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雨女、追放される

雨女、追放される

ガタガタと揺れる馬車の中、ヒカリは絶望に打ちひしがれていた。


――というのも、あの誕生日パーティ……否、断罪パーティで聖女の称号を剥奪され、国外追放となり、更には婚約破棄までされたヒカリは、そのあとすぐに控え室へと連れ戻された。

そして絢爛豪華な衣装を剥ぎ取られ、今までと同じ使い古したボロを着せられ、着の身着のまま馬車へと突っ込まれたのだ。


異世界から来たヒカリは、すぐにグディアルト・ヴィルトスとの養子縁組を結んだため三年間ずっとその庇護下にあり、聖女としての褒美は全てグディアルトの元へと送るようにしていた。

ヒカリもそれでいいと思っていたし、頑張れば頑張った分だけ養子縁組を結んでくれた優しいあの人の役に立てると思っていたから。

そのため今のヒカリには、身にまとっているボロ以外何も無かった。


「……ちょっとくらい貰っとけば良かったなぁ」


聖女として働いた給金も、元婚約者から貰ったアクセサリーやドレスも――年がら年中国内を駆け回っていたため、身につけたことはほとんど無いが――、今ここにあればどれだけ役に立ったことか。


なんだか気が滅入ってきたヒカリは一旦考えることをやめ、馬車に着いている小窓をそっと開けた。

夜だというのにも関わらず強制的に出発したため、ほとんど何も見えない状態だ。

――それに加えて、今は大土砂降りである。

この世界に来たことで、過去ヒカリの感情によって降っていた雨を制御する事が可能となり、大切なイベントの時など降らせる事も少なくなった。

が、やはりあまりにも大きすぎる感情は雨を降らせてしまうのだった。




「……聖女サマよぉ、そろそろ降りる準備しな」


走り始めて何時間経っただろうか。

闇に沈んでいた景色は日に照らされ、木々や草についた雨露がその光を反射していた。

いつの間にか眠っていたヒカリは一度体を伸ばし、手早く身なりを整える。


「おら、降りな」

「……」


荒々しく開かれた扉の先には、フェルセベス王国の騎士服に身を包んだ黒髪の男がいた。

背も高く、筋骨隆々とした風貌のその男を、ヒカリは何度か見かけたことがあった。

雨を降らせるために各地を回る聖女としての仕事に、何度か同行してくれた騎士だ。


「アンタみたいな純粋無垢そうな子供が、ご令嬢サマを虐めたってねぇ……」

「……私は、やってません……」

「ま、俺にはどうだっていいんだけどさぁ。とりあえずこのまま川沿いに進めば国境を越える。そのうい森を抜けるだろうから、その後は三つに連なる山を目印に進めばペルタドレスに着くだろ」


黒髪の騎士は、仕事は終わりだと言わんばかりに御者台に乗り込み簡単に道を示す。

一人でこの世界を歩いたことのないヒカリだったが、そうも言ってられない。

軽快に来た道を駆け戻っていく馬車を見送ることも無く、示された通りに川沿いを歩き出した。

そんなヒカリの頭の中を占めるのは、これからのことだ。


「……ペルタドレス、か」


フェルセベス王国に隣接する、"職人の国――ペルタドレス帝国"。

広大な領土を持っており、独自の技術を持つ職人たちがこぞって集まる国だ。

生活に役立つ物から日常を彩る物、様々なものを生み出し、海の向こうからわざわざ買い付けに来る人もいるという。

ちなみに今は、繊細で美しいガラス細工が注目を浴びているらしい。

しかし、そんな職人ばかりが集まる国に行ったところで、ヒカリに何が出来るというのだろうか。

働いた経験も無ければ、特筆すべき特技や技術もない、ましてや、異世界から来た身寄りのない子供など。


(……いっそ、死んじゃえたら楽なのかな)


だから、ヒカリが死を望んでしまうのも当然の事だった。

いきなり見知らぬ国に連れてこられ、半ば強制的に聖女として持て囃され、元の世界に戻ることも出来ずに放逐されたヒカリには、この世界で生きていく手段など何も持っていないのだ。

ぼうっと自分の足元を見つめれば、裾のほつれた白い服と吐き潰された茶色いブーツが写っている。


――あぁ、なんで私だけ、こんな目に。


気づけば歩くのを止めていたヒカリの視界に、轟々と音を立てる川が入り込んできた。

昨晩降り続いた雨の影響で嵩が増し、茶色く濁った水が勢い良く流れている。

ここに落ちれば、あるいはきっと……。


「……お父さん、お母さん……会いたいよ……」


これが全部悪い夢だったらいいのに。

もう、どうなったっていい。

元の世界だけでなく、聖女としての地位も、暖かく接してくれた義親も、何もかもを失った。

ここでヒカリが死んだとて、喜ぶ人はいたとしても……悲しむ人などいないだろう。

ヒカリは吸い寄せられるようにふらふらと川に近づき、そしてそのまま――。


「――危ないっ!!!!」


噂に聞いていたような走馬灯が流れる訳でもなく、スローモーションの様に流れる景色と、昨晩の嵐が嘘のように消え去った紺碧の空。

そんな、どこか助かったような気持ちでいたヒカリの耳に届いたのは、空気がビリビリと震えるような、そんな声だった。

咄嗟に向けた視線の先には、きらきらと光る……そう、まるで太陽のような美しい金色の青年が見えた。

一瞬のはずなのに、その意志の強そうなルビー色の瞳が脳裏に焼き付いて――そして、ヒカリの体は濁流に飲み込まれ、あっという間に流されていった。




「――かり、ひかり!」

「……ん、ぅん……?」

「起きなさい、耀!いつまで寝てるの!!」


なんだか懐かしい声がした。

いつも聞いているはずなのに、しばらく聞いていなかったような、そんな気がして――耀は勢い良く体を起こすと、声のする方へ視線を向けた。


「あんた、今日入学式なのよ!?早くごはん食べにいらっしゃい!」

「……ぇ、あれ、おかあさん……?」

「何寝ぼけたこと言ってるの!早くしなさい!」


ぶつぶつと文句を言いながら、部屋を出ていく母を見送り、のろのろとベッドから出る。

壁にかけてあるカレンダーに目を向ければ、耀がちょうど異世界へと召喚された日だった。


「……帰って、これた……?」


そうか、やはりあれは悪夢だったのか。

随分と長い夢だった。

楽しいこともそれなりにあったが、それでも国内中を駆け回る日々は大変だった。

元の世界に戻りたいと願ったことだって何回もあった。


――やっと、やっと帰って来れた。


安堵に胸を撫で下ろした耀は、真新しい高校の制服を取ろうと手を伸ばしかけて……急に襲ってきた腹部の痛みに蹲った。


「ぅうっ……!なにこれ、いたい……!!」


それになんだか息苦しい気がする。

吐いても吸ってもずっと息苦しくて、呼吸がどんどん浅くなっていく。

おかあさん、と出したはずの声は音にならず、床にぽとりと落ちた。

そして、視界が段々と薄暗くなっていき、耀は再び意識を落とした――。

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