雨女、断罪される
雨女、断罪される
そもそもヒカリは、この世界の人間では無い。
地球という星にある日本という国で生まれ、ごく普通の女子高校生として生きてきた……ただ一つ、ヒカリが近年稀に見る雨女だということを除いて。
ヒカリか幼少の頃より、感情が高ぶるようなことがあると、必ず雨を降らしていた。
入園式から始まりお遊戯会、遠足、プール開き……他にも様々なイベントが雨で中止や延期になったことは数知れず。
小学、そして中学に入ってもそれは変わらず、同級生からは若干疎まれてさえいた。
そんな"雨女"と揶揄されてきたヒカリが高校への入学し、新しい一歩を踏み出そうとしていた、そんな時……ヒカリは突然足元に空いた穴に落ち、気づけばこの国にいたのだ。
"フェルセベス王国"の首都、セレストナの中央に位置するセレストナ大聖堂にて、聖女召喚の儀を行ったというこの国は雨が一切降らないらしく、百年に一度雨を喚ぶ力を持つ乙女が生まれるのだという。
神に祈り願うことで、一時的に雨を呼ぶことができるその力を、人々は"雨の聖女"と呼んだ。
人より少し長い寿命を持つ彼女らは、その力の継承者が現れると一人前の聖女に育てあげ、雨の降らぬ土地を順繰りに周り、そうやって国のために尽くしてきたらしい。
その人生を一生縛ってしまうがために、王家は聖女に限りあらん名誉と金銭を褒美として渡し、その身が危険にさらされることのないように王族との婚姻を結ばせていた。
そして今回は――聖女の力を継ぐものが現れなかったのだという。
力を継ぐ乙女には、5歳を迎える頃に必ず体のどこかに聖紋が浮かび上がる。
王家は百年の周期を迎える時が近づくと、体に聖紋が浮かんだ乙女を王宮へと呼び寄せ、その者を"雨の聖女"として迎え入れるのだ。
しかし今回に限っては、乙女が王宮に来ることもなく、ならばと国中の至る所を探しても聖女が見つかることは無かった。
気持ちばかりが焦る中、先代の聖女が天に昇り一年、二年と時が過ぎ――そして、フェルセベス王国はかつてない大混乱に陥っていた。
雨が降らねば作物は育たないし、流れる川から水を汲んで生活を凌ぐのにも限界がある。
貿易に出せるものが無いので当然そこから手に入れることは出来ず、いざというときのために作ってあった貯水池と流れる川で二年の時をなんとか凌いできたのだという。
そして国全体がゆっくりと絶望に染まり始めたとき、王宮で歴史研究員として働く男から、かつて異世界の乙女を聖女として召喚した、という文献が見つかったと報告を受ける。
それを受けた王は召喚に必要とされる五つの神器――王家と、王国を支える四つ侯爵家に代々受け継がれてきたものだ――剣、盾、水晶、櫛、指輪を集め、文献に倣って聖女召喚の義を行い、そして喚ばれたのが……。
「……三年間、君と過ごしてきたというのに、その本性を見抜けなかったことが悔しいよ」
「レナード様、決してあなた様のせいではありません。……全ては、この、未熟なわたくしのせい……」
ヒカリが呆然としている間にも、状況は台本でもあるのかと疑うほどにどんどん展開していく。
憎悪の宿った瞳でヒカリを見つめるレナードと、そんなレナードに寄り添う涙を流すマリアーヌ……。
「……私は……私は、やっていません……!」
「まだ言うのか!この恥知らずめ!!」
「きゃあっ!!」
このまま冤罪が晴れなければ、ヒカリはどうなってしまうというのか。
頼れる身内など元の世界に置いてきたし、今だって唯一信じられると思っていたレナードには悪意を向けられている。
ヒカリが震える手を抑え込みそのか細い声をあげるが、頭に与えられた衝撃に思わず膝を着いてしまう。
「フェルセベス王太子殿下、誠に申し訳ございません!この娘を引き取った私めが、しっかりと教育を施さなかったばかりに……!」
「……グディおじさま……」
「お前は黙っていろ!」
