逃亡してみた
第六十一章 逃亡してみた
「明日は大変な一日になるわ。しっかりと睡眠をとってね」
と言ったホワイティアがこの部屋を出て行ったのは深夜二時過ぎだった。かなりの矛盾を感じる。
それにしても困った。どう考えても俺が処刑される未来しか見えてこない。落ち着いてもう一度よく考えるんだ。結婚して暫くはいい。そう、いわゆる新婚時代は恐らく安泰だろう。しかし、俺に魅力を感じなくなるのは、そう遠い未来ではないはずだ。ホワイティアに恋愛感情がなくなったらどうなる? 当然俺は必要なくなるわけだ。ホワイティアの性格から推測すると俺は容赦なく捨てさられるだろう。だが、これだけ大げさに挙げた挙式だ。国民や家来たちにそうやすやすとは離婚の話は切り出せまい。となるとどうなる? 冷たくあしらわれるだけの毎日? ならいい方だろう。もしホワイティアが体よく俺を排除しようと考えたとしたらどうする? 恐らく俺を消せばいいと考えるはずだ。どうやって消す? そんなの簡単だ。俺を罪人にすればいい。罪状なんてどうとでもなる。例えば黒魔族のスパイだったとか。王の座を狙う行動が見られたとか。絶対的な権力を持つホワイティアだ。彼女が言えば誰も疑うまい。
俺はベッドに寝転ぶと天井を眺めた。
じゃあ、ホワイティアに嫌われない方法ってあるのか? ホワイティアに逆らわず従順な態度をとるとか? そんな人物は彼女の周りに山ほどいるではないか。しかも俺が選ばれた理由と真逆の態度になる。じゃあ、今の雰囲気を保ち続ける? しかし、俺に飽き始めたときにこんな態度なら一層嫌われるに違いない。胡麻をすってもダメ。偉そうにしてもダメ。完全に終わっているではないのか?
天井にマリーや小百合の顔が浮かぶ。ああ、日本での日々が懐かしい。何でこうなるんだろう? 暫くの間、俺は天井を眺め続けた。
「そうだ!」
俺は突然起き上がると小さく呟いた。
「逃げよう」
そうと決まれば一刻も早く行動するべし。俺はベッドから飛び降りるとドアへと向かった。そう、ドアへとまっしぐらに進むつもりであったが部屋は薄暗い。俺は何かにぶつかった。固まったままのブランシェだ。俺はほんの数分立ち止まったが、
「ブランシェ、ごめん」
と言い残し部屋を出た。部屋のドアを閉めようとすると俺をかばう姿のブランシェがうっすらと見える。ここでも数分の時間を費やす。俺は再び部屋に戻ると固まったままのブランシェを無理矢理肩に担いだ。もしかしたらマリーなら元に戻せるかもしれない。それにいても意外に重い。ブランシェはどちらかと言えば小柄な方である。まさかこんなに重いとは思ってもいなかったのだ。五十キロはあるかな?
あ! さすがにこれはまずかろう。想像とは言え女性の体重を誰もが見ることのできるメディアに公表してしまうなんて。後にこの小説をブランシェが読んだら大変なことになる。やり直そう。
俺は再び部屋に戻ると固まったままのブランシェを無理矢理肩に担いだ。意外に重い。ブランシェはどちらかと言えば小柄な方である。まさかこんなに重いとは思ってもいなかった。三十キロはあるかな? これでよし。
俺はブランシェを担いだまま廊下を進んだ。問題はこの迷路のような廊下を克服できるかどうかである。ブランシェの言葉を思い出し廊下の角を見る。俺の行きたいと思っている方に導いてくれるはずだ。しかし、そこに見えるのはよくわからない記号ばかりだ。これは本当に数字なのか? 俺が途方に暮れているとこの記号が変化を見せた。普通の数字に見えだしたのである。しかも矢印までついている。
『まさか、そんな』
俺は突然の奇跡を疑うこともなく指示に従って進んだ。数字がどんどんカウントダウンされていく。あと少しで外に出られる。しかし問題をクリアーしたわけではない。たとえ外に出られたとしてもワープは使えない。黒の国との国境まで歩かなくてはいけないのだ。どのくらいの道のりなのか。はたまたどの方向に進めばいいのか全く分からない。
そうこうしていると「1」と書かれた大きな扉へとたどり着いた。ここを出れば城の外へ出られる。脱出に成功したのだ。俺は扉に手をかけた。しかし重くてなかなか動かない。
「なんて重い扉なんだ」
「あら、手伝ってあげるわ」
「ありがとうございます‥‥ってホワイティア!!!!!」
「こんな夜中にどこへ行くのかしら?」
「ち、ち、違うんだ! ちょっとトイレに行こうと思って」
「トイレなら部屋に隣接してあるわ」
「たまには違うトイレもいいかなって」
「ふーん、女の子を担いでトイレねぇ」
「いやこれはつまり」
俺は座り込むと両手を前に出した。
「お縄を頂戴いたします」
「ふふ、潔い態度ね」
俺はホワイティアと部屋に戻ると情けなく言い訳を始めるのであった。