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王都までは一本道、あたり一面に広がる平原の中にこの一本だけ茶色い土が均されているだけだった。
「そういや、アズールさんは騎士団に所属しているんだっけ」
「そうですよ、それがどうかしました?」
「いやー、そう見えなくてさ。剣とか武器も持ってないし」
「あぁ、そういうことですか」
アズールの服装は最初見たときと同じ金属製の胸当て以外は少し高級そうな布の服、皮っぽいブーツ、普通の旅人のような出で立ちである。武器の様な物を持っているようには見えない。
騎士団ってもっとゴツゴツした鎧をつけているのを想像してたんだけどな。
「私は剣や槍なんかが苦手でしてね、コレを使わせてもらっていますよ」
そういうとアズールは、梗汰の前に高速で右手を出してきた。
「うおっ、あぶねえ」
「大丈夫ですよ。刺したりしませんから」
アズールの手にはいつの間に取り出したのか、15cm程度のナイフが二本、刃の部分を指の間に挟むようにして柄の部分を梗汰に差し出してきた。
「どうぞ」
思わずナイフを一本受け取る。
「刃の部分は危ないので触らないでくださいね」
「りょーかい」
ずいぶんと軽いな、それに良く切れそうだ。
いや、ナイフとか全然わからんけどね。
「ぁー、ナイフを使うってことは分かった、ありがとね」
「いえいえ、これでも一応騎士なので、勘違いされると困るのでね」
「勘違い?」
「ええ、そうです。自分の身も守れないんじゃないか、とかね」
ヒュン、とナイフを振ったかと思うと次の瞬間には無くなっていた。
「なるほど」
ナイフ遣いって訳ね。
それにしても今の動き、微かに見えただけだったな。
「まぁ、すげぇってことは分かったよ」
「それはよかった」
「まぁ、一般人の言うことだけどね」
梗汰はおどけたように言う。
「まぁここら辺の”魔物”の巣などは、騎士団によって定期的に駆除されているので心配しないでください」
魔物・・・・・・ね。
「ということは、居るってことか」
「まぁ、そう言うことになりますね」
「あー!あれはなんですか!」
サイラの声に反応し話中の二人ともサイラの見ている方を見る。
かなり遠くに黒い何かがいる。
梗汰の機能向上されている視力で、それは、はっきりと見ることが出来た。
道とは外れた方向のここから1km前後位だろうか、2m位の黒い毛の狼のようなモノが一匹、地面に倒れている何かを食べていた。
「ん?なんだありゃ」
「・・・・・・あれは」
「おっきい狼さんですねー」
「なんでこんな所に・・・・・・」
「あれがどうかしたのか?」
「あれは、魔狼の一種でしょうね。通常は群れで行動するはずなのですが、後で報告しておかないと」
それは、こちらに気付いた様子は無く、一生懸命地面に向かって口を動かしていた。
「何喰ってんだろ、あれ」
「おっきいですねー」
「恐らく、エサとなる魔獣や獣が駆除され空腹状態になり、群れからはぐれここまできたのでしょう。それにしてもあれ程大きい個体は初めて見ましたね」
「どうします?」
「気付かれていない様子なので、さっさと先へ進んじゃいましょう。少し走りますよ」
「わかりました!」
「了解」
梗汰達は急いでその場を立ち去った。
★
それから十五分ほど後。
「いやー、まさかあんなモンを見ることができるとは、ちょっとラッキーだったかも」
動物園でライオンを見るのとは違うなぁ。
梗汰は野生の凄さと言うものを目の当たりにした気がした。
「私が住んでいた森の近くでは、あんなの一回も見ませんでしたよ?」
