早朝の騒動
次の日、ニエちゃんのエサやり当番のキュリエレーナが、いつもより早めに登校すると、何やら教室の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「ほらほら、ニエちゃん。何か面白いことしてみろよ!」
「聖女って特別な人間なんだろう?」
サタン組のお調子者コンビ、コーマックとレジーだ。大柄なコーマックがニエちゃんの髪を引っ張り、そばかすの目立つ顔のレジーは彼女の頬を定規で突いている。
「……! ……ッ!」
ニエちゃんは地べたに転がりながら身をよじって、必死に抵抗していた。しかし、どうやらレジーが魔法で彼女の動きを封じているらしく、その反抗は些細なものであった。
あまりのことに仰天して立ち尽くしていたキュリエレーナは、涙目のニエちゃんと目が合ったことで我に返り、すぐさま彼らを止めに入った。
「コーマック! レジー! やめなさい! 生き物は大切にしないとだめでしょう!」
「げっ、キュリー」
口うるさい学級委員長の登場に気が付き、二人は素早くニエちゃんのもとから退いた。キュリエレーナは、檻の前に腕を組んで仁王立ちする。
「遊びなら他のことをしなさい!」
「はーい」
二人は面白くなさそうにすごすごと下がって、定規を振り回して机の上に乗りながら『騎士団ごっこ』を始めた。
「まったく……。男子って野蛮なんだから……」
キュリエレーナはニエちゃんにかけられた魔法を解き、彼女の前にエサ――ブドウ味のゼリーを置くと、教室の一番前の席に移動して怖い顔になった。
「あんたもあんたよ! 見てたんなら止めなさいよ!」
キュリエレーナが声を掛けたのはルインだ。彼は騒動の間、ずっと自分の席で本を読んでいたのである。
「何で僕がそんなことをしないといけないんだよ」
ルインは読んでいた図鑑から、面倒くさそうに目を上げて答えた。
「あれくらいじゃ人間は死んだりしないよ。大体あんな下等生物に、『いじめられて悲しい』なんて高度な思考ができるわけないじゃないか。この図鑑にはそう書いてあるよ」
ルインは読んでいた本を見せてくる。生物図鑑だ。そこには、棒切れを持った凶悪な顔つきの人間が仲間同士で殴り合いをしている絵が描かれていた。
「この図鑑を書いた悪魔、きっと本物の人間を見たことがないのよ。だから嘘を書いちゃったんだわ」
『人間の知能はゴブリンと同程度であると考えられている』という記述に一瞥をくれながら、キュリエレーナは鼻を鳴らす。
「ゴブリンなんかより、ニエちゃんは頭がいいはずだもの。私には分かるわ。だって……」
ガタン、と重いものが倒れる音がして、キュリエレーナは話を中断した。ルインと一緒に、何事だろうと思いながら、音のした方に目を遣る。