ニエちゃんの書いた文字
ルインはその日は結局、一日中ニエちゃんの檻には近づかなかった。
そんな彼がやっとニエちゃんのところへ行ったのは、放課後になってからだ。と言っても自らの意志ではなく、レジーに連れて来られたのである。
「ちょっと、一体何!?」
帰り支度をしていたところを強引に引っ張られて、ルインは困惑した。レジーは、「これ見て」とニエちゃんの檻の中から紙を一枚とる。
『ルイン だいすき』
紙には下手くそな文字でそう書いてあった。
「じ、れんしゅう、した、です」
ニエちゃんは檻の中で笑っていた。彼女の白い両手は顔料で赤や黄色に汚れている。床には、小さくなったクレヨンがいくつも転がっていた。
「ニエちゃんね、今日はずっと文字の練習してたんだよ」
レジーが言った。その隣では、コーマックがニエちゃんに自分の名前を書いてもらって喜んでいる。マリリンは、ニエちゃんの書いた人間文字を物珍しそうに眺めていた。
「『大好き』って言葉の書き方を覚えたら、真っ先にルインのことを書いたんだ。きっとニエちゃん、ルインのことが本当に……」
「だったら何だよ! 下等生物のくせに!」
ルインはわけもなく腹が立ってきてレジーを無理やり押しのけると、さっさと自分の席に戻り、ランドセルをひっつかんで教室を出た。
後ろからキュリエレーナが、「ちょっと!」と呼び止める声がしたが、誰が止まってやるかと思った。
(あんなのただの人間なのに、一体どこがいいんだよ……!)
ニエちゃんを当たり前のように受け入れているクラスメイトに、何故か無性に苛立ちを覚えた。
しかし、そう思ってみた途端にニエちゃんの屈託のない笑顔が浮かんできて、ルインは自分で自分を叱りつけたくなった。人間とは、皆あんなふうに笑うのだろうか。
ルインの頭の中に、図鑑で見た人間の挿絵が浮かんでくる。それと同時に、ルインは足を止めた。帰り支度をしている途中で教室を出てきてしまったせいで、机の引き出しの中に図鑑を入れっぱなしにしてきたと気が付いたのだ。
別に今すぐ手元になくても困るものではないが、あれはルインにとっては宝物だ。もし学校に置きっぱなしにしておいて、失くしてしまったりしたら困る。
(ああ……もう……)
あんなに威勢よく出て行ったのにまた戻ってきたりなどしたら、皆はどんな顔をするだろう。げんなりしながら渋々身を反転させ、ルインは来た道を戻ることにした。




