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ブラックテイルな奴ら  作者: 小松広和
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マリーの心情

第七十五章 マリーの心情


 夕食の時間。俺はお姉さんに連れられて今まで入ったことのない部屋のドアを開けた。中には長いテーブルが置かれ、その一番端の席に一人の少女が腰かけている。俯いた少女の表情は暗く、すべてを失った廃人のようにも見える。俺はその少女にそっと声をかけた。

「マリー」

その声にその少女マリーは顔を上げ、俺を見るなりハッと驚いた表情をしたかと思うと一瞬笑顔を見せた。しかし、再び俯くと小さな声で呟く。

「何しに来たのよ」

「一緒にご飯を食べようと思って」

「え?」

「最近何も食べてないそうじゃないか」

「どうしてそれを‥‥お姉ちゃんが言ったのね?」

「ああ、そうだ」

「お姉ちゃん! 余計なことを言わないでよ!」

「さすがに三日も食べないと心配でね。四郎君となら食べてくれるかと思って」

「た、食べないわよ!」

マリーは両手でテーブルを敲いて叫んだ。

「そんなことを言わないで一緒に食べようぜ。俺もお前のことが心配なんだ」

「え!?」

俺がマリーの前の席に座ると食事が運ばれてきた。これまた絶妙のタイミングだ。

 前と言ってもマリーとはかなり離れている。俺はマリーの様子を注意深く伺いながら話を続けた。

「ここの料理はどれも絶品だ。いつもこんな食事をしているのか?」

「そんなことないわよ」

マリーは一向にスプーンを持とうとしない。

「どうしたんだ? 食べないのか?」

「食べたくないの」

これは結構手強そうだ。

「俺はここの料理が大好きだ。本当においしい。出てくるもの全てが美味しいと思えるなんて凄くないか?」

マリーは下を向いたまま何も答えない。

「本当に美味しいぞ。一口でいいから食べてみろよ」

「いら‥‥ない‥‥」

マリーの声は少し震えていた。

「食べなきゃ倒れてしまうぞ。もしかしたらこれが原因で酷い病気になったり、時には死んでしまうかもしれないじゃないか」

「‥‥」

「死んでしまったら、もう二度と俺と話すことができないんだぞ」

「‥‥」

「そんなの俺は嫌だからな。どんなにきつく言われても俺はお前と話がしたい」

マリーが顔を上げた。俺の方を見ている。

「本当に美味しいんだ。食べてみろ」

「美味しい?」

「ああ、思いっきり美味しい」

「よかった‥‥」

小さな声でそう言うとマリーの目から涙がこぼれた。

「なぜだ? なぜいきなり泣き出すんだ?」

俺が戸惑っていると、テーブルから少し離れた席に座っていたお姉さんが口を挟んだ。

「この料理がおいしく感じるのは当然のことかもしれないな」

「お姉ちゃん! 余計なことは言わないで!」

「どういうことですか?」

「この料理はマリーが君たちのために調理人にどんな味の料理にしてほしいと頼んだものだ。君たちの好みを一生懸命説明してね。日本人の食生活も自分なりに研究していたようだ」

「お姉ちゃん、それ以上言わないで」

「君たちがここでの滞在を喜んでもらいたい一心で必死だったみたいだ。睡眠時間を削って、挙句の果てには大浴場まで造らせる始末だからね」

「そんな‥‥」

マリーは机に伏せ大声で泣き出した。

「もしかして図書室の本もマリーが」

「その通りだ。本当に君たちのことが好きなんだろう」

「ごめん、マリー。俺、全然気付かなかった‥‥」

マリーの泣き声が大きくなる。

「ありがとう。とても嬉しいよ」

俺の知らないところでこんな努力してくれてたんだ。俺の目からも自然と涙がこぼれた。

「でも、でも、もういいの」

「何のことだ?」

「私、四郎に酷いこと言っちゃったから。四郎に嫌われたから。だからもういいの」

泣き叫ぶマリーを見つめ、俺は優しい声で話した。

「安心しろ。俺はお前のことを嫌いになってなんかいない」

「嘘だ! 私は四郎を殺すって言ったんだよ。そんなこと言われて嫌いにならないわけないじゃない」

「嘘なんかじゃない。俺がお前を軽く見ていたから起こったことだ。悪いのはお前じゃない。俺の方なんだ」

「え?」

マリーは頭を少し上げた。

「だから、お前は何も心配するな」

「四郎! ごめんなさい。ごめんなさい。もう二度とあんなことは言わない。だから、だから嫌いにならないで」

マリーの声のトーンは大きくなっていく。

「わかった。わかった。絶対に嫌いにならないから、もう泣くな」

「本当?」

「ああ、約束する」

「よかった‥‥よかった‥‥」

マリーは顔を上げ、手と腕で涙を拭きながら小さな声で言った。

「だから一緒にご飯食べようぜ」

「うん」

少し笑顔を見せるマリー。

「お前本当にすごいな。こんな美味しい物を作らせるなんて」

マリーは嬉しそうに微笑むとスプーンを持ち、最初に出されたスープに手を付けた。

「美味しい‥‥」

「そうか。それはよかった」

するとマリーは突然スプーンを置いた。

「どうしたんだ?」

「お願いがあるの。私に『アーン』て言って食べさせて」

「な! 何!」

そんな恥ずかしいことができるか!

「私のこと好きなんでしょ! だったらその証拠を見せてよ」

「それはちょっと‥‥」

「どうやら私はお邪魔虫のようだな」

お姉さんは笑いながら席を立った。

「待ってください。この状況で出て行かないでください。恥ずかしくて顔が爆発しそうです。お願いだから二人きりにしないで!」

俺は部屋から出て行こうとするお姉さんを必死で引き止めるのであった。

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