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雨女、話をする

雨女、話をする

「まず、なんて呼んだらいいだろうか……愛称などはありますか?」


ベッドから少し離れたところに椅子を置いたエミリオは、浅く腰かけ笑顔でそう問いかける。

愛称、と言われても、ニックネームになるような名前でもないし、苗字もそのまま呼ばれることが多かった。

黒い髪と黒い瞳を持った異世界の聖女、ヒカリ。

フェルセベス王国で知らない者はいなかったし、外交にも顔を出したことがあるので、近隣国の貴族の中にはヒカリを知る者もいるかもしれない。

そう思って中々口を開けないでいると、エミリオの奥から明るい声が響いた。


「んなもんお前、おじょーちゃんとか、レディとかていいだろ!」

「チッタは少し黙っててくれるかい?」

「お前いっつもレディだのハニーだのなんだのって呼んでんじゃねーか!」


がはがはと豪快に笑うチッタと、頭を抱えるエミリオ。

優しそうな男の人だとは思ったが、まさか女性に対してはとことん甘くて優しいタラシみたいな人なのだろうか……。

ヒカリの目が疑惑に染まり始めたのを見たエミリオは慌ててヒカリに弁明をはじめる。


「お嬢さん、違うんです、チッタの言うことは気にしないでください!本当に怪しいものではなのです!……チッタ!それは兄様の話だ!僕が女性と話すのが得意では無いことくらい知っているだろう!?」

「あれぇ?そうだっけ、お前ら顔似すぎてて分かんねえんだよなぁ」

「お前というやつは……!!」


一体この二人はどういう関係なのだろうか。

エミリオに対する誤解が解けたあと、次に気になるのはそこだった。

軽口を言い合っている様子は――と言っても、エミリオが一方的に振り回されているような気もするが――まるで兄弟のように見えて、羨ましいような、微笑ましいような気持ちになる。


「……ごほん、改めてですが……名前に関しては無理には聞きませんので、お嬢さんと呼ばせてもらいますね」

「……は、はい」

「それでは、まずは僕のことから。……僕はペルタドレスで騎士をしているんです、このチッタも一緒に」


なるほど、確かに言われてみれば腰に剣を差しているし、胸つけているブローチはペルタドレス所属の騎士団が着けているもので間違いないだろう。

フェルセベス王国含め、この辺りの国では各国の紋章が掘られたブローチを身分証明として持つことが多い。

ヒカリもかつては持っていたものだが、追放と同時に取り上げられてしまった。


「それで、あの時はペルタドレスとフェルセベス王国の境にある森で迷ってしまい、知らないうちに王国へと入り込んでしまったのです。……この事は、どうかご内密に」

「迷った俺らは、なんとか帰ろうとしてる時にあんたを見つけたんだけど……」


そこまで言いかけたチッタが、その榛色の瞳を少し歪ませてこちらを見つめる。

隣ではエミリオが心配そうな顔をしていて、あぁ、見られていたんだと気づく。


「……お嬢さんが、川に近づいて行くのを見てしまったんです」


普通であれば、あんなに増水した川に飛び込もうなんて思う人はいないだろう。

ヒカリだって、今まで生きてきて死にたいと思ったことは無かったし、あのようなことが無ければこれからもそう思うことなどなかった。

思わず俯いたヒカリを見て、エミリオは慌てて次の言葉を紡ぐ。


「あぁ、いや、違うんです!これでは、何かあったのか聞かせて欲しいと言っている様なものですよね。確かに、貴女のような歳若い女性が、なぜあのような行動に出たのか気にはなります」

「……そ、れは」

「いいんです、貴女には貴女の事情がおありでしょう。……話を戻しますが、川に飛び込んだ貴女を見て、僕達は急いで救出に向かいました」

「川の流れも早いし、増水してるもんだから飛び込むこともできなくてなぁ……たまたま引っかかってた木に、たまたまあんたが引っかかって、運良く救出できたって訳だ」

「それは……ごめんなさい、ご迷惑をお掛けしてしまって……」


見ず知らずの人に、そこまでの迷惑を掛けていたことを途端に恥ずかしく感じてしまい、ヒカリは更に俯いてしまう。

きっとこの二人は優しい人なので、ヒカリを見捨てることが出来なかったのだ。

王国には戻れない、帝国に来たとて生きていく術など持ち合わせていない、元の世界に戻ることも出来ない。

しかし、自殺などという行為を、二度とできる気もしなかった。

助けてくれた二人には申し訳ないが、いっその事死んでしまえたら楽だったのだろうか、という考えまで浮かんできてしまう。

ヒカリは暗い方へと向かう気持ちを無理やり引き戻して、二人をしっかりと見つめた。


「……助けてくださって、ありがとうございました。何かお礼を出来たら良かったのですが、私には一銭もなくて……すみません、何もお返し出来ないんです……」

「いえいえ!僕たちは見返りが欲しくてたすけた訳ではありません。ちらりと見えた貴女の顔が、どうしても気になってしまって……」

「そもそも森を見回ってんのも、困ってる人がいねーかとか、迷ってる人がいねーかとか、そんな理由だしな。……つーか、俺らが迷ってたんだけどな!!」

「チッタ……」

「……ふふ」


豪快に笑うチッタと、それに対して頭を抱えため息を零すエミリオがなんだか面白くて、ヒカリは少しの笑い声を漏らした。

先程までの暗く沈んだ気持ちが少しだけ上を向いて、頭が幾分かスッキリしたようにも思える。

そして、この二人の幼馴染みのような関係が、少し羨ましくもあった。


「……良かった、やっと笑顔を見せてくださいましたね」

「おーおー!女は笑ってるほうがいいからな!笑え笑え!がっはっは!!!!」

「君は少し静かにしてくれるかな……?でも本当に、見返りなんて考えなくても良いのです。僕たちのお節介ですから」


どこまでも優しい二人に、固まった自分の心が少し和らぐのを感じた。

今は無理だが、いつかこの二人に、恩返しがしたいとも思う。

そのためにはまず住むところを探して、職を探して、生きていくための術を身につければならない。


「……そういえば、ここは、どこでしょうか……?ペルタドレスというのは分かるのですが……」

「すみません、そういえばまだ説明していませんでたね……。ここは、あの森を出てすぐの所にある街――スティアナ。小さな街ですが帝都にも近く、優しい人たちばかりですよ」


聞けば、ヒカリが目覚めるまでの三日間、近くにあるハンナの知人の家で寝泊まりをしていたらしい。

ハンナもいやな顔ひとつせずヒカリの事を受け入れてくれたようで、本当に優しい人たちしかいないのだろう。

それに、優しいのは町民たちだけでは無い。

めのまえの二人ら午前は町民が営む畑の世話や、生活に必要な細々とした作業を手伝い、午後には帝都へ移動し重要な仕事だけ片付け、夜にはこの街へ戻ってきていたという。


「お嬢さんも目が覚めたことですし、僕らは帝都へ戻り通常勤務へ戻りますが……お嬢さんは、これからどちらへ?」

「……あ、それは……」

「ばっかお前!この子にも色々あんだろーがよぉ!そんな気軽に聞くもんじゃねーって!」

「あっ、あぁ、すまない……」


チッタに叱咤されたエミリオは苦い顔でこちらを向き、紳士に謝ってくれる。

エミリオも、チッタも、どちらともヒカリのことを最大限気遣ってくれているのを感じるが、それでもやはりどこか怖くて、思わず口ごもってしまのだ。

フェルセベス王国とは全く関わりが無いのは分かったが、追放された身だ、この国でどういう扱いにあるのか分からないし、一体どうしたものかと思案する。

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