小百合の気持ち
第七十四章 小百合の気持ち
俺はふと視線を感じ後ろを振り返った。すると小百合が慌てて顔をそむける姿が見えた。
「どうかしたのか?」
「別に」
小百合はそれだけ言うと再び本を読み始めた。
この城にはなぜか本がある。以前マリーは紙媒体の本は珍しいと言っていたのだが。
「小百合、何の本を読んでいるんだ?」
「これ? 尻尾アクセサリーがファイヤードラゴンと戦うライトノベルよ。物凄く面白いの」
「何でラノベがこの世界にあるんだ?」
「さあ? よくわからないけどこの城には小さな図書室があるのよ」
「マリーは紙媒体の本はないって言ってたよな」
「そうよね。不思議だわ」
「それにこの本日本語で書かれてないか?」
「そうなのよ。図書室にある本はすべて日本語なの」
本当に不思議だ。そう言えばホワイティアの城と違って普通に日本語で会話しているような。
「四郎君も何か読んだら? 面白そうな本ばかりよ」
「俺は‥‥本は嫌いだ」
ラノベの主人公としては許しがたい暴言である。
「それしてもここの生活って楽よねぇ。この生活も明後日までか」
小百合が俺の様子を窺うように言った。やはり俺の動向が気になるのだろう。実際、俺自身どうするか決めかねているわけだが、もう時間がないのは事実だ。
「日本に帰ったらもうこんな生活はできないわよねぇ」
「そうだな」
「四郎君はいっそのことここに残ってマリーと結婚したら? 毎日贅沢し放題よ」
かなり嫌味を込めた言い方だ。『そうだな』という返事が気に入らなかった可能性はある。
「だったらお前もここに残ったらどうだ?」
「私はここに残っても将来がないの! あなたとマリーの新婚生活を見ながら毎日を過ごすなんてまっぴらよ!」
更に地雷を踏んでしまったようだ。小百合の口調がかなりきつくなってきた。
「ほら、ここは重婚も認められているそうだし」
「それがどうしたのよ! マリーのおまけなんて嫌! 私は四郎君を独り占めしたいの。そんなの愛する女性なら当然よ! 違う?」
これはかなりやばい状況になってきた。
「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「じゃあ、どんなつもりで言ったの?」
それはこうなりますよねぇ。どう答えたらいいんだ? これは困ったぞ。誰か助けてくれ。
そこにマリーのお姉さんが部屋に入ってきた。
助かったー!
「何やらもめているようだが、出直した方がいいかな?」
「と、とんでもない。どうぞお座りください」
俺は必死でお姉さんを引き留める。
「すまぬ。別に重大な用事というわけでもないのだが、最近マリーの様子が気になってな」
「マリーがどうかしたんですか」
「ああ、ここ数日マリーが食事をとろうとせぬのだ」
「え? どうして?」
「あの事件以来落ち込んでいたのは確かだが、最近特に落ち込み方が酷くなってな。おそらく四郎君と会わなくなって長くなってきたから禁断症状でも出てきたのだろう」
冗談なのか真剣な言葉なのか判断が付きにくいが食事をしないのはまずかろう。
「俺、どうしたらいいですか?」
「取り敢えずマリーに会って一緒に食事をしてあげてほしい」
「わかりました」
「そうか。恩に着る。じゃあ、今日の夕食は四郎君だけ別室と言うことで頼む」
そう言うとお姉さんは颯爽と部屋を出て行った。
「四郎君だけじゃなくてみんなで食事した方がいいことない?」
小百合が心配そうに言った。
「今日は俺一人で行ってみることにするよ」
「そう‥‥」
小百合は肩を落とし小さな声で言った。
「どうかしたのか?」
「何でもないわ。気にしないで」
「変な奴だな? どうしたんだ急に?」
小百合は何も答えようとせず静かに部屋を出て行こうとした。
「おい」
俺の呼びかけに振り向き、
「マリーとのよりが戻りそうで怖いだけ」
と言い残して小百合はそっと部屋から出て行った。