「あの付近は、森が小さな聖域のような役目を果たしているようで魔獣は近寄らないんですよ。まぁ、その神秘性故に森の開発もできないんですけどね」
「へぇ~、そうなんですかー」
「まぁ、襲われなくて何よりですね」
「確かにあんなのと向かい合いたくねーな・・・・・・」
「おっきかったですしねー」
サイラさん、さっきからそればっかりですよ。
・・・・・・大きな獣が好きなのかな。
「後どれくらいで着くんですか?」
「んー、このままのペースだと完全に日が暮れる前には着きそうですね」
「そうですかー」
「今夜は王都で一泊して、明日の朝に用意をして会いに行く感じですかね」
「なるほど」
その時、梗汰に耳に何かが聞こえた気がした。
「・・・・・・・・・・・・れ・・・・・・」
「ん、今なんか聞こえなかったか?」
「はい?私には何も聞こえませんでしたよ」
「私もですね・・・・・・む、ちょっと待ってください」
そう言ってアズールは後ろを向く。
「あれは・・・・・・馬車、ですかね」
「どうかしたのか?」
「なんです?」
二人とも釣られるようにして足を止め振り返る。
今は遥か後ろにだが、馬車が一台こちらに向かって走ってくるのが見えた。
どうやら何かに追われているようだ。
ここからだと馬車が邪魔で後ろに何が居るのかは分からない。
梗汰は嫌な予感がした。
おいおい、まさかさっきのアイツじゃないだろうな。
「誰か助けてぇ!」
今度は誰の耳にもはっきりと聞こえた。助けを呼ぶ声だ。
「おい、なんだかヤバイ状況みたいだぞ!」
「そうみたいですね・・・・・・」
そう言っている間にも、どんどん馬車との間隔は縮まる。
御者はどうやら女性のようだ。
尚も甲高い助けを呼ぶ声が辺りに響く。
「んっ、あれは・・・・・・!」
迫ってくる馬車の屋根の幌の部分に何かが飛びついた。
「さっきの、アイツじゃねーか!」
嫌な予感的中っすか・・・・・・。
それはまさしく梗汰達が先ほど確認した黒い狼、魔狼である。
馬車の速度は全力で大体20km/h、あの狼はそれより更に速いと言うわけか。
梗汰は手に嫌な汗が滲むのを感じた。
「どうするんだ、アズール!」
「今すぐ退避しましょう」
「任せた!」
「何を言っているのです。貴方にやってもらうんですよ」
「えっ」
「さぁきましたよ!」
馬車は既に目の前まで迫っていた。
梗汰達のすぐ目の前で、馬車をひいている馬の一頭が魔狼に食いつかれ倒れた。バランスを崩すようにしてもう一頭も足を止めてしまう。
馬車が急停止した。
グチャ バキャ
魔狼は馬の首に噛み付く力を入れた。骨が砕けるような音がした。
うげ・・・・・・グロい。
梗汰は思わず口を押さた。
隣ではサイラも目を背けていた。
「今のうちです、そこの御者さんこちらへ早く!」
「っひ」
その御者は急いで馬車を抜け出し走り出す。
「コータ君、その方を避難させてください!」
「どこに!?」
「塔ですよ、今すぐ塔を造ってください!」
なるほど、そう言うことか。
「了解、サイラ!馬を下りてこっちへこい、お前もだ!」
慌てて御者とサイラが梗汰の近くへくる。
「アズールさんも早く!」
「ちょっと待ってください」
アズールは馬車に繋いである馬を外し、逃がした。自分達の馬も同様にである。
その後すぐに梗汰の所まで走ってきた。
「コータ君、任せましたよ」
「・・・・・・最善は尽くす」
とは言ったものの、ぜんっぜん集中できねええええ。
極度の緊張のためか思考が上手くまとまらない。
急げ、どうしよう、来る、どうしよう、早く、喰われる、馬が食われてる、どうしよう、急げ!そんな言葉が頭に浮かび続ける。
魔狼はいつ馬に飽きてこっちに襲い掛かってくるか分からない。
落ち着けオレ!今まで通りにやればいいんだ、それだけなんだ!
