家畜の名前
誰も何も話さない。そんな中、今まで黙っていた魔王様が口を開いた。
「先生、まあ落ち着いて」
魔王様は冷静に学園長を諭した。
「とにかく学校に帰りましょう。この森は、話をするのにはあまり相応しくない場所のようですから」
学校に帰る、と聞いて、皆の顔色が変わった。子どもたちは一斉に、「待ってください!」と叫ぶ。
「魔王様、駄目です!」
「お願い、ニエちゃんを連れて行かないで!」
「ニエちゃん?」
何やら聞き慣れぬ単語が出てきたことに、魔王様はきょとんとしている。もどかしい思いで、キュリエレーナが説明した。
「魔王様、私たちに生贄用の人間を育てなさい、って言って預けましたよね? 私たちは、その人間に『ニエちゃん』っていう名前をつけたんです」
「なるほど、そういうことか」
キュリエレーナの言葉を聞いて、学園長は納得がいったように頷き、やれやれと肩を竦めた。
「以前に君たちと話した時も思ったが、家畜に名前をつけるなんて……。ふん、情が移ったというわけだね」
キュリエレーナは思わず、「家畜ではありません!」と反論したが、学園長はそれを無視した。
「つまりは、君たちはその人間を生贄にしたくなくて、こっそりと逃がそうとしたんだな。だからこの森に侵入した。ああ……なんという愚かなことを! 君たちは悪魔の面汚しだ!」
学園長に怒鳴られ、キュリエレーナは俯いた。他の皆も口を閉ざして、重苦しい顔になっている。
だが、キュリエレーナには分かった。皆自らの行いを反省して、後悔の念に囚われているのではない。彼らは、自分たちはそんなに悪いことをしたのだろうかと疑問に思っているのだ。
どれだけ叱られようが、間違っていると言われようが、もはやサタン組の子どもたちの中に自責の念が湧いてくることはない。ニエちゃんは自分たちの友だちだ。友人を助けるのがいけない行為だと誰一人思っていないことは明らかだった。
「ふむ……。そういうことですか……」
魔王様は腕を組んで何やら唸っている。難しい顔だ。キュリエレーナの心はさらに重くなった。
先ほどワイバーンを従わせてしまったことからも分かるように、魔王様は魔界で一番強い悪魔なのだ。
もしここで自分たちが全力で抵抗したとしても、彼は難なくそれをはねのけてしまうだろう。そして、ニエちゃんを連れて行ってしまうのだ。そうなったが最後、彼女の運命は決まってしまう。
「ま、魔王様……お願いです……」
「お願いだから、ニエちゃんを連れて行かないで……」
サタン組の子どもたちに出来るせめてもの足掻きと言えば、こうして泣いてニエちゃんの助命を願うことくらいしかない。
キュリエレーナは自分の無力さを実感して、どうしようもなく遣る瀬ない気分になる。




