表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

雨女、拾われる

プロローグに加筆修正をしております。

よろしくお願いいたします

雨女、拾われる

――あれ、私、どうなったんたっけ……?


ふと、優しい歌声が耳に届き、ヒカリの意識がゆっくりと浮上し始める。

思い出すのは、轟々と唸る濁流と、そして懐かしい自分の部屋と大好きな母親の姿。

元の世界に戻れたと喜んだのもつかの間、腹部が急に痛み出して……。


「……おかあさんっ!!…………っ〜〜〜!!!」


懐かしい姿を求めて飛び起きてみれば、襲い来るのは腹部の痛み。

声に出すことも出来ずに蹲っていれば、ふと自分に影がさすのを感じた。


「おはよう、お嬢さん」


暖かくて優しい声だった。

相手を労る様な、そんな響きをもった声色だった。

痛む腹部を抑えながら視線を向ければ、そこには人好きのする笑みを浮かべた女性がいた。

歳の頃は60前後といったところか。


「いきなりのことで驚いてるだろう……あたしはハンナ。お嬢さんのお名前は?」

「……あ、えっと……ヒカリ、です」

「ヒカリ……なんだか聞いた事のない響きをしているね。とっても綺麗だ」


ヒカリが横たわっているベッドの傍にはひとつの小さな丸いイスが置いてあり、ハンナと名乗った女性はそこに腰を下ろす。

茶色の髪をひとつに纏め、優しい笑顔を浮かべたハンナが何故か昔会った祖母に似ていて、少しだけ安心感を覚える。


「体調はもう平気かい?」

「はい、たくさん寝たおかげか、むしろすっきりしてます」

「そうかい、そりゃあ良かった。……三日間も目を覚まさないから、心配したんだよ」

「え、三日も!?」


今までフェルセベス王国を駆けずり回っていたが故に満足に休息も取れていなかったヒカリだったが、久しぶりに感じる体の軽さや頭のすっきり感に驚いてはいた。

まさか三日間も寝ていたとは思いもしなかったが。


「ヒカリは、フェルセベス王国の子なのかい…それにしては、見かけない髪色をしているねぇ……」

「あっ、これは……」

「あぁ、いいんだ、すまないねぇ!詮索するつもりはなかったんだよ。ただ、随分と綺麗な黒髪だったもんだから……大切にしておやりよ」


ハンナに言われてはっとするが、もう遅い。

元いた世界と同じく、この国にもいろんな大陸や国があって、それぞれに特色が強く出ている。

この大陸では金髪やブラウンなどの明るい髪色が多く、瞳も色素が薄い人が多い。

なので、ヒカリのような黒い髪と黒い瞳は珍しいのだという。

特にこれと言った人種差別がある訳では無いが、珍しいが故に身元も分かりやすい。


「そういえば、お腹空いてないかい?ちょうど美味しいスープが出来上がったところさね、持ってくるからチョットお待ちよ」

「えっ、あの!……行っちゃった」


開いた扉から、確かに美味しそうな香りがして、途端にお腹がぐぅと主張をしだす。

すぐ近くにキッチンがあるのだろうか、かちゃかちゃと食器のぶつかる音と、ハンナの歌声が優しく響いてきてヒカリの目に涙が浮かんだ。


(こんな……優しくして貰えたの、いつぶりかな)


いつだって国の人々のために戦ってきたが、"聖女"であるヒカリに対して、「やって当然」「出来て当然」という人が多かった。

水に飢えていた村の人々などは泣いて、時には頭まで地面に着けて感謝してくる者もいたが、"聖女"に対して気軽に接してくれる人などいなかった。

身元の不明な隣国の女をこうして家で看病して、料理まで振舞ってくれるハンナは本当に優しい人間なのだろう。

迷惑をかける前に早めにここを去ろう。

そう決めたヒカリが涙をそっと拭ったと同時に、ハンナの足音が響いてくる。


「さぁさ、お待ちかね!具だくさんのスープだよ!無理に食べなくてもいいからね」


そう言いながらハンナは傍らに置いてある小さな机にお盆を乗せると、そのまま扉の方に戻っていく。

そして出る前に一度こちらを振り返ると、ヒカリに目を合わせて柔らかく微笑む。


「ヒカリを助けてくれた人が近くに泊まっているのさ。目が覚めたら呼んで欲しいって言われててねぇ……食べながら待っていてくれるかい?」

「わ、かりました……」


ぱたん、としまった扉を呆然と眺めながら、ヒカリの脳内には嫌な考えしか浮かんでこなかった。

もし、王国の遣いだったら?

