最後の晩餐
第八十八章 最後の晩餐
最後の晩餐。俺たちはしんみりとした雰囲気でテーブルに着いていた。しかし、小百合との別れを悲しんでいるわけではない。
「四郎君が先に食べなさいよ」
目の前にはサラダが並んでいる。
「サラダはお前の大好物だろうが」
「今日はサラダって気分じゃないの」
「何なんだそれは? じゃあ、芽依」
「マリーさんはお兄ちゃんの許嫁でしょ。お兄ちゃんから食べないと失礼だよ」
「こんな時だけ許嫁にするな」
落ち着いて考えろ俺。まさか手料理を振る舞おうというのにサラダを選ぶことはなかろう。ということはこれは白か。俺はおもむろにフォークを持った。
いや待てよ。マリーの料理の腕を知る料理長が敢えて簡単な料理、つまり被害の少ない料理を作らせているかもしれない。俺はそっとフォークを置いた。
「お兄ちゃんどうして食べないの?」
「芽依、お前が先に食ってみろよ」
「やだよ。芽依、お兄ちゃんと結婚するまでは死にたくないよ」
ブランシェも危険を察したのかフォークを持とうとしない。
「どうしたの? しんみりしちゃって。永遠に別れるわけじゃないんだから、そんなに悲しまなくてもいいじゃない」
マリーだけは蚊帳の外だ。
「そ、そうだよ。ここの食事は最後だろ? しっかりと味わっておかないと」
俺はフォークを再び持つとサラダにぶっさし小百合の口元に持って行った。
「はい、あーん」
意地でも口を開かない小百合。
「ちょっと、何するかと思えば」
前に座っていたマリーはテーブルに乗り出し、俺のフォークに刺さった野菜にかぶりついた。
俺達は一斉にマリ―を凝視する。
「うーん、おいしい」
このサラダは白だ! 俺達は慌ててフォークを持つと一斉に食べ始める。これはうまい。
次の料理が運ばれてくる。スープだ。とてもいい匂いがするが安心はできない。
「どうしたのよみんな。食べなさいよ。美味しいから。これ私の大好物なのよね」
これか! やはり人間心理として自分の好きなものを作ろうと思うはずだ。俺はそっと小百合の方を見たがスプーンを持とうとしない。芽依はというとスプーンでスープをすくって俺の方に差し出そうとしている。俺は慌てて横を向いた。仕方ない最後の手段だ。
「ブランシェ、スープは好きだろ?」
「みんなが食べてから食べる」
何故マリーの料理がまずいのを知ってるんだ?
「どうして誰かの後に食べるの? ブランシェさん」
芽依も同じ疑問を持ったのだろう。
「何となくそうした方がいい気がする」
そうだ。ブランシェの勘の良さは天下一品だった。
「美味しいのよ。ピポポルペのスープ」
さらに聞いたことのない食材だった!
「これってこの地方の特産品なのか?」
「そうよ。前に行ったドラゴンの森に生えてるの。貴重品よ」
確かに貴重品だ。命がけで採りに行ったのか?
「早く食べなさいよ。毒キノコじゃないわ。絶対にまずくないから」
別に食材の味を疑っているわけではない。
すると小百合がそっと俺の耳元で囁いた。
「このままでは埒が明かないわ。誰かが犠牲にならないと」
「それはそうだが。まさか俺が生贄に?」
「そこまでは言わないわ。ナプキンでくじ引きを作ったの。マリーに見つからないように引いて」
「ああ、わかった」
俺は慎重にくじを引いた。赤い印が付いている。
「当たりね」
マジかよ! 俺は思わず頭を抱えた。
「さあ、早く」
俺はスプーンを持つとスープをすくった。ゴクリ。
「う、美味い!」
「嘘じゃないでしょうね」
「本当だ。美味しいぞこれは」
「そうでしょう。この国の自慢の料理よ」
「まさかこれをお前が作ったのか?」
「残念ながら私が作ったのはこの料理じゃないわ」
そうだろうね。わかってましたけど。
「そうか。で、何を作ったんだ?」
「それは内緒よ。言っちゃったら面白くないわ」
俺たちは一斉に下を向いた。
続いて魚料理が運ばれてきた。見たことのない魚だ。いやこれを魚と言っていいのか? 頭が二つあるぞ! さらに緊張感が増してきた。この見た目の料理でマリーが作ったものだったら精神が崩壊するかもしれない。俺がマリーに目をやるとニヤリと笑っている。これこそ怪しいではないか。俺は小百合の方を向くとくじ引きが差し出されてきた。おお神よ! これだけは当てないでくれ! 俺は神頼みをすると小百合の差し出したくじに手をかけた。