とある朝の風景
第七十一章 とある朝の風景
苦悩の一週間が始まる。それにしても最近悩んでばかりだ。このままでは若くして禿げてしまうかもしれない。俺はベッドから起き上がると枕に付いた抜け毛を見て思った。
「四郎さん、おはようございます」
今日、最初の訪問者はブランシェだった。
「おはよう」
俺は半分あくびをしながら挨拶をする。昨夜はよく眠れなかったのでやはり眠い。
「おにいちゃん。おはよう」
いつも通り明るく元気な声で部屋に入ってきたのは芽依だ。
「おはよう。今日も元気そうだな」
「そうだよ。やっぱり元気が一番だよ」
芽依は勢いよく俺の座るベッドに腰かけた。
「あ、そこ私も座る」
ブランシェは慌てて芽依とは反対側に座った。
「おい、俺はもう起きるから、そこを退いてくれ」
「もう、せっかく座ったのにー」
いかにも退きそうな言い方だが芽依は動きそうにもない。さすが我が妹。いや血は繋がっていなかったんだっけ。仕方なくブランシェの側を伺うとべったりと俺に寄り添っている。これまた簡単には退かない構えだ。そういえばブランシェってみんなと言い合っていたよな。それでも俺を愛し続けるということか? これは凄く愛されているな。もしかして俺って世界一の幸せ者かもしれない。
「ところで小百合はどうした?」
「さあ、朝から見てないよ」
小百合も昨夜は寝付けなかったのかもしれないな。
「珍しいな。いつも早起きなのに」
「本当だね。どうしたんだろ?」
「芽依、ちょっと見てきてくれないか」
「うん、わかった」
芽依がベッドから降りかけるとブランシェが俺の腕にそっとしがみついた。
「やっぱダメ」
芽依がブランシェを見て言う。その言葉を聞いてブランシェは俺の腕から離れた。
「早く行ってきて」
「行かないよ」
「どうして」
「ふっふっふ、お兄ちゃんを好きにはさせないよ」
「どういうこと?」
「いくらお兄ちゃんに甘えて気を引こうとしても、お兄ちゃんと結婚するのは芽依って決まってるんだよ」
「そんな話は信じないから」
「白の国に伝わる巻物の魔人さんを信じないの?」
「そ、それは‥‥」
「くくくくく、私の勝ちよね」
「それは違う。私はどんな手段を使っても魔人に勝つ!」
何か話が壮大になってきたな。
二人がもめていると小百合が手を口に当てながらやって来た。
「こんなに寝坊したの初めてだわ」
「そうだな。もう八時になるか」
俺は枕元に置かれている時計を見て言った。ちなみに黒の国は白の国と違って文明の利器が多数ある。魔術を使った昔ながらの生活を続ける白の国に対して、黒の国は表の世界を積極的に研究しているためこのような結果になっているのだろう。
「あら、今日も朝からハーレム状態ね」
小百合はベッドの両脇に座る芽依とブランシェを見て言った。もしかして嫌味を込めた表現かもしれないと思ったがここは気付かなかったことにしておこう。
小百合はソファーに座るとテレビのスイッチを押した。そう、この国にはテレビ放送もあるのだ。この世界の放送はもちろんだが、表の世界の放送も訳されて流れている。
「今日はあまり面白そうな番組はないわね」
小百合は誰に言うともなく呟くとリモコンのスイッチを切った。
今の小百合の言葉はよく耳にすると思うかもしれないが、この国ではそのままの意味になる。つまりテレビ番組はあるものの番組表は存在しない。この番組は何曜日の何時に放送するという概念がないのだ。だからテレビをつけてみないとどんな番組をしているかわからないわけだ。もし気に入った番組があったとしても次の放送を見られるかどうかは運次第ということになる。
「そろそろ起きたいんだが」
三人は俺の言葉が聞こえなかったのか何の反応も示さない。よく考えてみればここは俺の寝室であり居間ではない。みんなで集まる大きな居間は隣に存在している。俺たちが最初に案内された部屋だ。
俺はため息を一つつくと、もう一度さっきより大きめの声で言ってみた。
「起きようと思うんだが‥‥」
何の反応も示さない。どうやらわざと聞こえないふりをしているようだ。全くわけのわからん連中だ。