追放とは言われているが、もしかしたら殺されてしまうのかもしれない。

誕生日パーティでの元婚約者の冷たい瞳を思い出してしまい、背筋に冷たいものが走った。


――だが、しかし、ふと思い出す。

ヒカリは確かにあの時、死んでしまいたいと思ったのだ。

元の世界に戻れるのなら、死んでもいい。

こんな世界で生き続けるなら、死んだ方がマシ。

あの時のヒカリは、死に向かって一直線だった事を思い出し、ヒカリはただ呆然と、その時が来るのを待つことにした。


そうして、どれくらい経っただろうか。

体感的には一分のようにも感じるし、一日のようにも感じる。

遠くの方から扉を開ける音が聞こえて、続いて足音が一つ、二つ、三つ。

段々と近づいてくるそれに、ヒカリの体は強ばるばかりだった。


「待たせたね!この人たちがどうしてもあんたに会いたいって……なんだい、一口も食べてないじゃないか!」


扉からひょっこりと覗いたハンナの優しい笑顔が、一瞬で固いものに変わる。

失礼なことをしてしまったという自分の失態を悔いるが、それでもヒカリの体は思うように動いてくれない。

思わず深く俯くヒカリだったが、耳に届いたのは思いもよらない言葉だった。


「あんまり食欲なかったかい?無理させてすまないねぇ……いつでも用意するから、お腹空いたら教えておくれね!さぁ、これはまた鍋に戻してくるよ」


ハンナは、どこまでも優しい人だった。

責めることもせず、ただヒカリの身を案じてくれる事が、嬉しくて仕方ない。

そんなハンナの優しさに体の緊張が解け、ヒカリはやっと扉の方に目を向けることができたのだった。


「あんたたち、この子はまだ起きたばっかりなんだ。あんまり長時間居座らないでおくれよ?」

「ええ、もちろんです」


ハンナがお盆を持って出て行くのと入れ替わって、二人の若い男が入ってくる。

一人は眩い金髪で、ルビー色の瞳が陽の光を反射してキラキラと輝いている。

もう一人は榛色の髪の男で、同じ色の瞳は新しいオモチャを見つけた時のように爛々としていた。


(……綺麗な顔……それにしても、あの金髪の人、どこかで……)


柔らかな笑みを浮かべた金髪の男と会ったことなどないはずだが、その真っ直ぐなルビー色の瞳になぜか見覚えがある気がする。

どこで会ったのだろうか、答えが喉まで出かかっているのにあと一歩足りない。

そんな困惑するヒカリを見て、ふっと柔らかく微笑んだ男たちがゆっくりとこちらに近づいてきた。


「いきなり押し掛けてしまい申し訳ない。……まずは自己紹介からしましょうか。僕はエミリオといいます」

「俺はチッタ!」

「あ、えっと、私は……」


ヒカリ、と言いかけた口が不自然に止まる。

簡単に名前を教えてしまっても良いものだろうか。

ただでさえ黒い髪に黒い瞳を持ったヒカリは、身元が分かりやすい。

ヒカリには雨を降らせることしか出来ないが、それでもその力を欲するものはたくさんいるそうだ。

なので今までずっと騎士がついてきていたし、行動する際には細心の注意をはらう必要があった。

しかし、そんなヒカリを見ても、エミリオと名乗る男は優しく微笑むだけなのだった。


「無理しなくても大丈夫ですよ。僕たちは決してあなたを害するものではありません……が、信じることも難しいですよね。まずはお話から始めましょう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