小百合の決意
第七十章 小百合の決意
小百合は俺が座るソファーの横に座った。セクシー路線のホワイティアならともかく小百合がこのような行動をとるのは非常にレアだ。
「いつも正面に座るお前が珍しいな」
「たまにはいいじゃない。二人きりなんだし」
やはりなんか変だ。
「それで何の話をすればいいんだ?」
「何の話がしたい?」
「自分で話があるって言っておいて、どうして『何の話がしたい?』になるんだ?」
「ふふ、それもそうよね」
小百合は可愛らしく笑って俺を見た。
「ここに来て長くなってきたわね」
「そうだな。ホワイティアの城から考えると随分長くなるか」
「何か日本での平凡な日常が懐かしく感じない?」
「言われてみればそうかもな。でも俺がホワイティアの所に行っていたときは日本にいたんだろ?」
「ううん」
小百合は大きく首を横に振った。
「四郎君がいなくなってすぐ私と芽依ちゃんはマリーと一緒にこの城に来たの」
「そうだったのか」
「何も言わずに突然消えちゃうなんて酷くない?」
「悪い。言うと反対されると思って」
「それは反対するでしょうね。まさかホワイティアに気に入られているとは思わないし」
「ああ、生きて帰れないかもと思っていた」
「どうしてそんな覚悟までして行ったのよ。そんなにブランシェが大切だったの?」
必死に自分の感情を抑えようとしているのがわかる。
「ホワイティアの仕業だとは思うが、毎日のようにブランシェが夢に出てきて『助けて』と言ってたんだ。元々こうなったのは俺に責任があるわけだし、さすがに見殺しにはできないから」
「相変わらずね」
「何だよ。相変わらずって」
「四郎君て自分の損得で動かないところがあるよね。今回も自分がどうなるかわからないのにホワイティアの所に行っちゃったし」
「まあな」
「本当にお人好し何だから」
「いいだろ別に」
「まあ、そこが四郎君の魅力なんだと思うけど、残された人のことも考えてよね」
「それは悪かったと思ってる」
「どう? ホワイティアと結婚し損ねてがっかりした?」
「そんなわけねえだろ」
「そうかしら? ホワイティアって結構な美人じゃない?」
「美人だから結婚するわけじゃないから」
「そうなんだ。男の人って見た目を一番重視するのかと思ってた」
「そんな男もいるかもしれないが俺は違う」
「あら、見た目を重視してるから私が選ばれないのかと思ってたわ」
「そんなわけねえだろ。てかお前は美人だ」
「何か面と向かって言われると照れちゃうわね」
小百合は思ったより嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりお世辞でも美人と言われると嬉しいか?」
「ちょっとお世辞ってどういうことよ!」
「冗談だ。冗談。お前は美人だ」
「もう騙されないから」
男性はよくこの手のジョークを言うが女性には通じないことが多いように思う。
「まあ、怒るなって。美人なのは本当だ」
「じゃあ、ホワイティアより美人だと思ってる?」
「‥‥もちろんだ」
ごめん。ホワイティアの方が少し美人かも。
「今、少し間があったわよね」
「そんなことはない。気のせいだ」
小百合の少しトーンの下がった声を聞くと俺は慌てて否定した。
「ねえ‥‥」
小百合は少しの間、無言になる。
「どうした?」
「ねえ私たちって付き合ってるんだよね」
「あ、ああ」
「本当に付き合ってるんだよね」
「もちろんだ」
「私、最近凄く不安になるの。元はと言えば私から四郎君に声をかけたんだし、愛してるのは私の一方通行で私一人がその気になってるんじゃないかって思ったりして」
少し深刻な話になってきたぞ。
「ごめんなさい。ちょっと失礼だけど私四郎君は女の子にモテるタイプじゃないと思ってたの。積極的に女の子に声をかけることはしないしオシャレにも興味がないみたいだし。だから安心しきっていたのかな。受験だから距離を置こうなんてことも平気で言っちゃったし」
俺は苦笑いするしかなかった。
「私がしっかり繋ぎ止めておかなかったからいけなかったのよね。後から後からどんどんライバルが現れて」
小百合は今にも涙を流しそうな顔をしているが、俺はどうフォローすればいいかわからなかった。
「マリーにしてもブランシェにしてもホワイティアにしても四郎君の魅力を的確に見抜いていたのね。私が取り残されるわけだわ」
「そんなことないから」
そうは言ったものの異世界の人は純粋に愛をぶつけてくるのは確かだと思う。
「私考えたんだけど。私たち受験生じゃない。もう寒い季節になってきたし、そろそろ元の世界に帰った方がいいんじゃないかな。もちろん四郎君がマリーと結婚するつもりなら帰らなくてもいいと思うわ。でも、もしマリーを選ばないとしたらここにいるのは不味いんじゃないかな? 少なくとも私はここにいる意味はないと思うの。四郎君に選ばれる未来も選ばれない未来もここにいてはいけない人物じゃないかな。ね、四郎君がどこまでマリーのことを思っているかわからないけど、もし迷っているんだったら私と一緒に帰ろう」
言われてみれば説得力のある言葉だ。しかし、俺はどうしていいか全くわからなかった。
「私、一週間後にここを出るわ。それまでに四郎君はどうするか考えておいてね」
小百合はソファーから立ち上がると俺の返事を待つことなく部屋を出て行った。