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ブラックテイルな奴ら  作者: 小松広和
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芽依

第八章 芽依


部屋をノックする音と共に妹の芽依が部屋に飛び込んできた。どうやらノックをすることだけは覚えたようだが、返事を待たずに部屋に飛び込んではノックをする意味がないということは分かっていないようだ。

「あ! 小百合さん来てたんだ。おはよう」

「芽依ちゃん、おはよう」

「この頃小百合さんよく来るね」

「そうね。お兄さんと重要な話があってね」

「ええ! 重要な話って将来のこと?」

「こら芽依、何を言い出すんだ!」

俺は少し動揺した。そんなことを聞いて、もし小百合に否定されたら落ち込むではないか。

「残念ながら将来の話ではないわね」

「なあんだ。てっきり別れ話をしているのかと思ったのに」

「突然、何てことを言い出すんだ!」

俺は焦って芽依を怒鳴りつけた。縁起でもない。マリーは芽依にわからないようにそっと頷いている。

「どうして別れ話だと思ったの?」

小百合が優しく芽依に聞く。

「だって大きな声で怒鳴ってたじゃん」

「え? 聞こえていたの?」

「芽依の部屋隣だもん。聞こえてくるよ」

俺と小百合は顔を見合わせた。

「ねえ、芽依ちゃん。どんな話が聞こえてきたの?」

「ええっと、何か今日からこの部屋で寝るとか」

「それは違うの」

小百合は慌てて否定し、マリーはプッと噴出した。

「今、変な音がしなかった?」

「してないと思うけど」

俺はそっとマリーを手で隠した。

「そっか。ところで小百合さんて将来お兄ちゃんと結婚するの?」

「芽依! 突然何を言い出すんだ! お前の話は脈略がなさすぎるぞ」

俺は心臓が口から飛び出したのを必死で飲み込んだ。

「ふふふ、気になる?」

小百合は笑っている。何でこんなに落ち着いていられるんだ?

「そうね。どうかなあ。あるってことにしておくわ」

はひ? 今何て言った? 俺は思わず自分の頬をつねった。

「本気なの? よく見てこれだよ」

芽依は俺を指差して言う。

 これとは何だ。と言いたいが声にならない。そんな質問をして小百合の気持ちが変わったらどうするというのだ。

「あら、四郎君は魅力的な人よ」

な、何ですと?

