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巨大龍が死んだ日  作者: 雪車町地蔵
第一章 世界を脅かす災厄
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第七話 七年前と、変わらぬ君へ ~拭えぬ疑念~

 ルドガーの用意した宿の一室。

 その部屋の前を、行ったり来たり小一時間。

 土産の中身が正しかったかどうか、考えては引き返そうとし、また戻るを繰り返す。

 ため息、逡巡、葛藤。

 迷い続けていると、ガチャリと扉が開いた。


「――いつまでそうしているつもりですか? 七年経っても優柔不断なんて『変装の達人シェイプシフター、ただし二重人格!』としか思えませんよ?」

「なにを言っているのか、相も変わらずさっぱり解らん」


 などと皮肉ってみせるが、何のことはない。

 私の行動は筒抜けだったのだ。

 当然だ、長い付き合いなのだから。


 ばつの悪さに頭を掻きつつ、入室する。

 室内の調度品は簡素だった。

 ベッドとテーブルに、椅子が一揃えあるだけ。


「じー」


 〝彼女〟はベッドに腰掛けていた。

 ぽむぽむ。

 叩かれる布団。


 ……いや、隣に腰掛けるわけがないだろう。

 自分がまばゆいほどの美女で、未婚の女性だということにいくらか自覚をもってほしい。

 散々迷った末、私は立ったまま用件を告げることにする。


「久しぶりだな、エンネア」


 エンネア・シュネーヴァイス。

 幼馴染みにして、私たちの大切な人。

 そんな彼女に向けた、万感の思いがこもった挨拶は、


「最近顔を合わせたばっかりではないですか?」


 不思議そうな表情で、切り捨てられた。

 ……確かにその通りだ。

 間違っているのは私であるが、抗弁ぐらいさせて貰いたい。


「七年ぶりだぞ? おまえは音信不通で」

「そうでしたか? 昨日の事だと思っていました。うーん、では……随分と心配をかけましたね、ヨナタン」


 新雪のように白く煌めく髪が、さらりとこぼれて横顔にかかる。

 月光が宿ったような黄金の眼は、ひたすらに真っ直ぐ、私を見詰めている。

 アラバスターのようになめらかな肌を包むのは、火蜥蜴(サラマンダー)の革でできたタイトな防寒着。

 手足は細く長く、脚にはブーツを、手にはグローブをはめている。

 頭の上に乗っているのは、イヤーマフ。


 十代の終わり、七年前に別れたときと、彼女の姿はなにひとつ変わっていない。

 そう、不可思議なほどに。

 服装の一つから体型まで、何もか変わっていないのだ。


「ところで、そちらはなんでしょう?」


 指差されたのは、私が提げている(かご)だった。

 手土産のつもりだったが、いい切っ掛けである。

 思い切って質問してしまおう。


「エンネア、おまえはこの七年間、いったいどこにいたのだ?」

「籠の中身を訊ねたのですが……あ、ひょっとして、あたしに興味が? 朴念仁のヨナタンが色を知るなんて、お姉さんとして嬉しいです」

揶揄(からか)うな。私たちがどれだけ心配したと思っている」

「テュポス山脈」

「…………」

「あそこにいましたよ」


 そこは、彼女が失踪した土地だ。

 エンネアの父親がおさめる北方の大山脈。

 その麓にある村が巨大龍の進行ルートとなったと聞き、エンネアは飛び出していった。


 忘れもしない、七年前のことだ。


 この格好で、この姿で。

 彼女は駆けて。

 ……今日まで、帰らなかった。

 だというのに、おまえはずっと同じ場所にいたと言うのか。


「もう一度言う、揶揄うな」

「無理な相談です。あたしは、ヨナタンが誰かのために悩んで苦しんで心を砕いて、七転八倒する様が大好きですから。例えるなら『神が与える七難八苦! ただし挑戦者はメンタルオリハルコン製』みたいな?」

