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巨大龍が死んだ日  作者: 雪車町地蔵
第一章 世界を脅かす災厄
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幕間劇 宮廷医は民草を診察したい ~エルド国の医師ヒポポタヌスの一日~ ※別視点

 (それがし)の名はヒポポタヌス・ケーロン。

 エルド国の宮廷医を務めている、冴えない(ジジイ)だ。


 某と同じくナッサウ王は高齢である。

 よって、宮廷医の皆は、常に陛下のお側に控えている必要があった。

 交代で、休むこともなく。

 来る日も来る日も主に仕えることは、無論喜びだ。


 ……けれど、本音として。

 某は、市井(しせい)の民が気になって仕方がなかった。


 巨大龍の襲来により、エルド王都はいっとき、終末の様相を(てい)した。

 病人も怪我人も兵士達に担ぎ上げられて、無理矢理に王都から遠ざけられたのだ。

 それほど間近に、災厄が迫っていたのだから。


 しかし、なんたる僥倖(ぎょうこう)か。

 龍は死に絶え、民たちは生き延びた。

 生き延びた以上、生を全うさせてやりたいのが、医者たる某の偽らざる思いなのだ。


 宮廷医は、王族のために存在する。

 ときには病状を示した宮中人の世話も焼くが、ヒポポタヌス家は代々エルド王の信任篤く、専属医として活動してきた。

 ……時折お忍びで街へとくだり、医術を施したりもしたが、あくまで内密のことである。


 ゆえ、今日という日も何も変わらないだろうと思っていた。

 民草があんなにも苦しんでいることを知りながら――今すぐ駆けつけたいと思いながらも――某は王の側を離れることは適わないだろうと。

 けれど、物事とはたえず流転するものである。


 一報が入ったのは、王城へと上る準備をしている早朝のことであった。

 いずれ家督(かとく)を譲ろうと思いながら、龍災害によって先延ばしになっている我が子が封書を届けてくれたのだ。

 中を読んで、某は大いに驚いた。


 それは王命であったからだ。


 エルドに仕える医者は、これより臣民への医療に従事すべし。

 全ては国が援助することなり。


 だいたい、そのようなことが書かれていた。

 某は歓喜した。王を讃え、舞い踊った。

 ……はしゃぎすぎて腰をやりかけたが、それはそれ。

 息子にとある調べごとを頼むと、某は早速行き先を、王城から城下町へと変更したのだ。



§§



 街の荒れ模様は酷いものであった。

 少なくとも前日まで、馬車の中から見える光景は傷ましかった。

 しかし、自ら足を踏み入れてみると、どうやら酷いだけではないらしい。


 あちらこちらで湯気が上がり、煮炊きものがされている。

 どこそこでトンカチがふるわれる音がして、瓦礫(がれき)と化した建物が少しずつ形を取り戻していく。

 人々は疲れ切っていたし、その手足は真っ黒に汚れていたが、けれど生きていた。


 驚いた。

 大いに驚愕した。

 ここまでたくましい国だとは、思っていなかったのだ。

 恥ずかしいことに、長年暮らしていた場所であるのに。

 某の予想よりも、人々はよほどタフだったのである!


「父上」


 王城から戻ってきた息子が、頼んでいたことを(つまび)らかにしてくれた。

 王命は、ある機関によって促されたものだったのだ。

 巨大龍災害対策機関。

 この国が誇る、対龍戦術の要石。


 正直なことを言えば、龍災対のことを、某はあまり意識したことがなかった。

 精々が医者としての知見を求められた事が一、二度ある程度だったからだ。

 とはいえ、まったく無知だったわけではない。

 なにより、この状況を見れば解る。


 龍災対の制服を着た者たちが、あちこちで走り回っている。

 傷ついた人々を仮のテントへと導き、テントではスープや(かゆ)が炊き出しされていた。

 聞いてみれば、それらは国庫から出されたものだという。


 エルドは、格別に民へ優しい国家ではない。

 だが、いまこの瞬間、間違いなく民草を救っているのは国だった。

 その国を動かしたのは誰か。


「単純な理屈じゃな」


 小さくつぶやき、口元を(ほころ)ばせる。

 某をこの場に導いたのも、いま市井の人々を助けているのも、ただひとえに、有情で有能な働き者達の仕業なのだ。


 ああ――悪くないものを見た。

 そう思って、某もすぐに、彼らの輪へと加わった。

 医者を必要としている患者は、山のようにいたからである。



§§



 少ない物資を融通し、まずは国土の(いしずえ)たる民草への援助を行ったこと。

 某は、龍災対のこれを名差配であると信じる。

 彼らはどこまでも勤勉で、そして誠実だった。


 数日としないうちに、荒れ果てた王都へと人々の流入が始まった。

 龍災対が渡りをつけたという民間の支援団体が三つほど、駆けつけてくれていたのだ。

 なかには、かつてシュネーヴァイス家のご令嬢が立ち上げたと名高い支援団体〝秩序の光〟の姿もあり、民草は大いに期待を寄せていた。


 絶望の最中にあったこの国へ、僅かずつではあるが確実に、いま希望が灯りつつある。

 某はそれが喜ばしくて仕方がなく、年甲斐もなく働いて回った。

 腰の痛みなど何のその。

 精神の高揚は肉体を凌駕するものだと言うことを、医者である某はよく知っていた。


 やがて、〝秩序の光〟の現代表だという糸目の男、ギルベルト・メッサーなる人物が訪ねてきた。

 スタッフに応急手当のレクチャーを頼みたいというのだ。

 その男は人好きのする顔をしており、じつに誠実であったから、とりあえず信用することとした。


 彼は重ねて申し訳なさそうに、いずれでよいのでナッサウ王へと取り次いではもらえないかと言った。

 支援の方向性で、どうしても相談したいことがあるのだと。

 某にそのような権限はないので確約は出来ないとしながらも、気が付けば引き受けてしまっていた。


 何故そうしたのかは解らない。

 ただ。

 ただ、今となって思うのだ。


 なにか奇妙な、違和感とも言えない小さな引っかかりが胸の奥へと生じたことを、某は隠すことが出来なかったのだと。

 それは、〝不穏〟という形をしていたのだと――

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