魔王様の度胸試し
サタン組の子どもたちとニエちゃんは、魔王様と共に応接室に入った。学園長はついて来ていない。魔王様が、「まずは彼らと話したいから」と言って同席を拒否したのだ。
「さて、どこまで話しましたっけ……」
応接室のソファーにゆったりと腰掛けた魔王様は、顎に手を当てた。キュリエレーナが、「魔王様が人間の文字を勉強した理由のところからです」と生真面目に返事する。
「ああ、そうでしたね」
魔王様は軽く笑った。
魔王様は魔界で一番偉い悪魔だ。そんな彼とこんな近くで話をしている。それもこれも自分たちが、『魔王様から預かった生贄用の人間を育てる』という大役を仰せつかったからだ。
サタン組の子どもたちは、それがどれだけの重要な役目だったのか、今更のように認識した。
しかしながら、自分たちはその任を全うできなかった。皆は生贄にされた人間と接する内にいつの間にか親近感を覚え、最後には彼女を殺させまいと逃がそうとした。
それは、自分たちに生贄を預けた魔王様を失望させるような決断のはずだ。
だが、今の魔王様は、少しも怒っているように見えなかった。それどころか、自分たちとの会話を楽しんでいるようでさえある。そのことが皆には不思議に思えて仕方がなかった。
「私、昔はこの学園の生徒だったんですよ」
魔王様は唐突に昔話を始めた。
「君たちくらいの年齢では、やったことのある子はいないかもしれませんけど、この学園では代々、度胸試しとして初等科の上級生や中等科の生徒たちが、森を探検する『習わし』があるんです」
魔王様は規則違反の行為のことを、さも伝統行事のように言ってのけた。コーマックが少し笑ったが、ルインに肘で突かれて笑顔を引っ込める。
「私もそれで森に入ったことがありました。初等科の四年生の頃でしたね」
「でも、魔王様ならそんなの余裕でしょう?」
エドが言った。
「だって魔王様、すごく強いじゃないですか。さっきだって……」
「今は確かにすごく強いかもしれませんが、昔はそんなことはありませんでしたよ」
魔王様は緩くかぶりを振った。
「少なくとも、一緒に探検していた悪友とはぐれて泣いてしまうくらいには、強くはありませんでしたね」
意外な過去に皆は目を瞠った。魔王様は昔のことを思い出しながら苦笑いする。
「危ない生き物に追いかけ回されて食べられかけて……下手したら死んでいたでしょう」
魔王様がどんな恐怖を味わったのか、皆にはよく分かった。つい先ほどまで、自分たちも同じような思いをしていたのだ。
「私はそんな危険から無我夢中で逃げました。その内に、ある場所に入り込んでしまったのです。そこが『人間界』でした」
「えっ、どうしてですか?」
マリリンが思わず声を上げた。魔王様は、「多分、知らない内に人間界へ続く道――『通路』を通ってしまったんでしょうね」と答える。
「『通路』は、一定の場所に常にとどまっているわけではありません。誰も気が付かなかっただけで、昔はあの森にもあったのでしょう。今も存在するのかは分かりませんが」
探し求めていたものが案外近くにあったのかもしれないと知って、皆は少し複雑な気分になった。そうと知っていれば、わざわざワイバーンを探し回ったりはしなかったのに。
「当り前ですが、『人間界』ですから、そこには『人間』が住んでいます。私はそこで、初めて本物の『人間』を見ました」
他の悪魔たちと同様に、魔王様もその時までは人間を見たことがなかったらしい。魔王様は、ニエちゃんにチラリと視線を向ける。