「四郎君はとても優しいわ。でも、その優しさに付け込んで変な女性が四郎君を偽りの愛で騙そうとするかもしれないでしょ。だから私が守ってあげるようと思っているの」

おお、神様! こ、これはプロポーズと受け取っていいですか? 俺の目からは涙が溢れようとしている。あかん、ここで泣いたらあかん。

 俺の手の下ではマリーが怒りに震えているのが伝わってくる。

「変な人ってどんな人?」

「そうねぇ。例えば、小賢しく頭が回って四郎君を利用する人とか。常に怒ってばかりいて四郎君に嫌な思いをさせる人とか」

「うわあ、何か嫌だ」

マリーの震えが徐々に大きくなってきている。

「そうでしょう。そんな人がお姉さんになったらどうする?」

「嫌だ。絶対に嫌!」

「そんな人に限って、自分の思い通りにならなかったら『無理心中よ』とか言って四郎君と校舎の屋上から飛び降りようとするのよ。きっと」

「こぉらー! 林郷小百合ー!」

林郷とは小百合の性である。

「黙って聞いてれば好き放題言いやがって~」

ついにマリーの怒りは爆発した。マリーの声とともに雷鳴が部屋中に響き渡る。

しかしマリーは芽依と目が合うと、また動かない状態にすぐ戻った。

「お、お兄ちゃん。この尻尾今しゃべったよね。部屋の中で雷が鳴ったような気もしたけど」

「まさか~。そんなことがあるわけないだろ」

「でも確かに『こらー』って言ってたよ」

「気のせいだよ。気のせい」

「おかしいな。動くところも見たんだけど」

芽依はマリーをじっと眺めている。指でつついてみる。持ち上げてみる。

「う~ん」

芽依は不思議そうな顔をしてマリーをちゃぶ台の上に戻した。

「芽依の勘違いかなあ?」

「そうだよ」「そうよ」

俺と小百合は口を揃えて言った。我ながら単純な妹で助かる。

「でも、確かに見たんだけどな」

芽依はまだ納得していないらしくマリーを見続けている。

そしてまたまたマリーをつついてみる。尻尾を持ってぐるぐる回してみる。

それにしてもしぶとい。昔から根に持つタイプだと思っていたが、ここまでしつこいとは思わなかった。そう言えば冷蔵庫に入っていた芽依のプリンを食べてしまった時は随分長い間言われ続けたっけ。未だに冷蔵庫のプリンに『めい』て書いてるもんなあ。しかし、よくこれだけしぶとくマリーを観察できるもんだ。俺なら五分であき‥‥

「ワーッ!」

突然の大声に俺も小百合もちゃぶ台から一歩飛び退いた。マリーはすぐ近くで声を聞かされたため驚きも強かったのだろう。三十センチほど飛び上がった。

「やっぱりこいつ生きてる」

芽依はマリーを摘み上げると俺の方に差し出した。

「ちょっと、放しなさいよ」

マリーも観念したらしく芽依に向かって話し始めた。

「ねえ、お兄ちゃん。尻尾アクセサリーって話ができるの?」

「そんなことあるわけないだろ」

妹の芽依は我が家で一番頭の回転が良くない非常に残念な子だ。

「だって、アクセサリーになる前は狐とかミンクとかで生きてたんでしょ?」

「人間の手足を切ったとして、その手足がしゃべり出したりするか?」

「あっ、そうか」

芽依はマリーを自分の顔に近づけた。

「じゃあ、何でしゃべってるのよ?」

「あなたね。この状況で驚いたり怖がったりしないわけ?」

マリーはため息をつきながら聞いた。

「えっ、驚くのはわかるけど、どうして怖がるの?」

「普通、無生物がしゃべり出したら怖いでしょうが」

「無生物って何?」

「人形とかぬいぐるみがしゃべり出したら怖いでしょう?」

「楽しいじゃない」

「駄目だわ」

マリーは諦めたらしく話さなくなってしまった。わかる気もする。

「芽依ちゃんはまだ小学生だもんね」

小百合が優しくフォローしてくれるが何故か空しい。

 しかし、これは大問題である。マリーの秘密を知られたということは芽依に口止めをする必要性ができたわけだ。芽依は口が堅い方ではない。むしろ柔らかすぎると言ってもいいだろう。

