・・・・・ほんとか?」
「うんうん、ちゃんと感謝しております、はい」
「・・・・・・そうか、ならいいんだ!お前の体を拭いたりするのは大変だったんだぞ」
「ほとんど私がやりましたけどねー」
「だって!仕方ないだろう、そ・・・・・・そのっ、男性の裸なんて親以外には絵でしか見たことないんだ・・・・・・」
すっかりいつもの元気を取り戻したニーナは、誰も聞いていないのに、なぜか自分のことを話し始めた。かなりてんぱっている様だ。
まぁここは大人としてフォローしてやらねばな。
「まぁ、その辺はオレが悪かった、嫌な思いをさせてごめんな」
「う、うむ、分かればいいんだ」
「私は別にかまいませんけどねー」
さりげなくサイラが変なことを言ったが多分冗談だろう。
まぁ、家族の裸とかに興味がないのと一緒だよな、な?
ここでお風呂での話は一段落し、梗汰も自分の取り皿に沢山の料理を詰め込み食べ始めた。
途中、梗汰がお代わりをしに席を外した時に、ニーナがコータの飲み物にカルラの実の絞り汁を投入し、さっきの仕返しとしてイタズラをするという事件があったが、それはまた別の話である。
★
朝食を終えた梗汰達は、各自荷物を持って宿のエントランスホールに集合していた。
「さて、これから梗汰は私と行くところがありますので、礼装を買いに行きましょうか」
「あれ?私はついていけませんか?」
「すみません、残念ながら今回はお留守番ということで、ニーナさんと買い物でもしていてください」
「分かりましたー」
「ふむ、そういう訳なら仕方ないな」
「ニーナさんは、そういう状況にならないと私と一緒に買い物をしたくないってことですかー?」
「ち、ちがっ、違う!これはだな!大人として一応言っておくべき言葉というのが在ってだな、建前とはいえ、そう言うことが威厳とかそういうのに影響していくんだっ、だから、だからな、サイラと一緒に街を見て回るのは、うん、私としても悪くないことではある」
威厳もなにもあったもんじゃねーな・・・・・・今のセリフで台無しだよ!
それにしても、サイラも大分ニーナのいじり方が分かってきたようだ。恐ろしい子っ!
「・・・・・・素直に一緒に買い物できて嬉しいって言えばいいのに・・・・・・」
「何か言ったか?」
さっきまでサイラの方を向いていたニーナが一瞬でこっちに顔を向けた。
おい、今の首の動き、なんかどんどん早くなってないか・・・・・・つーか普通にこえぇ。
「な、なんでもありません」
「よろしい」
と、そこでアズールから声が掛かる。
「あー、ニーナさんは梗汰さんの方の用事が終わり次第、話があると思いますので、そちらの準備もよろしくお願いします」
「うむ、了解した」
あーそういえば、変成器の取引となんかの交渉とかあるんだっけ。
上手くいったらとでなんか奢ってもらおうってのは、大人としてアウトな考えかな?