梗汰は軽いパニックに陥っていた。
そんなとき、急に背中に暖かさを感じた。
「コータさん、落ち着いてください。コータさんならきっと出来ますよ」
サイラが梗汰の背中にぎゅっと抱きついた。
背中に感じる確かな温もり、急速に思考がクリアになる。
「ごめん、少し混乱してた」
「いえいえ」
サイラの笑顔が頭に浮かぶ、これを消させるわけにはいかないな。
ふと梗汰の顔にも微かな笑顔が浮かんだ。
ありがとなサイラ、お陰でリラックスできた。
「いくぞ!各自衝撃に備えてくれ!」
そのとき梗汰が思ったのは、自分達の安全、そして塔の絶対なる強度。
皆がしゃがんだ瞬間。
ガガガガガガガッ
梗汰達の足場が急速に盛り上がる。
3m四方の四角い塔が梗汰達を天まで押し上げた。その高さは優に10mを超える。
はぁはぁ、梗汰は激しく息をつく。
塔を造った疲れというより、あの状況の緊迫感に精神的に疲労したと言う感じだった。
慌てて造ったせいで、どのように造ったかをあまり覚えていなかった。
強度は大丈夫か?高さは安全か?みんな揃っているのか?
「おい!みんないるか?」
荒い息をつきながら確認する。
「えぇ、大丈夫です」
「コータさん凄いです!」
「あ、ありがとうございました。お陰さまで助かりました」
梗汰は御者を見る。
御者は予想通り女性だった。かなり若い、恐らくまだ十代だろう。
黒いローブで頭以外を覆っている。
「商品がちょっと心配ですけどね」
と、苦笑いを浮かべた。
どうやら商人のようだ。
「それにしても、コータ君もなかなかやりますね」
「なにが?塔のこと?」
「そうです、これは鉄ですよ」
言われて梗汰は足元を確認する。黒い、触ってみるとひんやりと冷たさを感じた。太陽の光を浴びて僅かに鈍い光を反射している。
梗汰が作り出したのは、正確に機材で切り出したかのような正方形の四角柱の塔だった。
「それに、今回も気絶していないようですし、精霊術を扱うのがどんどん上手くなっているようですね」
アズールは最初、本当に梗汰が初心者だと感じていた、梗汰がそう言ったのを信じたのではなく、昨日、壁を造って気を失った梗汰のことを分析し、確実にそうであろうと思っていたのだ。
しかし、今のこれを見せられると、自分の考えが外れたと思い知らされる。
(十中八九、あの時嘘をついたわけではないでしょう、そしてあの時の私の分析も間違っていないはず。ということはこの短期間で成長しているということですか。全く・・・・・・末恐ろしいですね)
梗汰自身も自分の変化を感じ取っていた。
これは元々あった力が馴染んできたという感覚に近い。
今回、身の危険を感じ急速に塔を創造することを迫られた梗汰は、リラックスしたお陰もあって、自分の力の流れを急速に意識することができた。地精の流れがスムーズに動くをのを実感したのだ。
これもサイラのお陰だな。
「しかし、あの一瞬でよくこれだけの塔を造れましたね、少し驚きました」
「鼻血はもう出ないんですねっ」
「・・・・・・それはもういいって」
しかし、塔の下にいる魔狼は今も馬を食べている。
依然として梗汰達危険にさらされているのには変わりない。
――――――― 世界の記憶 【魔物】 ―――――――
【魔源】
この世界に満ちている物質。
武器や物に使われることもある。
また、これを魔法を力の源とする術師も存在する。
【魔獣種】
魔源により体の一部まはた大部分を構成、もしくは侵食されている獣。
個体特有の特殊な力を持つことがある。
人型のをものを魔人と言う。
【魔人】
魔源により体の大部分または一部を構成されている人。
通常の人を超える力をもつ。
魔獣種同様個体特有の力を持つことがある。
おおよそ人型。
【幻獣種】
獣や魔獣とも違う生き物、高度な知能と強大な力を持っている。
人語が理解できる程の知能を持つ。
【幻想種】
人と話せるほどの知性を持つ生き物。
とても高度な知能を有し、その力は計り知れない。
上位世界に住んでいるとされる。
人型の者も存在する。
遭遇することは滅多にない。
【魔物】
知性を持たない、又は知性は有るが人に過剰に襲い掛かる魔獣種、幻獣種を総じて魔物と言う。