「芽依。よく聞くんだ。今日ここで見たことは絶対誰にも話すんじゃないぞ。わかったな」

「うん、話さないよ」

駄目だ。この返事では確実に話しまくる。

「どうする?」

俺は小百合とマリーに問いかけた。

「催眠術で忘れさせる?」

「殺す!」

当然後者の意見はマリーである。それにしても現実味がない。

「もっと真剣に考えろよ」

俺達三人は黙ってしまった。暫く沈黙の時間が続く。

「お兄ちゃん。何でみんな黙ってるの?」

「うるさい。お前には関係ないことだ」

思いっきり関係あるような気もするが、まあいいか。

「ねえ、芽依も仲間に入れてよ」

「駄目だ」

「何で~」

沈黙が続く中、芽依の声だけが空しく響く。

「ねえ、どうして~ どうしてどうして~」

少しうっとうしく思い始めた時、突然小百合が口を開いた。

「芽依ちゃんて、魔術とか魔法って好き?」

「魔法はそうでもないけど、黒魔術と白魔術なら詳しいよ」

意外な言葉が芽依の口から飛び出した。

「白魔術って何だ?」

「黒魔術で呪われた時、それに対抗する魔術だよ。まだ研究中だけど白魔術って好き」

「やはり敵か」

マリーがぽつりと呟く。

「芽依ちゃん、黒魔術については熟知、じゃなくてよく知っているってことね」

小百合はにっこり笑いながら言うと、

「まあ、そうかな」

と芽依は照れながら答えた。

「じゃあ、話が早いわ。実は私達黒魔術の活用法を研究してるの。芽依ちゃんも一緒にやらない」

「うわ~。やりた~い」

「でも、厳しい掟があるんだけど守れるかな?」

「掟って? あ、どうしても守らなければいけない決まりだね。はい、どんな掟も守ります」

「では、一番大切な掟を言うわよ。絶対このことは人に知られてはいけないの」

「いかにも黒魔術っぽい掟だね」

「もし、誰かにこのことがばれたら今までやって来たことが水の泡になるばかりか、掟に従って私達全員闇に葬られることになるのよ」

「すごい! 本物の黒魔術だね」

芽依は目を潤ませ小百合を見つめている。

「じゃあ、芽依ちゃんも今から仲間ね。ああ、ついでに紹介するわ。この尻尾アクセサリーはマリーさんて言うの。今は悪い魔女によってこんな姿になってるけど、いつか本当の姿を見せてくれるはずよ」

「適当なこと言うんじゃないわよ」

小百合の見事な話術で俺達は危機を乗り越えることができたらしい。

「私が今回のプロジェクトの指揮を執るマリーよ。よろしく」

「ああ、思い出した。腹話術のマリーだ」

「数日前の記憶を思い出すのにどれだけ時間がかかるのよ」

「マリーさんは黒魔術が使えるの?」

「当たり前よ」

「それじゃ今まで何人呪い殺したの?」

「あなたは黒魔術を誤解しているようね。というか、この世界の人は昔から誤解しているみたいだけど」

「芽依も少しなら黒魔術使えるよ」

突然の爆弾発言だった。マリーのような異世界から来た者が使えるのならまだわかるが、同じ種族の人間が、しかも俺と血が繋がった妹が黒魔術など使えるわけがない。

「で、どんな黒魔術が使えるんだ?」

「電気ビームを指から発射するのとか」

「嘘付け」

「じゃあ、やってみせるよ。準備してくるからちょっと待ってて」

そう言うと芽依は部屋から出ていった。

 数分後、芽依はセーターを着て部屋に帰ってきた。

「まさか指先がぱちんとかじゃないだろうな」

「何でわかったの?」

「それは電気ビームじゃなくて静電気と言うんだ」

「芽依はまだ魔力が足りないけど、そのうち近くにいる人なら倒せるようになると思うの」

「倒せるか!」

俺は思いっ切り突っ込んだが、芽依は本気で言っているようだった。

「わかった。じゃあ、とっておきのを見せるね」

と言い残し、芽依は再び部屋から出て行った。

 戻ってきた芽依は黒い服に黒いマント、そして黒い帽子をかぶり、手には三十センチ程の黒い杖を持っている。いつこんな服装をどこで手に入れたんだ。更に電気コンロを持ち込んだかと思うと黒い土鍋まで運んできた。この土鍋には得体の知れない液体が入っている。色は濃い紫色で何やら気持ちの悪い臭いが鼻をつく。

「さあ、これで準備オーケーだよ」

「このおぞましい液体は何だ?」

「黒魔術に使う材料だよ」

芽依は一輪の花が刺さっている空の牛乳瓶を出して言った。

「今からこの花を一瞬で枯らしてみせるわ。勿論手品じゃなくて黒魔術を使ってだよ」

「花を枯らしてみせるったって、その花は造花だぞ」

「この本に書いてあった通りにやるから大丈夫」

「いや、そういう問題じゃなくて‥‥」

芽依は俺の言葉など無視して『黒魔術入門』と書かれた一冊の本を見せた。

「この本、出版社も筆者名も書かれてないぞ。あからさまに怪しいじゃないか」

「芽依はそんな細かいことは気にしないの」

そう言うと電気コンロの上に例の土鍋を置きスイッチを入れた。

「バカ、止めろ!」

俺が止めるのも聞かず、変な呪文を唱え出す。やがて土鍋の液体が沸騰し始めると部屋は異臭に包まれ、目を開けることも息をすることも困難になってきた。

 俺と小百合は慌てて部屋の窓を開けた。

「おい、この煙やばいぞ。芽依変なことは止めろ」

「芽依ちゃん。そんな鍋の近くにいて大丈夫なの?」

心配する俺達を背に芽依は、

「黒魔術に危険はつきもの。今度こそ芽依の威力を見せる時が来たわ」

この惨状の中、尻尾アクセサリー達は平気な顔で芽依を見つめている。こいつら息をしてないのか? いやマリーが毎夜寝息を立てて寝ているのを考えるとそうでもないだろう。では、この悪臭に耐えられるってことか? 俺はあまりの臭いにしゃがみ込んで考えた。