倒れ込んだヒカリが見上げた先には、ヒカリがこの世界にやってきてからの三年間、家族として過ごした男がいた。
50歳ほどの、少しふくよかな体型をしているこの男――グディアルト・ヴィルトスは、この国の常識など何も知らないヒカリを、常に優しく見守ってくれていた。
そんなグディアルトが、普段は穏やかそうな優しい笑顔をしていることを知っている。
異世界の聖女としてやって来た身分も戸籍もないヒカリを、暖かく迎え入れてくれる優しい人だと知っている。
しかし、こんなに激しい感情を心の内に隠していたことを、ヒカリは初めて知った。
「いいんだ、ヴィルトス伯爵。僕が彼女のことを見極められなかったんだ」
「フェルセベス王太子殿下……!!」
「しかし、これではっきりと分かった。……ヒカリは、最早この国には必要ない」
「……レナード、様……」
なぜこんなことになってしまったのだろう。
ヒカリを憎むように見る婚約者と、その隣で嬉しそうにニコニコと頬を染めるマリアーヌ。
元々自己主張が得意ではないヒカリに、反論できるような精神力もなく、ただただ項垂れることしか出来なかった。
「ヒカリ・オーカド……君から、"聖女"の称号を剥奪する」
「……っ!!で、でもっ、レナード様、私がいないと雨が……!!」
「思い上がるな!身寄りのない君を聖女として迎え入れ、これ以上無いほどの待遇を施してきた。しかし、それももう終わりだ」
冷たい声でヒカリの追放を言い放ったレナードは、隣に立つマリアーヌにそっと寄り添う。
三年間、エスコートやダンスの時以外はヒカリの体に触れようとさえしなかったあの男が、マリアーヌの背中に手を回すのを見て、ヒカリはまたひとつ絶望を覚える。
あれは、婚約者だから大切ちしてくれていた訳ではなかったのだ。
「マリアーヌ、言ってもいいかい?」
「……えぇ、もちろんですわ。この国の皆さんのためになるのなら」
「ここに集まっている皆にもしっかりと聞き届けて欲しい!……ヒカリ、君もだ。……今回、我が国に生まれ落ちるとされる雨の聖女は、中々僕たちの前に現れなかった。そして国が危機に晒され、手を尽くし切った僕たちは古い文献を元に異世界から聖女となる乙女を召喚した――だが、国の頂点に近い立場だと分かった異世界の聖女はその立場に胡座をかき、贅沢をし尽くし、彼女……マリアーヌに酷い嫌がらせをした!」
あぁ、今話しているのは、どこの誰のことだろうか。
勝手に呼んだのはあなた達じゃないか。
元の世界から強引に連れ去り、勝手に高待遇をしてきたのはそっちじゃないか。
国の頂点に近い立場なのは確かにそうだが、それでも贅沢をしているような時間は無かったじゃないか。
きちんとした格好をするのも式典や人の前に姿を現す時だけで、それ以外はぺらぺらの薄い服を1枚、寝る時は使い古したボロボロの服を1枚与えただけじゃないか。
「……ふん、自分がしたことの罪深さにやっと気づいたのか?しかしもう遅い……僕は見つけてしまったんだ!本当の聖女を!!」
(本当の……聖女……?)
寄り添い合う二人を見ていられず、自然と下げていた視線を再びレナードに合わせる。
そこには、今までにも何度か見た事のある自信に満ち溢れた笑顔が浮かんでいた。
「ここにいる、マリアーヌこそが本当の聖女だったのだ!!」
「そっ、そんな……!」
「驚くのも無理は無い……だがこれは真実なんだ。だからヒカリ、君の力はもう必要ない!」
レナードの影で、マリアーヌの口が歪むのがちらりと見えた。
(マリアーヌ様……あなたの狙いはこれだったのね……)
マリアーヌが主人公の物語なら、今はもう最終局面、ハッピーエンドまで後少しというところだろう。
ヒカリは意識がぼうっとしていくのを感じながら、自分の行く先に果てしない不安を感じていた。
「ヒカリ・オーカド……君との婚約を破棄し、君をこの国から追放する!!」