俺、本当に結婚するんだ!
第六十三章 俺、本当に結婚するんだ!
俺の一生を決める人生最大のイベントが始まった。城や町中のあちらこちらでライブ映像が流されているらしく、時折『女王様万歳』の歓声が響いてくる。俺は緊張感に潰されそうになりながらもゆっくりと式場に入っていった。
自動ドアのように開く扉。式場は果てしなく広くその明るさで一瞬目が眩むほどであった。俺はホワイティアの五メートル後ろを必死でついて行く。引っ付きすぎても離れすぎてもいけない。距離を保ちながら真正面だけを見つめてゆっくりと歩みを進める。そう、一定の速度で。
俺はホワイティアに続き神父の前に立った。あ! いやっ。俺の前に立っているのは神父とは程遠い人物だった。どう見ても閻魔大王に見える。俺は恐る恐るホワイティアに囁いてみた。
「何で閻魔様がいるんだ?」
「良い人物か悪い人物かを見抜く者はこのような格好をしているのではないのか?」
「違う。閻魔大王は死んだ人物を極楽へ行くか地獄へ行くかを決める人だ」
「なるほど。そもそもこの国には結婚式と言うものはないのだ。お前の世界の儀式を取り入れてみたのだが少々手違いがあったようだな」
閻魔大王らしき人物は大きな刀を振り回して何やら叫んでいる。これも違うような。
「では、指輪の交換を行います」
その容姿とは裏腹に閻魔大王は綺麗な声で言った。
ホワイティアは時価百三十億円の指輪を手に取って俺の指にはめようとした。
「あれ? これは何か難しいな」
ホワイティアが指輪を俺の指に近づけるとまるで磁石のS極とS極の様にするりとよけてしまう。
「こら、指を動かすな」
「動かしてない‥けど‥」
暫く奮闘したホワイティアだったが、ふと顔を上げると、ある空間を睨みつけた。
「そこか!」
ホワイティアが指さす方向に巻物の魔人が現れる。
「その男は妹と結婚することになっておる」
魔人は太く大きな声で言った。
「何でもかんでも無節操に願いを叶えてるんじゃないわよ!」
「はい、ホワイティア様」
魔人をも一括するホワイティアの権力っていったい何なんだ。
「これでよしっと」
指輪は何事もなかったかのように俺の指にすっと入った。
そして長い長い式の締めくくりは婚姻届けへのサインだ。これを書けば俺とホワイティアはめでたく夫婦となる。ああ、俺まだ中学生なのに‥‥
「どうした? 早く書かぬか」
俺はペンを羊皮紙に落とした。
すると、その時勢いよく扉が開いた。式場にいた全員が扉の方を向く。
「その結婚式、ちょっと待ちなさい!」
え? マリー?
マリーがいる。何で?
「ピピプル妹? なぜお前がここにいるのだ!?」
「あなたが兵士全員を黒の国との国境に集まてくれたおかげで楽に来られたわ」
「どういうことだ!」
「私もいるわ」
小百合!
「真の花嫁の登場だよ」
芽依!
「確かにこの国に来るのにワープは使えないわ。でも反対側の国境に移動してここへ来るのはたやすいことよね。ホワイティア、あなたも甘いわね」
「何だと!」
俺はマリーの元へと走った。
「残念だけど四郎は返してもらうわ」
「ははは。今の状況を四郎の国の言葉で何と言うか知っているか?」
「な、何よ」
「飛んで火にいる夏の虫というのだ」
「虫がどうしたっていうのよ?」
どうやら意味は分かっていないようだ。
「要するにわざわざ捕まりに来たようなものだと言っているのだ」
「ふん、私を甘く見ているようね」
「ブランシェと同等に戦っている魔力で私に勝てると思ってか?」
「防御魔法しか能がないくせに。やれるものならやってみなさいよ」
「わかってないようだな。お前たちとの全面戦争に備えて攻撃タイプの白魔術を開発してあるのだ。愚か者めが」
ホワイティアは人差し指を出すと大きく上に持って行った。指先に光が集まってゆくのがわかる。
「待て! ホワイティア!」
俺は無意識のうちにマリーの前に立ちふさがった。
「四郎。退け! 退くのだ!」
「嫌だ。退かない」
「一瞬で死ぬぞ。それでもいいのか?」
俺の足は大きく震えている。何でチキンな俺がこんなことしてるんだろう? わけのわからぬ間にこうしていたのだ。かつてマリーが命がけで俺を守ってくれたように。俺にもできた。命がけで愛する人を守ることができたのだ。愛する人? 俺が愛していたのはマリーだったのか?
「四郎、退きなさい。ほとんど魔力のないあなたではホワイティアの攻撃をかわせないわ」「駄目だ! 俺は退かない。お前を守って見せる」
ホワイティアは指を下した。
「四郎。私を一番に愛するんじゃなかったの?」
俺は両腕を目いっぱいに広げて動かない。
「私よりこの女を愛するというの?」
「ああ」
「どうして? 私を愛すれば何だって手に入るわ。権力も富もあなたの願いはどんなことでも叶うはずよ」
「わかってる」
「それに死なずに済むのよ」
ホワイティアは再び指を上げた。俺は歯を食いしばった。こんなことをしても無駄なことはわかっている。しかし、俺はここを退くわけにはいかないんだ。その時、俺の前に小百合と芽依が現れた。
「マリーをかばったのは気に食わないけど、私は四郎君を守るわ。私の大切な人だから」
「そうだよ。私のお兄ちゃんはこの人しかいない。絶対守って見せるもん」
「お前たちは馬鹿の集団か? 今の言葉を後悔するがよい」
ホワイティアが指を振り下ろすと指先から眩しい光がこちらに向かってくるのがわかった。俺はとっさに小百合と芽依を抱きかかえて堪えた。しかし、光は俺たちに当たらない。
「どういうことだ!」
慌てるホワイティアに、
「そこまでだ。ホワイティア」
と声をかけながら式場に一人の女性が入ってきた。