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ブラックテイルな奴ら  作者: 小松広和
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最後のひと時

第八十七章 最後のひと時


 俺たちはいつものように昼食を食べていた。この居間には八人くらい座れる大きなテーブルがある。毎食ここに食事が運ばれてくる。まさに至れり尽くせりだ。

「もうこれが最後のランチね」

小百合は俺の方をチラチラと見ながら言った。

「今日のディナーは特別豪華にしてあげるわ」

いや、わざわざしてもらわなくても毎日がかなり豪華なんですけど。

「今日のディナーは私が愛情を込めて作るわ」

え!? 一瞬にして空気が凍った。恐るべしマリーの手料理。

「でも、全て作るのは無理だから一品だけ作ることにしたの」

ほっ! やや空気が和らいでいく。

「そんなに気を使わなくてもいいから」

苦笑いをしながら小百合が言う。

「ううん。今まで仲良くしてくれたお礼よ。どの料理を私が作ったか当ててみて」

たぶん、すぐにわかると思う。

「マリーさんはお姫様なんだから、そんなことしなくてもいいんだよ」

芽依も必死のようだ。

「遠慮しなくてもいいわよ。私の手料理が食べられるのって物凄くレアなんだから」

「ははははは」

小百合と芽依の顔は完全にひきつっている。

「ちょっと四郎。何て顔してるのよ」

俺の顔も引きつっていたようだ。

「マリーの料理はそんなにまずいの?」

さっきから黙って食事をしていたブランシェが的を得た発言をマリーにぶちかます。

「失礼ね! この城内で私の料理をまずいと言った人物は誰一人としていないわ」

それは言えないだけだろ!

「それで? 芽依も一緒に帰るの?」

「芽依はお兄ちゃんといつも一緒だよ」

「じゃあ、帰らないのね?」

「四郎君が帰らなかったらの話だよね?」

小百合はこちらをチラチラと見ながら確認するように言った。

「四郎。まさか帰るなんて言い出さないわよね?」

マリーが俺を睨んだ。この自信はどこから来るんだ?

「そうだな」

俺はどっちつかずの返事をしておいた。今の状況で帰ってしまうのは良くないと思うが、一生ここで暮らすかどうかは全く決めていない。

 俺たちが昼食を終えると小百合が俺をそっと呼んだ。

「二人だけで話がしたいの。ちょっと私の寝室に来て」

「わかった。こいつらに見つからないように行くよ」

俺が気付かれないように部屋を抜き出ることに成功したのは一時間後のことだった。

「遅かったわね」

「悪い。なかなかガードがきつくて。特にブランシェは俺の横から離れなかった」

「ブランシェって凄いよね。あんなに素直な愛情表現ができるなんて日本社会じゃ有り得ないと思う」

「確かにこっちの世界の人は純粋な人が多いな」

「ちょっと羨ましいかも」

「そうだな。俺たちが失っていったものがまだ残ってるって感じがする」

「私も純粋になってみようかな?」

「純粋になるってどういうことだ?」

「ふふ」

小百合は笑みを浮かべながら二・三歩歩いてこちらを振り向き、

「四郎君大好き」

と言って俺に抱き付いた。

「小百合?」

突然の出来事に俺は戸惑いながらどうしていいものか迷う。かつて学校の屋上で味わった気分だ。

「言えた。たったこれだけの言葉なのにどうして言えなかったんだろう。不思議だね」

「前に一度言ってくれたことがあるじゃないか」

「そうだったわね。あの時はこんなに感情を込められなかった。でも今は違う。純粋に心から言えたの」

「ありがとう。嬉しいよ」

「そう言ってくれると勇気を出して言った甲斐があるわ。でも私が帰ったら私たち終わるのよね」

小百合は寂し気に顔を落とす。

「お願い。私と一緒に帰って。絶対後悔はさせない。私の人生全てをかけてあなたを幸せにするって約束する。だからお願い!」

「何か夢のようだ。長い間こんな日が来るのを待っていた気がする。まさか小百合の口からこんな言葉が聞けるなんて思ってもみなかった」

「じゃあ、一緒に帰ってくれる?」

小百合の顔が明るくなっていくのがわかる。

「ごめん。今は帰れない」

「どうして!?」

「マリーが俺たちをもてなそうと一生懸命努力していることを知ってしまったんだ。そんなマリーに突然別れを言うなんてできない。ブランシェを放っておくのも人間として駄目だろう。だが、俺はここに残ってマリーと結婚すると決めたわけではない」

「どういうこと?」

「様子を見て日本に帰るよ。約束する」

小百合は真剣な表情で俺を見ている。喜んでいるのか怒っているのかわからない。数分の後、小百合はようやく口を開いた。

「そう。じゃあその日を楽しみに待ってるわ」

良かった。怒ってない。

「でも、四郎君が帰って来た時には、私に新しい彼ができてたりして」

「え?」

「冗談よ」

「脅かすなよ」

「ねえ、私はどれだけ待てばいいのかな?」

「それは‥‥まだわからないけど」

「たとえその日が来たとしてもブランシェの存在は消えないわ」

「あっ‥‥」

「だったら悲しい思いをする前に新しい彼を作って過去を断ち切った方がいいじゃない」

小百合の声が大きくなる。

「ごめん。俺どうしていいかわからなくて」

小百合は俺を強く抱きしめた。体が震えているのが伝わってくる。

「私、私、四郎君と別れたくないの! でもマリーにもブランシェにも私は勝てない! 芽依ちゃんにだって勝つ自信がないの。素直な自分の気持ちすら表現できなくて、お別れする日になってやっと言えるなんて、本当私って最低よね」

「そんなことない。小百合はとても魅力的な人だ」

「ありがとう。何か言いたいこと言ったらすっきりしちゃった。約束の時間まであと五時間だね。貴重な時間を大切にしなきゃ」

「そうだな」

「時間までいっぱいいっぱいお話ししましょう」

俺がソファーに座ると小百合は俺にぴったりとくっついて座った。まるでブランシェのように。

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