森の魔物たち
「何だ、驚かせてくれちゃって」
音の正体が牛の足音だったと気が付いて、エドは気の抜けたような笑いをこぼした。キュリエレーナも胸元をさする。
「よかった、ただの牛じゃん」
「ただの牛だって!」
しかし、皆が安堵する中、ただ一人ルインだけが素っ頓狂な声を上げた。
「皆、生物図鑑とか読まないの!? こいつはカプトレバスだよ! 水辺に棲む魔物で、目が合った相手の命を吸い取るんだ!」
ルインの言葉に皆の笑いが止まった。悲鳴を上げそうになるマリリンの口を、ルインが押さえる。
「静かにして! 刺激しちゃ駄目! 性格は温厚だから、こっちから何もしない限り襲っては来ないよ! 視線を外しながらゆっくり後退して!」
かく言うルインが一番うるさいような気がしたが、キュリエレーナはそんなことを指摘するどころではなかった。皆と一緒にぎこちない動作でカプトレバスに背を向けると、そのまま静かに歩き出す。
「ねえルイン、あいつ、ついて来てない……?」
しばらくしてレジーが肩越しに後ろを振り返り、顔を引きつらせながら悲愴な声を出す。レジーの言う通り、カプトレバスはのろのろとした動作ではあるものの、一行の後ろをえっちらおっちらと歩いていた。
「大丈夫なの……?」
「た、多分……」
ルインが不安げに頷いた。その服の裾をニエちゃんが軽く引っ張るのが、キュリエレーナには見えた。
「ルイン、なにか、いる」
「えっ……?」
「うえ、おと、する。わたし、きこえた、です」
ニエちゃんの言葉を聞いた子どもたちは、注意を頭上に向ける。辺りにあるのは木ばかりだが、確かにその梢の間から、何かが擦れるような音がしていた。
ニエちゃんがランタンを上に掲げる。すると、小さな影が枝の上で動いているのが分かった。
キュリエレーナの頭の中で、後ろのカプトレバスと、この影の存在が、すぐさま結び付く。
「これ、罠だわ!」
キュリエレーナが声を荒げた途端に、木の間から小さな影がいくつも落ちてきた。二足歩行する醜悪な小人の魔物――ゴブリンだ。気がついた時には、一行はゴブリンの群れにすっかり囲まれてしまっていた。
自分の最悪の予感が当たったことに、キュリエレーナは絶望した。
「あいつら、カプトレバスで注意を逸らしてる間に、私たちのことを襲おうとしたのよ!」
「ええっ! ゴブリンがそんな高度な狩りの技を使うなんてこと……」
「あるはずないって言いたいの!? でも、現実に起こってるでしょ!」
キュリエレーナがルインと言い争っている間にも、ゴブリンは手に木の棒や石ころを握りながらじわじわと輪を縮め、包囲網を狭めてくる。
サタン組の子どもたちとニエちゃんは背中合わせになりながら、なすすべもなくゴブリンの凶悪な笑い顔を見ているしかなかった。
「ど、どうしよう……」
予想外のチームプレーを見せる魔物たちに動揺して、ルインはこの状況の打開策を何も考え付かないでいるらしい。キュリエレーナも何かいい方法はないかと唇を噛む。
すると、堪りかねたようにニエちゃんが叫んだ。
「みんな、にげる! て、つないで!」
もはや追い詰められた幼い悪魔には、ニエちゃんの言葉に従う以外の選択肢はなかった。とっさに覚悟を決めたキュリエレーナたちは隣にいた子と手を繋ぎ、はぐれないようにしながらゴブリンに突進していった。
「グエッ!」
ゴブリンたちも、まさか十三体と一人が突撃してくるなんて思ってもいなかったのだろう。驚いて獲物たちを止めることもできないまま、仲間の何匹かをはね飛ばされた挙句、彼らが包囲を突破することを許してしまった。
「グエッ! グエ!」
しかし、そんなことで自らの縄張りに入ってきた新鮮な肉を逃がすゴブリンではない。気勢を上げながら、魔物たちはサタン組の子どもたちを追いかけ始めた。
「うわぁ! こっち来るなっ!」
パニックになったエドが、辺りにあるものにでたらめに魔法をかけ始める。傍にあった小石や枝がゴブリン目がけて飛んでいく。その内の何発かが当たったようで、後方からは「グエッ」というゴブリンの叫び声が聞こえてきた。
それを受けてか、ゴブリンの追跡スピードが少し弱まった気がした。だが、喜んでばかりもいられない。ランタンを持っていたニエちゃんが、「まえ! とまって!」と皆に注意を促してきたのだ。
しかし、彼女が声を上げるタイミングは、少しばかり遅かったようだ。内蔵の浮き上がるような、急激な浮遊感が襲う。サタン組の子どもたちは傾斜した地面を、悲鳴を上げながら転がっていった。




