マリーのお姉さん
第七十七章 マリーのお姉さん
冷静に考えたらこんな時刻に女性の部屋のドアをノックするなんて失礼極まりないことだ。しかし、その時の俺は『早く伝えなくては』という思いで焦っていたに違いない。
「どうかしたのか?」
お姉さんは眠そうな顔もせず部屋から顔を出してくれた。
「ホワイティアのスパイがこの城の中にいます」
「何だと!?」
俺はさっきの光る小さなボタンを見せた。
「まあ、中に入ってくれ」
俺は部屋に入るとテーブルにボタンを置いた。
「このボタンを押してください。ホワイティアが出てきます」
「どれ?」
お姉さんがボタンを押すと先程の映像が映し出された。
「うーむ。確かにこれは一大事だな。これをどこで見つけたのか教えてくれるか?」
「俺が使っている寝室です」
「すると何者かが寝室に置いたということか」
「はい、おそらく」
「一番怪しいのはメイドだが、部屋に入るだけなら誰でも可能か」
お姉さんは腕組みをして考えている。
「あの寝室には君たちが使っている居間を通らなければ行けない仕様になっている。今日、居間と寝室の両方同時に開けた時間はあるか?」
「今日はほぼ部屋にいましたので、トイレ以外はいたと思います」
「なかなか不健康な生活をしておるな。どうだ私と体を鍛えてみるか? 何、五十キロの荷物を担いで一日三十キロ走るだけだ」
「い、いえ。遠慮させていただきます」
俺は慌てて両手を振った。文化部に所属する俺がこんなことをしたら間違いなく死ぬ。
「そうか。体が鈍ってからだと元に戻すのに時間がかかるぞ」
どうやら冗談で言っているのではなさそうだ。
「いえ、今日はちょっといろいろありましたので」
「また、揉め事か?」
「いえ、あ・・はい」
「今度はどうしたのだ?」
「お話しするレベルのことではないのですが、実は小百合が日本に帰ると言っておりまして」
「それは聞いておる」
「マリーと意見が対立したのです」
「対立?」
「はい、マリーが俺に『一緒に帰ることは許さない』と言ったところ、他のみんなが自分勝手だと言いまして」
「確かに自分勝手だな。もう気付いておると思うが妹は甘やかされて育っておる。人とのコミュニケーションをとるのも下手だ。だから幼少の頃より人に心を開こうとせず一人で暮らすことが多かった。」
「はい、その話はホワイティアに聞きました」
「ふふ、敵将から自分の恋人の情報を聞き出すとは君もなかなかやるな」
「変な褒め方をしないでくださいよ」
「ははは、冗談だ」
お姉さんの冗談は何となく焦るから不思議だ。
「それにしても誰が置いたかが問題だな。君が部屋を出ていないとなると犯人は限られてくる。君たちを世話するメイドは三名だ。まずはここから探りを入れていくことにしよう」
「はい、よろしくお願いします」
「今日はもう遅い故、明日から調査を進めようと思うがいいかな?」
「もちろんです」
俺は深く頭を下げると部屋を出ようとした。
「どうだ? スパイが出入りする部屋で寝るのは不安ではないか?」
「まあ」
「何ならこの部屋で寝てもいいんだぞ」
「は?」
「この部屋にはベッドが一つしかない故、私の横で寝るがいい」
冗談だよね。あれ? 顔が真っ赤だぞ。
「すまぬ。こういうジョークを一度言ってみたかったのだが、これほど恥ずかしいとは思わなかった」
お姉さんの冗談は意外と多いのだが、思わず吹き出すようなものは聞いたことがない。
俺は苦笑いをしながらお姉さんの部屋を出ると、慌てて自分の寝室に戻って行くのであった。