「はい、ではまた後ほど集まりましょう、こちらの話は伸びないとは思いますが、一応お昼頃を終了の予定としていますので、そのときにこの宿の前に集まりましょうか、ニーナさんとの話はその後で行いましょう」
「うむ、了解した」
「わかりましたー」
そして、オレ達とサイラ達は分かれた。
アズールに連れられるようにして梗汰は繁華街の方へ歩いていった。
★
アズールが見立てたのは黒いスーツの様なものであった、ただ、もといた世界との違いは、布地がごわごわしている、マントが付いている、その二点である。
騎士などは、騎士団で配給された鎧などが正装にあたるらしいが、梗汰にはもちろんそんなものは無い。
へー、これが礼装なんか、もっとごついのを想像してたんだけどな、意外と普通なんだな。
そうアズールに言うと、「わざわざ見知らぬ外来者と会うのに、向こうに万全の装備をさせる理由があります?」と返された。
なるほど、確かにこのスーツ系列だと頑丈な防具などは持ち込むことはできないだろう。
「さてコータ君、これから貴方が会うのはこの国の王です」
「っえ!?ほんとかよ!なんでそんな偉い人と・・・・・・」
「私は最初に貴方と会ったとに、探知魔法で詳しい場所は分からなかった。と言いましたが、実はそうではないのですよ」
「え」
「私は最初からあの森にあたりをつけてあの家に行ったのです、王の勅命でね。私以外の捜索隊が出ていると言ったのも嘘です。この国の探知魔法の精度と数は伊達ではないんですよ、複数の探知術式を配置することにより、一つの探知魔法だけだと誤差が出るような場所であっても、それらの情報を合わせることによって正確な位置が割り出せるのです」
アズールはそこまで言うと、念を押すようにもう一度言った。”最初から貴方にあたりをつけていたと。
「なんでそんなことをしてまでオレを?」
「確保の対象と派遣の数を伏せることで警戒されないようにしたんですよ」
「そうだったのか・・・・・・」
「最初から、貴方だけを確保しにきました。と言われたら全力で拒むでしょう?」
確かに。
なるほど、最初からオレが腹の探り合いで戦えるレベルじゃなかったという訳か。
というか戦いの場にすら、オレは立てなかったということか・・・しかし
「でも、なんで今そんな話を?」
「それは、今の貴方には覚悟が足りていないからですよ、これから貴方は、恐らくとても深いところまで聞かれるでしょう、貴方の存在について、とかね」
一瞬寒気がした、まるで全て見透かされているみたいだ・・・・・・・梗汰は背中に嫌な汗を感じた。
「因みに、サイラさんを連れてこなかったのは私からの配慮です」
「・・・・・・なに?どういうことだ」
「私は最初から貴方を確保しに行きましたが、サイラさんは最初から予定外、本来関わるべき人ではなかった」
「・・・・・・」
「それだけじゃないですよ、サイラさんが交渉材料として使われる可能性もあったことに気付かないんですか?貴方は」
「・・・・・・!!」
そうだ・・・確かにオレと一緒に僅かな時間を過したサイラは、その存在が相手に知られたら、最悪なんらかの交渉の人質として使われる可能性もあった。相手が狡猾な奴なら、仲が良くても、ただの知り合いだとしても関係ない、それら全てをなんらかの材料として使う可能性がある。
「そうか、そうだったのか・・・・・・悪いな、アズールさん」
梗汰の頭の中はさっきまでの買い物気分の状態から、一気に冷静な状態へと移行した。
表情も硬く、雰囲気も冷たく感じる。
”それでいいんですよコータ君、ここに居る間は誰も信用してはいけませんよ。ふふ、私もたったあれだけの旅で情でも移りましたかね。まったく、私もまだまだ修行が足りませんね”
梗汰は気付いていなかった、ここでそのようなことを伝えてきたアズールの本当の優しさを。
今この事実を梗汰に伝えることに、この国に所属するアズールにメリットはない、むしろデメリットでしかないだろう。
今のアズールの話を聞き、梗汰は自分の心を、これから話す全ての相手に対して閉ざし、まるで籠城戦の様に接するだろう。
だがそれでいい、今までのような甘い意識だと、梗汰にとって最悪の状況に陥る可能性がある。それに対しての注意を喚起する意味で、アズールは、今この時に、梗汰に、この事実を伝えたのである。
それは、多分アズールからの最後の贈り物。
梗汰がそれに気付いても気付かなくてもアズールには関係ない、アズールはこれからの話が終わった後、もう梗汰に会うつもりはなかった。
「さて、王宮に着きました。行きましょう、王の下へ」
王宮への道の両脇には騎士が列を成して並んでいる。その奥には門が在った。
厳かなその門は、王宮と街とを明確に区切っている境界と言えよう。
今の梗汰は何に対しても過剰とも言えるほど慎重になっていた。
両脇の騎士は、まるでここを通る者を値踏みしているような感じすらする。
王宮の門が、開かれる。