第二話 民草は歓喜に沸き、王たちは現実に打ちのめされた
宮殿の外では、民たちの宴が続いている。
謳い、踊り、あり合わせの楽器を打ち鳴らし、酒を飲んで、飯を食らい、生きているという幸福を彼らは分かち合っていた。
それは素晴らしいことだ。
なにせこの七年間、私たちを苦しめてきた元凶、〝巨大龍〟が死に絶えたのだから。
……ゆえにこそ。
民草の上に立つ者たちは、〝ある問題〟と向き合わねばならない責任がある。
「我が王ナッサウ・デ・エルド陛下、そして皆々様、お集まりいただき、誠に有り難く存じる」
ここは、王宮に設けられた巨大龍災害対策機関の会議室。
頭を垂れた私を見遣る、お歴々の表情は不思議そうなものが多い。
「それで、なんじゃヨナタン・エングラー。儂は忙しいのじゃが?」
ナッサウ王は不機嫌だった。
赤ら顔であり、すでに多分な量の葡萄酒を召し上がっていることは明らかで、おそらく先ほどまで宴会に興じていたのだろう。
何もかもが終わって、打ち上げのつもりなのかもしれない。
……正直、私とて燃え尽きてしまいたかった。
もはや国防の役目などなく、龍より民を守る必要などないのだと全てを投げ出し、呆けた老人のように朽ちてしまいたかった。
やっと訪れた平和に水を差すことなど、誰が言いたいものか。
だが、許されない。
これより王から勘気を買うとしても。
恐怖で私の寿命がどれほど縮んでも。
まだ立ち止まることは許されないのだ。
むしろ、私たちはこれより始めることになる。
災厄の、後始末を。
「まずは、巨大龍の討伐、まことにめでたく」
「うむ! この都と心中するつもりであったが、まさか龍の方が死んでくれるとは思わなんだわ。おかげで命拾いじゃ」
若干機嫌をよくした様子の王。
この機を逃さず、私は進言を為す。
「確かに、私たちは生き延びることができました。しかし各地の被害はそのままです。これには、なんらかの対応が必要となりましょう」
告げれば、一同は顔を見合わせ、ついで吹き出すように笑い出しはじめた。
誰もが飛びきりの冗談を聞いたように。
この男は、なにを言っているのだろうかと馬鹿にするように。
ああ、胃がしくしくする。
「復興の財源が必要だと申すか?」
王の問い掛けに、私は重々しく頷きを返す。
すると彼らは、またひとしきり笑い。
「龍の素材を売ればよかろう!」
至極当たり前だという顔で、そんなことを言い放った。
確かに、伝承通りならば、龍の全身とは希少部位の塊だ。
捨てるところなどない。
たとえば鱗の一枚からして、伝説の武具に用いられる金属、オリハルコン鉱石の重層物である。
これを売るだけで、今後この国は安泰だろう。
「絶望のあとに来る希望。まさしく巨大龍とはそういったものじゃ」
王の言葉は、一面的に正しい。
間違ってなどいない。
だから、私が言わなければならない。
陛下の力で、田舎貴族の三男坊から龍災対の長にまで取り上げて貰った、専門家たる私が。
どれほど恐怖に打ち震えていたとしても。
「我が王よ、いまが何時であるか、解りますか」
「む? 外は薄暗いし……これ、大臣、何時じゃ?」
王の問い掛けに、大臣のひとりが魔導時計を取り出し、時刻を告げた。
「十二時です」
「夜中にしては、明るいのう。皆浮かれて松明を焚きすぎではないか?」
ドッと重臣たちが沸き返る。
「いいえ」
私は、一抹の心苦しさを覚えながら、陛下のお言葉を訂正した。
「いまは、昼の十二時です」
「――なに?」
ナッサウ陛下は、歴史に名を残すような名君ではない。
だが、決して暗君でもない。
立ち上がった彼の王は窓辺へと歩み寄り、外を眺めた。
そうして、あんぐりと口を開ける。
他の者たちも後に続き、同じように言葉を失った。
私も、彼らと同じ光景を見る。
山脈があった。
王都の目前に聳える巨大なる霊峰。
それは、陽光を完全に遮り。
「ヨナタン・エングラー、否、龍禍賢人。教えてくれ、あれはまさか――」
「あれが、巨大龍です」
私の答えに、一同は全てを察した。
龍は巨大だった。
巨大すぎた。
太陽が中天にあってなお、日照が不足するほどに。
王都は、龍の影に飲み込まれてしまっていたのだ。
そう、まだ何も終わってはいない。
各地では龍の残した災害が荒れ狂っている。
この遺骸とて、希望だとはとても言えない。
だから。
「我が王よ。巨大龍災害対策機関の長、龍禍賢人として進言いたします」
何卒。
「龍の速やかなる解体を、ご決断ください」