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巨大龍が死んだ日  作者: 雪車町地蔵
第一章 世界を脅かす災厄
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第三話 巨大龍の骸は、やがて災禍となって甦る

「それで? どうなった」


 長髪を頭で結った、武人然とした精悍な顔つきの男――悪友であるルドガー・ハイネマンは、窓辺で葡萄酒を一口飲み下しながら、こちらに問う。


 邪魔だからと先日までは包帯の上に何も着ていなかった彼も、今は軽装鎧を身に(まと)い、腰には一振りの剣を差している。

 なまくらは御免(ごめん)だと嫌がる彼に、私が用立てたものだった。

 自国の武力とはそれだけで民の心に安心感を生む。彼には最大の剣として、ある程度着飾って貰わねばならなかった。

 その申し訳なさも含んだ、重たい言葉を、私は無理矢理に押し出す。


「皆、腰が重い」

「だろうな」


 場所を移して、私の自室。

 呼び出しておいたルドガーに、事の次第を報告する。

 初めこそ面白がっている調子だった彼は、しかし話が進むにつれ渋面になっていった。


「俺の聞き間違いでなければ、陛下は巨大龍を放置すると聞こえたが」

「そう言った。私も悩ましい」


 理性では理解できる。

 やっと災厄が終わったのだ。

 しばらくは日常を噛みしめ、それから対処を始めても遅くはないと、皆考えているのだろう。

 民間の巨大龍災害被災者へ支援を行う組織も存在するから、任せてしまおうという思惑もあるのかも知れない。

 その筆頭である〝秩序の光〟の代表者とは、近いうちに顔を合わせねばならないだろう。


 詰めるべき話は無限にある。

 が、懸念材料もまた、無数にある。

 その最たるものが、民間へ注ぐだけの国力が、龍の蹂躙によって大幅に低下していることだ。


「それに対して、おまえさんはどう思うんだ。学院で、誰もが忘れ去っていた暗黒史……巨大龍の研究に手を出した物好きであるおまえは」

「龍への恐怖心から始めた勉学で、助けられた命もある」

「エルドの龍災害対策、その全指揮を任されたわけだからな、救えなきゃ嘘だぜ」


 ああ、余計な苦労を背負い込んだと自分でも思う。


「だが、知識も手段もあるのに民草を見捨てるなど、エンネアに(もと)る。私にはとても出来ない」

「認識の齟齬(そご)があるな。俺はてっきり、あいつの復讐がしたくて龍災対を(ひき)いていたのかと思っていたが?」

「彼女は死んでいない。そう信じて、今日までやってきた」

「お得意の理性的な思考はどうした? 最後に会ってから七年だ。消息は巨大龍が到来した街で途切れている。絶望的だろ」


 そんなことは、解っている。

 ……おまえが、私を気遣ってくれていることも。


「なら、いい加減あいつを忘れて、嫁でも(めと)ったらどうだ。三男坊とはいえ、いまじゃあおまえさんも名の知れた貴族だろう。巨龍対の部下に、紫髪の女がいたな。あれは俺を袖にするぐらいいい女だったぜ?」

