一年サタン組のよい子たち、生贄聖女を育てます!
「一年サタン組のよい子の皆さん、こんにちは」
朝のホームルームの時間。私立デーモン学園初等科の一年サタン組の教室では、担任の先生が生徒たちに挨拶をしていた。
「先生、こんにちはー」
元気な声を返すのは、幼い十三体の悪魔たちだ。先生はにっこり笑いながら、「皆さん、今日も一日頑張りましょう」と言った。
いつもと変わらない朝の風景。しかし、今日は普段と違うところがある。皆、忙しなく教室の後ろをチラチラと見ているのだ。
まるで授業参観の折に、壁際に立つ自分の親を気にするような仕草だ。しかし、今日教室の後ろにいるのは、子どもたちの父親や母親ではなかった。
「皆さん、今日から課外授業が始まるということはきちんと覚えていますね?」
ソワソワする子どもたちに少々苦笑いを向けながら、先生が話を続ける。
「さあ、出席番号順に並んで。檻の近くまで行ってみましょう」
子どもたちは顔を輝かせて先生の言う通りにした。そして、教室の後ろに置いてある大きな檻の周りをぐるりと囲むようにしてしゃがむ。
「わあ、これが人間?」
「教科書で見るよりも大人しそうだね」
「本当だ。角も牙も生えてないけど、僕たちと見た目は何となく似てるね」
頭から小さな二本の角を生やし、口元には可愛らしい牙が覗く子どもたちの興味津々の視線の先には、一体の生物――『人間』がいた。
金の長い髪に白い服を着た、角も牙もない二本脚の動物、『人間』は、檻の外の悪魔たちを見て首を傾げている。どことなく戸惑っているようではあるが、警戒心が薄いのか、怯えている様子はない。
「大きいね。メス……かな? 何歳くらいなんだろう?」
「百八十歳か百九十歳くらいじゃない?」
「人間はそんなに長くは生きられないよ。多分まだ二十歳にもならないんじゃないの?」
「ええっ! 赤ちゃんじゃん!」
自分たちの方がずっと大人だということを知って、幼い悪魔たちは盛り上がっている。メスの『人間』は、相変わらず目をぱちくりさせていた。
この『人間』は、人間界から魔界を治める魔王様の元へと送られてきた生贄である。大昔、人間界と魔界の間で起こった大戦争で魔界側が勝利を収めて以来の風習だ。
普通なら送られてきた人間は、すぐに魔界の中心にそびえ立つ大魔界火山の火口に放り込まれる習わしとなっている。しかし、少々変わり者の現魔王様は、その伝統を少し曲げることにしたようだ。
つまり、生贄を殺すまでの間、このサタン組の子どもたちに飼育させてみようと決意したのである。
それはたった七日間のことではあるが、その経験が魔界の未来を担う子どもたちの教育の役に立てば幸いだと考えたのであろう。
「さあ、皆さん、今日からこの生贄の面倒は皆さんが中心となってみるのですよ」
先生が、すっかり『人間』に気を取られてしまっている子どもたちに言った。
「お世話を怠けて死なせてしまったりしては、魔王様が悲しまれますからね。充分に気をつけてください」
しかし、珍獣を目の前にした子どもたちは、先生の呼びかけにも生返事しか返さない。それも当然で、魔界と人間界の交流などほとんどなくなって久しい現代では、生の『人間』を見たことがある悪魔の方が少ないのである。
生贄が送られてくるのも百年に一度だけだったし、その生贄を火山の奥底に沈める儀式にしても限られた悪魔しか列席できないので、一般の魔界の住民は、『人間』について何も知らないと言っても過言ではなかった。
要するに、悪魔たちにとっては『人間』は珍しい生き物なのだ。
先生は肩を竦めながら、「お世話の期間が終わったら、皆さんにこの出来事についての作文を書いてもらいますから、そのつもりで」と言って、一限目の算数の授業の準備のために一旦教室を出て行った。
「よし、皆、今日から頑張ってこの子のお世話をしましょうね!」
先生がいなくなってしばらくしてから、一人の女子が声を上げた。このクラスの学級委員長のキュリエレーナだ。
「じゃあ最初は名前を決めましょう! ……候補がある子!」
「ニエちゃん!」
元気よく発言したのは、キュリエレーナの真横に座っていた陽気なエドだ。
「『生贄』の『ニエちゃん』だよ!」
「はいはい、『ニエちゃん』……っと」
キュリエレーナが教室の後ろに設置された黒板に、『ニエちゃん』と書く。「他に候補がある子いる?」と皆に向かって尋ねる。
しかし皆、命名作業には大して興味がないのか、誰も手を挙げようとしない。そこでキュリエレーナは、エドの横に座る眼鏡をかけた男子生徒のルインに「どう?」と尋ねてみた。
「……聖女だから『セーちゃん』」
ルインがどうでもよさそうに答えた。
魔界に送る生贄の娘を、人間たちは『聖女』と呼んでいるのだ。何でも人間ながらにして魔法が使える特別な存在らしい。だが、そんな魔力も悪魔たちと比べればほんの些細なものであり、到底脅威にはなり得ない代物であった。
キュリエレーナは黒板に、『セーちゃん』と書く。二つくらい候補があればいいだろうと判断し、早速多数決に移ることにした。
つけたい名前の方に悪魔たちは手を挙げる。その結果をキュリエレーナは厳かに発表した。
「――『ニエちゃん』。今日からこの子は『ニエちゃん』です!」
キュリエレーナは檻の中を見ながらにっこり笑った。
「よろしくね、ニエちゃん!」
「……?」
その様子を、生贄聖女のニエちゃんは不思議そうに見つめている。
こうして、一年サタン組のよい子たちとニエちゃんの七日間にわたる生活が始まったのだった。