「殺し文句にもほどがある。話を変えよう、おまえの得意料理はなんだ?」

「なぜそんな質問を? 料理、料理は得意ですが……」


 顎に指を当てて、愛らしく悩んでみる仕草をするエンネア。

 この僅かな待ち時間ですら、私の恐怖を増長する。

 不安……いや、疑念と呼ぶべきか。


「カボチャとニシンのパイは、誰にも負けない味だと自負しています。『愛情たっぷり。ただし内臓もたっぷり味!』的な」

「……確かに、並び立つ者がいない壮絶な味だ。だとすれば物足りないだろうが、食ってくれ」


 投げつけるように籠を渡してやる。

 受け取った彼女は(おお)いを取り、「まあ!」と手合わせ目を輝かせた。

 ニシンとカボチャのパイ。

 素材も手に入らない中、悪友と二人、苦心して準備したものだった。

 早速齧り付く友の姿を見ながら、私はようやく安堵の息を吐く。

 軽口が、零れ出す。


「それにしても、おまえが寒がりだとは知らなかった。着ぶくれしていないのはさすがだがな。それとも痩せたのか?」

「なにがです?」

「なにって……いまは秋だ、王都の気温はわりかし暖かだろう? だというのに防寒着、耳当てさえ屋内で身につけているとは。冷え性でも(こじ)らせたか」

「耳当て?」

「はめているだろう、両の耳に」

「――――」


 彼女から、表情が消えた。

 虚脱しているわけでも、知性が感じられなくなったわけでもない。

 ただ、表情筋を動かす必要性を認めていない。

 そんな顔を、エンネアはして。


「…………」


 思慮深い眼差しは私の視線を辿り、自身の耳についたイヤーマフへと指を這わせる。

 そして、


「これは、肉体の一部ではないのだな」


 酷く奇妙なことを口にする。

 ぞっと、背筋が凍った。

 あまりにも、口調が普段と違ったからだ。


「すまないが、幾つか問いたい」


 気が付けば私は彼女へと詰め寄り、早口に問いを放っていた。


「ルドガーから告白された回数は?」

「昨日までの時点で三十七回ですね」

「……また抜け駆けか。学院におけるおまえの研究テーマは?」

「巨大龍の登場時期と重なる〝白き巨人〟の伝承について。それから、古代魔法の基点学説」

「龍災害の被災者たちを支援するためにおまえが立ち上げた団体の名前は?」

「あれはあたしが立ち上げたものではないです。名称は七年前の時点で〝白の互助会〟」

「おまえの父上が生存(このこと)を知ったらどうすると思う?」

「とても怒り、それからため息を吐いて、最後には褒めてくれるでしょう。『自慢の黒髪! だたし脱毛症でカツラ』という塩梅(あんばい)で」


 ……間違いない。


「おまえは、エンネア・シュネーヴァイスだ」

「なるほど、ひょっとしなくても疑っていましたね……?」


 すまないと、頭を垂れる。

 だが、当然の疑念だとも思う。


 七年間も死亡したと思われていた人間が、突如当時と同じ姿で帰ってくる。

 そんなことがあれば、誰であれ(いぶか)しむものだ。

 奇跡ではなく、作為こそを。


 アンデッドや使い魔になってしまっていないかと。

 私ほどの怖がりなら、当然に。


 しかし、話をしてみた限り彼女は間違いなくエンネアだ。

 この噛み合わなさ加減。意味のわからない例え話。それでいて理知的で、絶対に折れるつもりがないところ。引っかけ問題にも惑わされない。


 初めこそ様子がおかしかったが、今は完全にエンネアである。

 あんなにも憧れた人を、見誤るわけがない。

 そうであると信じたい。

 この、凍えるほどに怯えた心胆を、誤解であったという言い訳でぬくもらせたくてたまらない。


 だから。


「あらためて……再会を嬉しく思う。よくぞ帰ってきてくれた」


 私は、幼馴染みの手を握った。

 彼女はそれを振り払うでもなく、握り返すでもなく、何度目か解らないほど首をかしげて。


「どうして、泣くのですかヨナタン?」

「……嬉しいから、だろうな」

「そうですか」


 彼女は。

 私の、大切な幼馴染みは。


「ならば、きっと素敵なことなのでしょう。ヨナタンにとって、希望のように!」


 花開くように、笑ったのだった。

 私は、本当に嬉しくて。

 けれど……、


「――――」


 エンネアの端整な顔から、再び感情と呼べる物が漂白される。

 現れたのは、すべてを見通すような、無垢で冷徹な眼差し。

 〝それ〟が問う。


「次はこちらの番だ。問い掛け(クエスチョン)。君たち人類は、どうして巨大龍と戦う?」


 口調の変化に戸惑う。

 それ以上に、質問が奇妙だった。


 確かに七年前と今では、対龍戦術は変化している。

 けれど、本質的には逃げる、時間を稼ぐという一手だ。

 それを他ならぬエンネアが知らないわけがないのだ。

 民を逃がすため、自ら犠牲を買って出た彼女なのだから。


 しかし、エンネアの月虹(げっこう)の瞳は、私が逃げることを許さなかった。

 ありのままを語ることを、真っ直ぐに望んでいた。

 額に手を当て、幾ばくか悩み、正直に打ち明ける。


「無謀な戦いだと解っていた」


 百万の民を守るために、五万の兵士達が命を捨てた。

 家族を、友を、隣人を。

 名も知らぬ誰かが、一秒でも長く、遠くへ逃げるための時間を稼ぐ。

 そのためだけに彼らは戦って……勇敢なまま、すりつぶされていった。


「けれど、それは無為に命を捨てたわけではない。明日を生きる者たちに、一縷の光明を託すため全てを捨てたのだ。エンネア、おまえは」

「次の問いだ」


 私が問う番は既に終了しているのだと言わんばかりに。

 彼女はこちらの言葉を遮って。

 心底不思議そうに、こう訊ねてのだった。


「君は、どうして諦めなかった? 怖がりで、臆病で、かつてエンネア・シュネーヴァイスの前からも逃走したヨナタン・エングラーが、何故? 巨大龍は、絶望そのものであるのに」

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