「そういって、エンネアをかっ(さら)うつもりか?」

「……昵懇(じっこん)の間柄というのも考えものだな」

「残念だ。握り込んだこの拳を、その上等でゲスな顔にたたき込んでやるには、私の身体能力がいささか低すぎる」

「賢明な判断だ。手加減しても、俺はその骨を折っちまう」


 だろうなと肩をすくめて、私たちはしばし笑い合い、杯を交わす。

 やがて、悪友が静かに口を開いた。


「……確かに、三人でいた頃ってのは、悪くない思い出だぜ」


 ルドガーは、ここではないどこか遠くを見詰めていた。

 互いに思い返すのは、幼き日の記憶。

 黄金の日々。


 私と彼、そして白雪のようだった彼女――エンネアは幼馴染みだった。

 父たちの茶会に同席することもあったし、なにより同じ魔法学院へと進学し、勉学に励んだ仲だ。


 ルドガーは攻勢魔法――魔法剣を極めんとして。

 私は世界の仕組みと、滅びである巨大龍の探求を。

 そして彼女は、古代(エンシェント)魔法(・スペル)とその根源たる〝白き巨人〟と呼ばれる伝承について学んだ。


 エンネアは、私などとは比較にならない才媛(さいえん)だった。

 その知識は後世永久に残ると賞され、〝永遠白華(えいえんびゃっか)〟の二つ名で呼ばれていたほどだ。


 彼女がいてくれればと、巨大龍災害と対峙する間、何度思ったか解らない。

 エンネアは、私などよりよほど人を導く旗頭として正しかった。

 けれど。

 彼女は七年前、龍から人々を守るのだと言って被災地へと向かい……以来、帰っては来なかった。


 遺体は見つかっていない。

 他の、大勢と同じように。


「『窮地はチャンス』」

「あいつの口癖か。いや、いまじゃあおまえさんの口癖か」

「ああ、そうして彼女はいつだってこう続ける。『己の意志で夜を歩みきれば、きっと朝日は昇るもの。つまり――』」

「感傷に付き合うつもりはない。もう一度訊ねるぜ……龍の遺骸について、ヨナタン、おまえさんはどう思ってる?」

「……放置はまずいだろうな。いや、是が非でも解体しなければならないと考えている」

「ほう? そこまで言う根拠は?」


 グラスになみなみと満たされた葡萄酒を手渡され、グビリと飲み干す。

 酒精の力は偉大だった。僅かなりとも怖れが霧散する。

 拳の震えを、強く握りしめることで押さえ、昨晩大急ぎでまとめた書類の束を机から引っ張り出し、ルドガーへと押しつける。


「まず、その巨体から来る日照不足。これは、作物の生育に対して大きな被害を出すはずだ」

飢饉(ききん)が来ると?」

「断言はできない。だが、既に今年刈り取るはずだった小麦の多くは龍に焼かれてしまった。我が国エルドは、このまま冬を迎えることになる」


 おまけに備蓄は、龍との戦いでほとんど放出している。

 いずれ食糧問題から目をそらすことはできなくなるだろう。


「懸念は他にもある。三百年前、巨大龍が現れたときは、龍自体がダンジョンと化した、という記録がある」

「そりゃあ……(まず)いだろ。王都の目の前にダンジョンってのは」

「龍の身体に流れる莫大な魔力が、モンスターの苗床になるという話だ。それ以外にも、龍の体表には様々な生物が棲んでいる。種が落ちれば、龍跡(りゅうせき)樹海(じゅかい)――尋常とは異なる植生(しょくせい)の森だってできるだろうし、当然環境を蝕む。それに」

「それに?」

「場合によっては、スタンピードもあり得る」


 彼は閉口した。

 私だって頭を抱えてしまいたいのが本音だ。

 スタンピード――つまり、モンスターの大量発生による大海嘯(だいかいしょう)

 あらゆる都市や土地を飲み込む、文字通りのモンスターの津波だ。


 ただでさえ国力が弱っている現在、そんなものに対処する余裕はない。


「もっとも、これはまだ先の話だ。ひと月やふた月でそうなるとは思えない」

「なら、何をそんなに警戒している?」

「他言無用で、頼めるか」

「承知した」


 阿吽(あうん)の呼吸。

 わざわざ確認するまでもないといった様子で彼は頷く。

 それでも私は、まだいっとき逡巡して。

 ようやくに、その不吉な言葉を吐き出した。


「……アンデッド化」

「おい、おいおいおい!」


 ルドガーは椅子を蹴立てる。

 手に持っていたグラスからは葡萄酒が零れ、彼の服を汚す。

 常に泰然自若を崩さない彼が、大きく狼狽していた。

 それはそうだ。

 我々は、ようやくにして巨大龍を退(しりぞ)けたのだ。

 だというのに――


「ば、バケモノだ……! スケルトンのバケモノが出たぞ……!!」


 外から聞こえた絶望的な悲鳴が、思考を遮った。

 私と悪友は互いを見遣り、即座に部屋を飛び出す。

 抱いていた危惧は、おそらく同じものだっただろう。

 まさか。


 まさか――本当に巨大龍が、復活(アンデッド化)してしまったのか!?


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