「いくわよ!」

芽依は造花を牛乳瓶から抜くと土鍋の上に持って行った。

 するとみるみるうちに造花がしおれていく。本物の花だったのかと思うくらい見事に枯れてしまった。

「やったわ。お兄ちゃん」

「そんなバカな」

俺と小百合はお互い顔を見合わせた。マリーはじっとこの様子を伺っている。

 その間も土鍋から出る殺人的な悪臭はとどまることを知らず俺達を襲い続ける。

「もうわかったから電気コンロのスイッチを切ってもいいんじゃないか」

芽依は俺の言葉に反応しない。

「芽依、聞いてるのか?」

すると突然芽依が倒れた。あまりの悪臭に気を失ったらしい。

「大丈夫か?」

俺たちは心配して芽依のところに集まった。幸い部屋の下層部は綺麗な空気が保たれていたため、芽依はすぐに目を開けた。

「もう大丈夫ね。でも、本当に造花が枯れるとは思わなかったわ」

小百合は必死で土鍋に蓋をしながら言った。

「偶然じゃないのか」

「偶然で造花が枯れるなんてことあるの?」

「偶然なんかじゃないわ。この本に載っている材料や呪文は全て本物よ。ただ、この子では魔力がないから花を枯らすことはできないはずだけど‥‥」

「でも、花は本当に枯れたわ」

「これを枯らしたのは恐らくパパね」

「きゅぴぴー」

三号は慌ててベッドの下に潜った。

「問題はこの本よ」

「ん? どういうことだ?」

「この本は私達裏の世界から来た人が書いたものよ。勿論違法で。たぶんお金に困ったか何かでしょうね。こんな本を出版したなんてことがばれたら即強制連行で刑務所行きだから、筆者名も出版社も書けなかったのよ」 

「そんな人がいるんだ」

「ごくたまにね。そして表の世界の住人のふりをして町を歩いてるわ。私達の世界の公安局を気にしながらだけど」

「昔からいるのか」

「私達が研究を始める随分前からいるわね。何らかの特殊能力を持った人は私達の世界から来た可能性が強いの。例えばドラキュラとか狼男とか。証拠がないのではっきりとは言えないけど」

「でも、人間の姿でいると見つかるって言ってたわよね」

小百合がマリーに素朴な疑問をぶつける。

「私たちは裏の世界の許可を得て表の世界に来ているの。だから登録時に私たちから出る微量の魔力を公安局が把握するため、常に見張られているようなものなの。でも違法侵入者は公安の許可を取っていないから見つからないことが多いのよ。ただ見つかったら最後ほぼ終身刑だけどね」

俺の知らないところで複雑な事情があるものだ。

「ねえ、マリーさん」

突然マリーに声をかけたのは芽依である。

「何?」

「芽依も黒魔術が使えるようになれるかな?」

「たぶん不可能じゃないと思うわ。黒魔術を正しく理解できたらだけど」

「ねえ、マリーさんて黒魔術が使えるんでしょ。芽依見てみたいな」

「こら、余計なことを言うんじゃない」

俺は慌てて芽依を止めようとした。

「わかったわ。今日は特別だからね」

「マリー止めろ!」

マリーは俺の言葉など見事にスルーして呪文を唱え始めた。部屋中に雷鳴が轟き渡ったかと思うと、予想通り鍋やらヤカンやらが降り始める。

「やっぱり」

俺と小百合はちゃぶ台の下に頭を入れて避難した。

「やったー、新しい土鍋ゲット」

降ってきた鍋をかぶって芽依は一人はしゃぐのであった。

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