図鑑の『人間』
ルインが教室に戻ると、意外なことにすでに皆下校した後のようで、誰もいなくなっていた。とは言え、ルインにとっては都合がいいことである。ルインは自分の席の引き出しの中に図鑑があるのを見つけると、胸を撫で下ろして教室を出ようとした。
しかし、席を立ち去ろうとした途端にニエちゃんと目が合ってしまう。ニエちゃんは嬉しそうに手を振ってきた。その朗らかさに吸い寄せられるように、ルインはニエちゃんのところに足を進めてしまう。
「……何だよ、下等生物のくせに」
ついつい彼女のもとに来てしまった自分が恨めしくて、ルインは憎まれ口を吐いた。ニエちゃんは無邪気に、「かとう……なに?」と聞いてくる。
「下等生物。僕たちより劣っている生き物ってことだよ」
ルインは仕方なく説明してやる。
「本にそう書いてあるんだ。……ほら」
どうせ書かれている内容を理解できるほど、彼女はまだ自由に読み書きはできないだろうけど、と思いながら、ルインは持っていた図鑑の『人間』のページをニエちゃんに見せた。
「……これ、わたし?」
ニエちゃんは図鑑をしばし凝視した後、棒を振り回す粗野な顔つきの人間の挿絵を指さして首を傾げた。
そして、檻の中に置いてある手鏡に映った自分の姿を見る。この鏡は、ニエちゃんも身だしなみくらい整えたいだろうから、ということで、マリリンがプレゼントしたものだ。
「にてない」
「……確かにこの絵は、ちょっと大げさに描いてあるかもね」
そのことはルインも認めていた。
「このえ、ちがう。だから、ルイン、かいて、わたし」
「えっ、僕が!?」
ニエちゃんは檻の隙間からクレヨンを差し出してくる。意外な申し出にルインは困惑した。
「わたし、これ、ちがう。ルイン、ほんとうの、わたしの、すがた、かく、です」
「でも、僕、絵はあんまり……」
「ルイン、かく、です!」
ルインは断ろうとしたが、ニエちゃんの方が強引だった。案外わがままなんだなと思いながら、ルインは仕方なくクレヨンを受け取って、近くにあった紙にニエちゃんの絵を描いた。




