叶わぬ約束
雪が降り積る中、一人の男がコートを羽織ってゼノンの家へとやって来た。
門番に止められ名前を問う。
その男の名を聞いた門番の顔は驚愕する。
急ぎゼノンのいる部屋へと向かう門番。
「失礼します! ゼノン様! 勇者が!・・・・・・勇者が来ました!」
門番を務めるものがものすごい剣幕でそう話す。
勇者の言葉にはゼノンも多少なり険しい顔をしていた。
そして、隣にいるメフィはというと、なんの事だかわかっていない様子。
「ねぇ、ゼノン? 勇者ってなに?」
知らない言葉に疑問を浮かべるメフィ。
確かに、ここ最近は勇者の話題は皆無であった。
そのため、街中でも勇者の名を耳にすることはなかったのだ。
「うむ。勇者とは魔界でいう人間界の魔王だ。
その力は恐らくSクラス以上とも言われている」
分かりやすい回答にメフィも納得する。
勇者というものが何なのかはわかった。
だが、なんの為にここへ来たのかは分からない。
だが、来てしまった以上出向かない訳にもいかない。
それにコチラにも有益な情報が手に入る可能性もある。
ゼノンとメフィは門番に連れられ、勇者の待つ門へと向かう。
そこには確かに人間とは思えないオーラを纏った人間がいた。
そして、ゼノンはその勇者を知っていた。
いや、過去に一度だけ見た事があった。
そう。それは魔界を出る直前。
好き勝手に暴れている魔王を倒した時に殺られかけていた勇者だ。
そして、勇者レインもゼノンと対峙して何かを感じたようだ。
見た目は変えても勇者は直感でゼノンに対して何かを感じているのかもしれない。
「・・・・・・あなたがゼノン。過去に居たとされるせかいさいきょの魔王ゼノンと同じ名前ですね。人間だというのに」
レインは怪しんでいる。
しかし、証拠も無いため確証もないのが事実。
ゼノンは平常心で答える。
「うむ。親はその名を知らなかったようだが、カッコ良さで決めたようだ。それで、勇者程の者が何故このような場所に来た?」
そう。それが一番の疑問である。
勇者ともあろうものが何用で、一個人宅へ訪れたのか。
と言ってもゼノンには凡その検討がつく。
『教皇』だ。
勇者と聖女は切っても切れない関係。
つまり、その上である教皇とも繋がりがある。
と言っても元聖女である、レイラは勇者との仲を切ってこちらへとやってきたのだ。
結果論でいうと別に切れる存在ではあった。
話はそれだが、つまり勇者は教皇が送ってきた刺客の一人だとゼノンは予想する。
「僕は教皇の命によりゼノン。貴方を倒しに来た。
教皇に敵対し国家転覆を計ろうとする貴方を!」
静まり返るその空気。
何故だかレインはいたたまれない気持ちになっていた。
何を言ってるんだコイツはと言わんばかりに冷たい視線を向けるゼノン達。
そして、タイミング良く子供達も帰ってくる。
「お父さん! お母さん! ただいま!」
「帰りました父さん、母さん」
ムムとトラリーが帰ってきて、その後ろにはシンとリリアも居た。
メフィに飛び付くムム。
ゼノンに楽しそうに会話するトラリー。
その光景は偽りの無い幸せな家庭だ。
「やっぱりか・・・・・・」
一人つぶやくレインの言葉をゼノンは逃さなかった。
「半信半疑でやってきたというところか。当たり前の事だが、私は貴族を殺してなどいない。過去に一人正当防衛で殺しはしたが、それはロベルトが証人となっている」
その言葉を聞きレインは頭を下げる。
「・・・・・・申し訳ありませんでした。いきなり押しかけ、いきなりありもしない濡れ衣を着させようとして、、、どうかお許しを。そして、ゼノン、いやゼノンさん。少し二人で話せますか?」
ゼノンは頷きそのままレインと共に庭で語る。
「僕は以前、魔王討伐の為に魔界へと赴きました。その頃はまだ
自身の勇者という役割に溺れ、力が無いくせに無理な任務にも赴きました。そのひとつが魔王討伐です。結果は惨敗。
私 僕は、そして、仲間達は死を覚悟しました。
そこへ現れたのがゼノンさん---あなたですね?
人間に化けてはいるようですが中身までは変えられない。
恐らく気付けるのもほんのひと握り程度、いや、下手したら
僕くらいでしょうか? あなたが僕を助けてくれたゼノンさんなのですね」
参った。まさか人間如きに気付かれるとは。
勇者とは存外油断ならない存在の様だ。
少し上方修正をした方がいいかもしれない。
しかし、バレたのなら仕方がない。
「あぁ。私が魔王ゼノンだ。訳あって今は人間界で暮らしている。
そして、あの子達は紛れもなく私の子供だ。もし、子供と引き剥がそうと画作するならばお前を殺し人間界を葬り去る」
ゼノンの殺気が一気に解き放たれる。
いや、少し手加減はしている。
一般人が喰らったならそれだけで死ぬことになるだろう。
何せ、勇者であるレインでさえ呼吸をするのがやっとだ。
「くっ・・・・・・殺気をお収めください、、、あなた達家族の絆は先のやり取りだけでも十二分に理解できます。子供達の笑顔を見ればわかりますよ。そして、命の恩人である貴方を僕が横槍を入れる訳がありません」
レインの言葉を聞きゼノンは怒りを収める。
どうやらゼノンが魔王である事も拡散する気は無いようだ。
「うむ。私はただ、子供達、そして家族と普通に暮らしたいだけだ。人間共が邪魔をしない限り私から手を出すことは無い。
と言っても、教皇はそれを許さないだろうがな」
レインもそう思う。
教皇は何かとオルレア一家を亡き者にしようと画作している。
教皇の兄である国王にゼノンがついたと思ったからだろう。
自身と国王の勢力争いにとってオルレア家の力は強大すぎたようだ。
だが、ゼノン達は別に国王派になった覚えは無い。
ただ、会話をしただけで国王から正式に公爵家を名乗る事を許されただけだ。
だが、教皇にそんな余裕はなかった。
国王が勢力を拡大するのを防ぐのに必死なのだ。
ゼノン達からしたらとんだ迷惑である。
そこで勇者であるレインが一案を用いてきた。
「僕が直接教皇に知らせましょう。ゼノンさんは二人の勢力争いに興味はないと。ただ静かに暮らしたいだけなのだと。
教皇もこれ以上手駒を減らしたくは無いはずです」
レインの言葉にゼノンは頷く。
勇者の言葉なら信憑性もあり、教皇も信じるだろう。
これでダメなら本格的に殺るしかない。
ゼノンは最後の望みを、いや、教皇が生きる為の最後の望みを
レインに託す。
門までゼノン自らレインを見送る。
「わざわざお見送りありがとうございます。ゼノンさんに直接感謝を伝える事が出来て良かった。もし、宜しければ近々食事でもどうですか? もちろん僕が奢ります!」
魔王と勇者。
相対する存在である二人が今目の前にいる。
だが、その関係とは裏腹に食事をしようと言う。
そんな光景がゼノンはおかしかった。
だが、これが本来ゼノンの求めていた光景なのかもしれない。
種族関係なく平和な世界。
争いの無い世界。
ゼノンは勇者と握手を交わす。
「あぁ。落ち着いたら行くとしよう。楽しみにしているぞ勇者よ」
その言葉に勇者レインは笑顔になり、来た時とは正反対の様子で帰って行った。
しかし、その約束が果たされることは無かった。
勇者レインは殺されたのだ・・・・・・魔界のすぐ近くで。
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