サタン組の覚悟
「……皆……平気……?」
幸いにも、地面はすぐに水平に戻った。目を回しながらキュリエレーナが尋ねると、暗闇のあちらこちらから、「……うん」「何とかね」等の声が聞こえてくる。
先程の衝撃でランタンは壊れてしまったようだ。エドが近くにあった枯れ木を集め、魔法で小さな炎を灯すのが分かった。
そこに集まってきた子どもたちは、顔や手に擦り傷を作り、服はところどころ破れ、ひどい有様である。中には足を引きずっている子もいた。はぐれた子がいないのは不幸中の幸いだろう。
「なおす。みんな、きて」
ニエちゃんが気遣わしそうな口調で言って、子どもたちを自分の周りに集めた。顔から泥を払いながら、コーマックがルインに、「ここ、森のどのへんかな?」と尋ねている。
「分からない。滅茶苦茶に走り回ったから」
ルインが首を振る。キュリエレーナは、どうやら完全に森の中で迷子になってしまったらしいと察した。
しばらくして、無事に全員の治療が終わった。だが、誰も動こうとしない。と言うよりも、動こうにもどちらへ進めばいいのか分からなかったのだ。
「これからどうしようか……」
誰かがポツリと呟いた。だが、それに答えられる者はいない。
キュリエレーナは、今更のようにこの計画の無謀性をひしひしと実感していた。
このままではワイバーンを見つけるどころか、そこら辺の魔物の胃袋に収まってしまいかねない。ニエちゃんを逃がすにしたって、もっと上手いやり方があったかもしれないのにと、後悔がとめどとなく湧き上がってきた。
恐怖と絶望で皆は憔悴していく。そんなサタン組の子どもたちを見て、ニエちゃんは「ごめんね」と言った。
「わたし、たすける……しようとして、みんな、けがした、です。ここ、あぶない。……かえるみち、さがそう?」
ニエちゃんの声は辛そうだった。彼女は、皆がひどい目に遭ったのは自分のせいだと考えて、責任を感じているらしい。
だが、そうと気が付いた子どもたちは、「そんなのだめだよ!」と一斉に彼女の意見に反対した。
「そんなことしたら、ニエちゃん、死んじゃうんだよ!」
「そうだよ! 僕たちはまだ帰れない! ニエちゃんを助けるまでは絶対に!」
どれだけ絶望の淵に立たされようが、『帰る』という選択肢は、まだサタン組の子どもたちには存在しなかった。
だって、帰ってしまえばニエちゃんは『生贄』にされてしまうから。それはサタン組の子どもたちにとって、この森で永遠に彷徨い続けるのと同じくらい、起こって欲しくない未来だった。
「私たちは、ニエちゃんを助けるためにここにいるの」
キュリエレーナは、ニエちゃんを説得するようにその手を握った。
「皆、ちょっと大変な目に遭うくらい覚悟してたわ。……そうよね?」
キュリエレーナが尋ねると、力強い頷きが返ってくる。それはまるで、ニエちゃんだけではなく、自分自身をも鼓舞しようとしているかのようだった。
「ね? だから、ニエちゃんは自分のせいだとか、そんなふうに思っちゃ駄目。皆がこうしたいって思ったから、こうなっちゃっただけなんだから」
「でもね……」
キュリエレーナは説得を続けるも、ニエちゃんはまだ納得がいかないようだった。
だが、彼女は反論の言葉を紡ごうとして口を閉ざした。炎の明かりが届かない闇の中から、聞き覚えのある、「グエッ、グエッ」という声が聞こえてきたのだ。それに気が付いた皆は、真っ青になった。
「まさか、さっきの……?」
「きっと回り道して追いかけてきたんだ!」
「まずいよ! 早く逃げないと……!」
皆は立ち上がろうとした。しかし、途端にすぐ近くから、低く唸る獣のような声がした。炎の赤に照らされた茂みを縫って姿を現したのは、巨大な狼の魔物、フェンリルだ。
フェンリルは喉を鳴らしながら、こちらに詰め寄ってくる。キュリエレーナの悲鳴は声にならなかった。皆と一緒に竦み上がったまま、じりじりと後退することしかできない。
「ル、ルイン、念のために聞くけどさ……」
エドが掠れた声を出した。
「フェ、フェンリルって……こんな見た目だけど、草食だったり……する……?」
「……しない」
ルインは別の返事ができればよかったのに、と言いたげな声をしていた。




